ストIIについての思い出話をする。
もう30年近く昔の話だ。私がまだ名古屋に住んでいた頃、近所に「キャビン」という名のゲーセンがあった。
倉庫を改装したような、あるいは小さめの体育館のような不思議な雰囲気のゲーセンで、屋根は鉄骨が剥き出しになっていた。
天井からは飛行機の模型がいくつもぶら下がっており、ゲーセンの手前の方にはレースゲームや大型筐体、真ん中あたりには格ゲーやSTGのような売れ筋のゲーム、奥には脱衣麻雀や「魔界村」「奇々怪界」といった渋いラインナップが立ち並んでおり、脱衣麻雀は何故か大抵ハゲたゲーセン店長が占領しているという、そんな昔ながらのゲーセンだった。
自分の店の稼ぎ頭であろうスーパーリアル麻雀P4を、あろうことか店長はサービススイッチを使って無料で黙々と攻略し続けていた。
店の経営的に本当にそれでいいのかと何度も思ったが、店長の背後には大抵何人ものエロ小僧たちが遠巻きに張り付いており、彼らが他ゲーで落とすお金のことも考えると、案外広告効果は馬鹿にならなかったのかも知れない。
普通に客にプレイさせた方が、経営的には数十倍良かったような気もするのだが。
店長には毛髪もなければ勤勉さもなかったがフレンドリーではあって、当時はまだ「不良のたまり場」というイメージも残っていたゲーセン内で睨みを利かせながら、私のようなゲーム小僧にもゲームをさせてくれていた。
柄の悪い高校生に絡まれた時、店長の声かけで助けられたこともあった。
小学校高学年くらいからそのゲーセンに通い始めた私は、店長とも仲良くなりながら色んなゲームを遊んだ。
といっても当時は使えるお金も限られていたから、僅かな小遣いをつぎ込む先は厳選せざるを得なかった。
私はその当時からシューティングゲームが大好きであって、主に小遣いリソースをつぎ込んだのはシューティングゲームだった。
「ファンタジーゾーン」とも「R-TYPE」とも「中華大仙」とも、「ダライアス外伝」とも「19XX」ともキャビンで出会った。
私の小学時代から高校時代までの、間違いなく3,4割の時間はあのゲーセンに詰まっていると思う。
1991年のことだから、私はまだ小5か小6くらいだった筈だ。
とあるゲームが、ゲーセンの一角に入荷されるや否や、強烈な存在感を発し始めた。
そう、そのゲームの名は、「ストリートファイターII」。
今更説明するまでもないであろう、偉大なる格闘ゲームの金字塔だ。
コマンドと6ボタンの組み合わせで、様々に繰り出せる「必殺技」。
物凄くでかいキャラが、物凄く派手なアクションと共に殴り、蹴り、ジャンプする、そのビジュアルと迫力。
上下カードと投げを絡めた駆け引き。
「ストII」の面白さは折り紙付きであって、日本全国津々浦々のゲーセンに起きた「ストII」旋風とその顛末については、多くの方々がご存じのことかと思う。
当時はどのゲーセンでもストIIの筐体に長い行列が出来、プレイ出来るまで散々待たされたものだ。
小遣いが限定されていた小学生にとっては却って助かったが。
ところで、これも皆さんご存じのこととは思うが、ストIIが「対戦格闘ゲーム」として認知されたのは、発売当初からのことではない。
最初発売された時点では、我々はストIIのことを「闘いの挽歌」や「黄金の城」のような、「CPU相手に戦って勝ち抜いていく一人用アクションゲーム」だと認識しており、「対戦」の面白さが認知され始めたのは、発売して数か月以上経ってからのことだった。
筐体二台を向かい合わせに繋げた「対戦台」というものも途中から出現したが、それが一般的になったのもだいぶ後、続編である「ストIIダッシュ」が発売するちょっと前くらいの出来事だったと記憶している。
当初は対戦をするにも「対戦希望」の札を出して、横並びに座って対戦をするのが普通だった。
さて、「四天王が使える!」という謳い文句と共にストIIダッシュが発売されるや否や、ゲーセンは「対戦」一色になった。
本当に、あのあっという間の広がり方は物凄かったと思う。
ゲーム筐体を二台繋げた「対戦台」がどのゲーセンでも標準装備になり、対戦待ちの行列がゲーセンに溢れた。
私と私の友人たちも、徒党を組んでキャビンに集まり、対戦に血道を上げることになった。
それにともなって、これもご存じの方が多いであろう、とある問題がゲーセンに溢れ始めた。
「キャラ差」と「ハメ」の問題である。
当時まだ「対戦」というのは新しい遊び方であって、キャラクター間のバランス調整というものも、キャラクター個別の性能調整というものも、今よりはずっと洗練されていなかった。
ストIIのザンギエフが待ちガイル相手にソニックとサマソで一生撃墜され続け、やっとガイルを攻略する糸口が見えたと思ったらダルシム相手の相性はもっと終わっていた、という話も著名だろう。
「ストIIダッシュ」において、当初強キャラと認知されたのはベガ、サガットの2キャラだった(ちょっと後に、ガイルも十分強いということが判明して「三強」と呼ばれるようになる)。
その中でも特に問題になったのはベガだ。ベガの「サイコクラッシャー」という技は、ガードしてしまうと3回も削りダメージを受ける上、その後キャラによっては殆ど抵抗することも出来ずに投げられてしまう。
この「サイコ投げ」「サイコハメ」と呼ばれたテクニックが猛威を振るった。
