都市は、地方出身者でできている、と聞いたことがある。

どの程度の割合の方々が地方出身者なのか、実際の細かい数字を調べたことはないが、私の周囲に関して言えば、確かにその通りだと感じる。

 

事実として、いま一緒に仕事をしている方々は、東京出身よりも地方出身者のほうが多い。

弊社の役員のみならず、事務やライターさんも、かなりの割合が地方出身の方々で占められており、とても多様性がある。

ちなみに妻も、地方出身者だ。

 

そう考えていくと、現在、都市で暮らす我々は、地方に感謝せねばならない。

 

 

しかし「都市への集中」は問題でもある。

地方創生のために「地元にUターンしてきてほしい」という意見もあるだろう。

 

だが、彼らが地元をどう思っているか、と言えばなかなか複雑である。

実際、学校唱歌「ふるさと」に謳われているように故郷を懐かしんでいるのかと言えば、どうやらそうでもないということが、言葉の端々からうかがえる。

 

というよりむしろ、「地元に絶対に帰りたくない」という発言すらあり、地元について触れる際には、十分配慮をしなければならない。

 

例えば、地方出身者の友人と話していた時のこと。

「東京は家賃が高すぎるよね」という話題になったので、私は考えなしに「確かに、生活コストが安いとこに、いつでもに帰れるっていいよね」と言ってしまった。

 

しかし、その友人は言った。

「とんでもない、いくら生活コストが安くても、絶対に地元には帰りたくない」と。

 

私は友人がこれほど過敏に反応すると思っていなかったので、少し驚いた。

そこで理由を聞いた。

 

すると友人は言った。

「地元には地元の苦労があるんだよ。」と。

 

私は友人がそれ以上、その話題について触れたくなさそうだったので、話題を変えた。

だが「地元の苦労」とはいったい何なのか。

私にはピンとこなかった。

 

だがつい先日。

前職の元同僚と久しぶりに再会した時のこと。

かねてから疑問だった「地元の苦労」に関する話が聞けたのだった。

 

 

彼は前の職場を退職したあと、しばらく東京にいたのだが、疫病のまん延にともなって、今は地元に帰って商売をしていた。

そして彼は地元で働くうちに、東京で忘れていた、「田舎の感覚」を、改めて思い出したという。

 

それを一言でいえば、「その人の評判や地位が、リセットされない」という感覚だ。

 

最近、彼は仕事の中で、「出身高校」の話をよく持ち出され、それでマウントされることが少なからずあったという。

「何十年前のことなんだよ、って話ですけどね。田舎では出身高校がよく話題になるんですよ。」

と彼は言う。

「地方創生がらみで仕事をしていると、「施策が出ない」というより、そうした「昔からの人間関係のしがらみ」でプロジェクトがうまく進まないことがとてもたくさんあるんです。」

 

私は、東京でも人間関係のしがらみで仕事が進まないことは普通にあると思ったので、

「普通じゃない?」と言った。

 

すると彼は言った。

「レベルが違いますよ。地元では人間関係のしがらみが、かなり昔までさかのぼるんですよ。例えば「高校時代、体育館の裏であいつに殴られたことがある。だから絶対にあいつの言うことは聞きたくない」とか。」

 

確かに「昔、殴られた相手」と一緒に仕事をしたいか、と言われたら、歓迎ではないし、深い禍根があるのかもしれない。

 

だが、「30年も前の話」が、未だに意味を持っているのは驚きだ。

「評判がリセットされない」ということは、そういうことなのだ。

 

 

また、こうした話は、ビジネスだけに限らない。

私生活においても、「評判」は死活問題だと、彼は言う。

 

例えば「怒らせてはならない人」というのが、地域社会には存在している。

地域の名士、権力者、有力者、豪族、何と呼んでもいいが、そういったものだ。

 

地方の社会は極めて固定された人間関係で経済が動いているので、で彼らへの配慮を欠くと、あらゆることがやりにくくなる。

 

だが都市では通常、「怒らせてはならない人」というのは存在しない。

いや、局所的は存在するのかもしれないが、経済圏が大きいので、有力者といえど、地域社会に与える影響は極めて限定されている。

だから通常、さしたる問題にはならない。

 

ところが、田舎では少し様相が異なる。

「その人に睨まれている」という評判が立ってしまうだけで、ありとあらゆることが不利になる。

リカバリーも難しい。

それは「評判」がリセットされないからだ。

 

