ちょっと前に、マイナビさんのアルバイト情報メディアに寄稿しました。

タイトルは、低賃金でパワハラが横行しているのに、人が辞めない会社。一体なぜ?

 

内容を端的に言うと、不思議なことに「低賃金」「長時間労働」「パワハラ横行」と、離職率が低いことは両立するという話です。

 

「会社を辞める」と言う選択肢は、待遇の悪さとは、別の話なのです。

つまり、会社の愚痴が多い人に、「嫌ならやめりゃいいじゃん」と言うのは、あまり意味がない。

むしろ「それができれば苦労しないよ」と、反発される。

 

待遇が悪い会社の社員に限って、そもそも「辞める」が選択肢に入らないケースも多いのです。

それは上の記事でも述べましたが、「昭和型」の会社で顕著です。

 

昭和型の会社とは、

・新卒が中心
・保守的な人を重視して採用
・昇給は毎年かならずやる、だがほんの少しずつ
・長時間労働

という特徴を備えた会社のこと。

 

そこでは、「生かさず殺さず」が徹底されているがゆえに、従業員が「こんなところ辞めてやる」となりにくい。

保守的な人は、よほどのことがない限り、現状を変えるほうが高くつく、と思ってしまうのです。

 

そこでは「羊」のような社員たちと、「羊飼い」の社長が微妙なバランスで組織を形成しています。

 

さて、ここからが本題なのですが、社員が辞めないと、経営者はもっと悪いことも考えるようになります。

何かと言うと、「従業員をできるだけ疲弊させることが、離職率の低下につながる」と考えるようになるのです。

 

そんなバカな、と思う方もいるかもしれませんが、これには合理性があります。

 

 

昔、こんな会社がありました。

ソフトの開発会社なのですが、経営者に話を聞くと、いつも「フル稼働ですよ」と言うのです。

 

そんなに儲かっている会社には見えなかったので、内情をうかがうと、彼らははっきりとは言わないですが、単価の低い案件であっても、積極的に請けているとのこと。

 

しかし、その弊害として、「安かろう、悪かろう」の案件が増えます。

稼働はどうしても高めになり、そして儲からない。

 

そのような状況を見て、経営者に尋ねました。

「高単価の案件をとることを目指しているのですよね?」

 

すると経営者は言いました。

「もちろんそうだが……、無理はしない。高単価ならいいってもんでもない。」

「そうなのですね。」

「技術者が空くのが一番良くないからね。」

「なぜですか?」

「暇になると、良からぬことを考えるからね。稼働させておくほうがいいんだよ。」

 

どういうことか、よくわからなかったので、帰社してから、私は元ソフト会社の同僚に

「技術者は、暇になるのは良くないの?」

と尋ねました。

 

すると彼は言いました。

暇になると転職考えますからね。私もそうでしたし。大手の案件が一息ついて、1か月くらい空いたんですよ。

そのとき「このままでいいのかな」と思って、転職サイト眺めたのが、ウチに来たきっかけでした。」

 

つまりあの経営者が言っていたのは

「暇になると転職が増えるから、安くてもいいから稼働させておく」

と言うことだったのです。

 

確かに、その経営者は「社員が辞めること」に対して、とても敏感でした。

職場に飲み物やお菓子を設置し、「社員旅行」「誕生日プレゼント」なども好きで、時に社員たちを社長に家に招待し、パーティーなどを開いていました。

これらはすべて、社員が「辞めないように」と言うことにとても気を配っていた結果です。

 

できるだけ忙しく稼働させておく、と言うのも、その一つの施策だったのでしょう。

 

ただし、職場はブラック。

安い給料で、夜遅くまでこき使われることには変わりません。

社員たちには、相当疲労がたまっていたと思います。

 

 

古代ローマには、生かさず殺さずの統治を、「パンとサーカス」と表現した詩人がいました。

古代ローマ、と言えば二千年後の現代でも連想する「パンとサーカス」の、サーカス、ラテン語では「チルクス」(circus)のほうである。ちなみに「パン」は、小麦の無料配給のことである。

累進課税制度などなかった時代だ。裕福な人はますます裕福になるのだから、何かでそれを恵まれない人々に還元してこそ社会の安定に寄与することになる。

為政者は、民衆を最低限は「食える」状態に置き、享楽的な「見世物」を与えておけば、統治はうまくいく、と言うことです。

 

実際、ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスは、40年の統治の間に、

剣闘士試合 八回

帝国中から集めた競技者による体育競技会 三回

戦車競走 七回

戦いの神マルスに捧げた競技会 毎年

アフリカ野獣狩りの見世物 二十六回

模擬海戦 一回

と、血沸き肉躍る見世物を積極的に提供し、民衆を大いに楽しませたようです。

 

上のソフト会社の経営者も、ある意味「パンとサーカス」を提供してたと言えるでしょう。

最低限の給与と、それなりの仕事を与えて「忙しさ」という幸福感を演出し、あとは飲み会やプレゼントなどで歓心を買う。

 

それで社員が辞めなければ、別に会社として問題はない、と言うことです。

それが「悪い社長」の社員掌握術です。

 

 

もちろん、「パンとサーカス」による統治は、決して褒められたものではありませんが、実効性はあります。

また、「経営者と、社員が満足だったらそれでいいんじゃないの?」と言う方もいるでしょう。

 

その通りです。

が、覚えておかなければならないのは、「忙しいひとは、深く考えたがらない」という点です。

 

厳しい納期のプロジェクトに従事する人や、夜遅くまで働いている人は、特にです。

強い意志やセルフコントロールの努力を続けるのは疲れるということである。何かを無理矢理がんばってこなした後で、次の難題が降りかかってきたとき、あなたはセルフコントロールをしたくなくなるか、うまくできなくなる。この現象は、「自我消耗(egodepletion)」と名づけられている。

そもそも消耗している人は、「転職活動」といった、さらに消耗するような活動に身を投じる資源は残されていない。

 

そこに、経営者がつけこんでいる、ともとれるわけです。

暇になったら転職を考える、というのは、「他の選択肢を考える余裕があるほど、心身ともに健全」と言うことですから。

 

 

もし、今いる組織が「パンとサーカス」型の統治をしているようなら、少し休んで、自らを振り返る余裕を持ってもよいかもしれません。

長期的には、消耗を続けることは、寿命を縮めることにもなりかねないのです。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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Photo by Mark Williams