後には「ダブルニープレス」から投げに繋ぐ「ダブルニーハメ」も登場して、ベガは蛇蝎のごとく忌み嫌われた。
一方で、前作で苦汁をなめたザンギエフは、小技をガードしてからスクリューという投げ技に繋ぐスクリューハメがほぼ唯一の強みだったのだが、今作ではスクリューの後に大きく間合いが離れるようになってしまい、スクリューハメがほぼ不可能になってしまった。
恐らく相手が何も出来ない「ハメ」という状況を忌避した調整だったのだろうとは思うが、「ならベガはなんなんだ…」というのが当時、私の身近にもいたザンギ使いの言葉だった。
この問題は、私の周囲のゲーセン仲間の間でも顕在化した。
ストII時代にダルシム使いだった友人(ここでは彼のことをTと呼ぶ)が、ダッシュになっていきなりベガ使いに転向したのだ。この時、私とTの間では軽い口論が発生した。
「お前「好きだからダルシム使ってる」って言ってたやん」
とTを問い詰めた私に対して、
「だってダルシム勝てないんだもん」
とTは返した。ダッシュで強化された面もあるものの、ダルシムは防御力低下の調整などを受け、総合的には弱体化したと観られていた。
「勝てないからってあっさりキャラ変えるのか。勝てないところを工夫して逆転するのが楽しいんじゃん」
といった私に対する、
「負けても楽しいならそうすればいい」
というTの言葉が、私の心に強烈に刺さった。結局話は並行線だった。
そう、これは、30年以上前から現在に至るまで連綿と続いている、「好きなキャラを使うか、勝てるキャラを使うか」という対立だった。
見た目が好みなキャラが対戦で弱かった時どうするのか、そういう問題だ。
日本全国津々浦々で、ずっと繰り広げられてきたであろう光景だ。
今から考えると、Tのいうことももっともだった、と思う。
小学生の小遣いなど限定されており、対戦で負ければ一瞬で消費される。
「勝てないキャラ」を使って一瞬で蹂躙されれば、その日遊べるリソースはその分削られるのだ。
負けをバネにして必死に練習出来る人間ならばまだしも、大抵の人間はそうではない。
「まず勝たないと楽しくない」
「キャラのせいで負けたと思うなら、自分もそのキャラを使えばいい」
というのは、反論のしようがないもっともな理屈だった。
要は価値基準が違ったのだ。
これは「遊び方」「遊ぶスタンス」の問題であり、少なくともそれは他人に押し付けるようなことではなかった。
ただ、当時の私は、何故だか「自分の言い分は倫理的に優越している」と思い込んでいた。
本来「ゲーマーは好きなキャラを使うべき」であって、それを裏切って勝てるキャラに乗り換えたTはゲーマーの風上にもおけないヤツだ、と思っていた。
E.本田やブランカを使って苦戦し続けている自分を、「ゲーマーとして正しい姿」だと思っていた。
単に価値基準が違うだけのことを、「倫理的に俺の方が正しい」と思い込んでしまうというよくある陥穽に、自分自身がハマってしまっていた、という話になる。
これに気付くのはもっとずっと後のことなのだけど。
この時多少関係が気まずくなりはしたものの、最終的にTとの友情が壊れずに済んだのは、ある意味店長のお蔭だった。
ある日キャビンに来た時、俺たちはストIIダッシュの筐体に、こんな貼り紙が貼られているのを発見した。
「ベガ使用禁止」
その下に小さく、「ただし、通常技しか使わないなら使用可」などと書いてありはしたが、もちろんそんな条件でベガを使うものなどおらず、このゲーセンにおいてベガが猛威を振るう時間は終わりを告げたのである。
あとから店長に聞いてみると、「ベガ使われて喧嘩するヤツが多過ぎたんで禁止にした」とのことだった。
この時俺たちは、レギュレーションというものは一瞬で変わり得るものであり、そんなことでいちいち喧嘩するのも馬鹿らしい、ということを知る。
「まあ……禁止されちゃしょうがないよな……」「そうだな……」
という会話で、私とTはある意味和解することになった。
その後Tは黙々とサガットをやり込み始め、一方私も強キャラのバルログに走り、「どっちもどっち」という形に決着したのだと思う。
ちなみにこの後、わずか半年ちょっとという短い期間で「ストIIダッシュターボ」が発売され、ベガは見る影もなく弱体化されてしまった。
バルログも強烈に弱体化されてしまい、以降我々は、「シリーズごとに使用キャラの性能がドカスカ変わる」という問題に懊悩し続けることになる。
この後、「ヴァンパイア」や「サムライスピリッツ」「KOF」といったいくつもの対戦格ゲーを経験していく内に、私は
「ゲームを遊ぶ上での美学やスタンスは人それぞれのものであって、主張するだけならともかく人に押し付けるべきではない」
と学ぶに至った。
その淵源を辿ると元はと言えばストIIダッシュでの上記の経験があり、私とTの衝突も無駄ではなかったのかも知れないなあ、という話なのである。
キャビンというゲーセンも今は存在せず、Tとの連絡ももう20年以上ない。
ただ、Tにせよゲーセン店長にせよ、どこかで元気にゲームを遊んでくれていればいいなあ、と考えるばかりである。
今日書きたいことはこれくらい。
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【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo:erokism