彼自身も、身内が「評判」を極めて重視していることを肌で感じたことがあるという。

 

それは、彼の娘さんが、風邪で熱を出したときのことだった。

このような情勢なので、医師から「念のためPCR検査を受けたらいかがですか」と勧められたそうだ。

 

ところが、何気なく近くに住む両親に、それを話したところ、両親は蒼くなって

「絶対にPCRを受けるな」

と言ったという。

「万が一、娘がPCRで陽性になったことが漏れたら、我々は、もうこの地域では生活していけない。」

 

 

こういう話を聞いて、「なにをオーバーな」と思う方も多いかもしれない。

 

だが、この話を、同じく地方出身者の妻にすると「よくわかる」と言った。

妻が見せてくれた記事を見ると、その雰囲気がわかる。

ハライチ岩井が語る「今時、同窓会に参加する人」の正体

岩井:じゃなんで、同窓会にわざわざ行く人がいるのか。学生時代のお調子者の男子が毎回同じようにはしゃぎ、それを見た女子が「またあいつ、馬鹿やって!」と笑う。しかも毎回、同じところで笑う。僕はむしろ怖い。それの何が楽しいのか、と。

妻にとって、これは全く他人事ではなく、地元でこのような経験をしたことがある、という。

そしてそれが「苦痛だった」だとも言った。

 

昔話が嫌いなわけではないが、学生当時の人間関係が固定されているのが、とても嫌なのだそうだ。

「地元に帰ると、子供も同じ学校に通う。そうして、親の地位や序列が、今の子供たちにまでダイレクトに影響する。何十年も前に、自分も覚えていないような発言が蒸し返される。それはとても息苦しい。」

と妻は言った。

 

なお、誤解のないように行っておきたいのだが、地元愛にあふれる人もたくさんいる。

のびのび子供を育てるなら、都市ではなく地方がいい、という人もいる。

「固定された人間関係」が、むしろ安心できるという人もいる。

地域コミュニティでの地位が高く、地元が一番暮らしやすい人もたくさんいるだろう。

 

だから、上の話は「地元を愛し、地元に残る人たち」を否定するものでは決してない。

 

だが「嫌な奴と付き合わない自由」を得たい人。

学生時代のしがらみを、リセットしたい人。

地元での序列に閉塞感を感じる人。

そういった人々が、「地元には絶対に帰りたくない」というのもまた事実なのだと、私はようやく理解した。

 

「田舎くらし」に憧れる人は多い。

実際、軽井沢のように、都市からの移住者が多い町は、移住者同士のコミュニティがあって暮らしやすいかもしれない。

だが、その人たちの多くはたぶん、本当の意味での地域コミュニティには参加しないのだろう。

 

「田舎暮らしは甘くない」という高知県制作のCMが賞をとるのも、納得である。

 

 

余談だが、これを書いているうちに、これと同じような構図をどこかで見たことがある、と思った。

たぶん、企業で「会社にずっと残る人」と、「転職で飛び出す人」との構図とよく似ている。

 

その会社での評判を築き、「地元」で心地よく過ごす人と、

その会社に馴染めず、「新天地」をもとめて飛び出す人。

 

それに特に良し悪しはないが、両者の考え方はかなり違っており、相容れない部分も多いだろう。

「地元派」と「地元には帰りたくない派」の共生は、なかなか難しそうである。

 

 

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【ご視聴方法】
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【ゲスト】
森山正明(もりやま まさあき)
東京都府中市出身、中央大学文学部国史学科卒業。大学生の娘と息子をもつ二児の父。大学卒業後バックパッカーとして世界各地を巡り、その後、北京・香港・シンガポールにて20年間にわたり教育事業に携わる。シンガポールでは約3,000人規模の教育コミュニティを運営。
帰国後は東京、京都を経て、現在は北海道の小規模自治体に在住。2024年7月より同自治体の教育委員会で地域プロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からは主幹兼指導主事として教育行政のマネジメントを担当。小規模自治体ならではの特性を活かし、日本の未来教育を見据えた挑戦を続けている。
教育活動家として日本各地の地域コミュニティとも幅広く連携。写真家、動画クリエイター、ライター、ドローンパイロット、ラジオパーソナリティなど多彩な顔を持つ。X(旧Twitter)のフォロワーは約24,000人、Google Mapsローカルガイドレベル10(投稿写真の総ビュー数は7億回以上)。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/6/16更新)

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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