東日本大震災の際、家族全員を津波で失いながらも任務を続けた自衛官がいることを、知っている人はいるだろうか。
その自衛官のお名前は、車両整備中隊長の佐々木清和・1等陸尉という。(当時。以下敬称略。)
陸上自衛隊における中隊長は特別なポストで、部下からは「オヤジ」とも呼ばれ、一人ひとりの隊員と膝詰めで付き合うポジションだ。
そんなこともあるのだろう、佐々木は海岸からわずか300mしか離れていない自宅にいた家族が心配ではあったが、一切顔に出さず、黙々と部下を統率し任務にあたり続けたそうだ。
そしてまさにその時、最愛の妻と14歳の一人娘、同居していた義父母の家族全員が、津波にのまれて命を落とされている。
佐々木がご家族のご遺体に対面できたのは、任務の合間を縫って遺体安置所に駆けつけた、実に10日も後のことであったそうだ。
当然のことながら佐々木は震災後、心に大きなダメージを負い酒量が増える。
体重も落ち、一時は周囲が話しかけられないほどに憔悴してしまう。
それでもなんとか気持ちを立て直し、忙しい自衛官生活の傍ら2015年から、震災の語り部として活動を始められた。
そしてオリンピックイヤーの今年、宮城県の聖火ランナーに選ばれ、家族の思い出とともに震災の跡地を疾走された。
そんなこともあり、マスコミはこぞって佐々木を取り上げ、
「命の大切さ」
「震災の悲惨さ」
を訴える人としてクローズアップし、広く知られるようになった人である。
あの悲惨な災害における自衛隊の活躍について、もはや多くの言葉は要らないだろう。
泥まみれになり、体を張って瓦礫をめくり、夜は冷え切った戦闘糧食を食べながら被災者には温かい食事を振る舞う隊員たちの姿は、今思い出しても涙が出る。
人は人のためにここまで尽くせるものなのかと。
その姿は神々しささえ感じさせるものであった。
しかしその上でも、この佐々木の話は、こんな形で「美談」のようにしてよいものなのだろうか。
佐々木の話から私たちが学び、教訓にすべきことは
「命の大切さ」
「震災の悲惨さ」
だけで、本当にいいのだろうか。
会社が利益を上げる方法は2つしか無い
恥ずべき話だが私はかつて、CFOとして着任した会社役員のポストを僅か3年余りで投げ出したことがある。
CFOはもちろん、そんなことが許されるようなポストではない。
会社の信頼を直接左右する、局面によっては代表取締役よりも重要な役割が求められる役職だ。
実際に私が役員を辞任した時、メインバンクの支店長から携帯に電話があり、
「本当のところ、何があったのか聞かせてくれませんか。」
と、根掘り葉掘り聞きだそうとされたほどだった。
その後会社は、実際にいくつかの取引先から取引を切られたと聞いた。
それほどまでに、多くの人に迷惑を掛けてしまった退職だったと、本当に申し訳無く思っている。
しかしそうなるとわかっていても、私はどうしても、そのポジションに留まり続けることができなかった。なぜか。
最後に心が折れたのは、経営トップの、
「やっとウチも、社員が自死するほどの会社になりましたね」
というセリフだった。
経営トップはエンジニア上がりだったが、若い頃は4日間寝ずに仕事をしたことが自慢だった。
40度の熱を出しても休まずに仕事をしたことを誇りに思う価値観を持っていた。
このような人物が経営トップになると、高確率でそのような働き方の会社を作る。
そして実際に、1ヶ月間休みが取れない社員、残業時間が月間130時間を超える社員など、暴力とも言える労務管理が常態化している会社を作り上げていた。
帰宅は毎日、深夜の2時を過ぎていた社員も多くいた。
当然のことながら、そのような働かせ方は許されるものではない。
そのため労務管理を改めるよう役員会で議題にしても、
「社労士と協議しながら契約書を巻き、問題がないように進めている」
などと言い訳し、一向に改めることがなかった。
そしてそんなある日、ついに若手社員の一人が自ら命を絶つ事件が起きてしまった。
その時に言ったのが、先のセリフだった。
彼にとっては、「死を選ぶくらいに、社員を追い込んでいる」ことは、経営者としての誇りですらあったのだろう。
こんな経営トップのための金庫番など、絶対に続けるべきではない。
そして私は、馴染みの株主たちに迷惑をかけることを承知の上で、わずか3年余りで同社のCFOを降りた。
会社が利益を出す方法は、本質的には2つしか無い。
1つめは、希少性のあるプロダクトやサービスを生み出し、高くとも買ってもらえる商品を提供すること。
2つめは、汎用的なプロダクトやサービスであっても、より安い原価で提供する仕組みを構築することだ。
より具体的にいうと、3人必要な仕事を2人でできる仕組みをつくれば、人件費一人分の利益が生まれる。
このうち1つめの利益の出し方は、もちろん簡単なことではない。
そのため世の中の多くの経営者は、2つめの方法で利益を上げようとする。
しかしここで、頭の悪い経営者は、3人必要な仕事を2人でできる仕組みを構築するのではなく、3人必要な仕事を2人でやるように、社員に強要することを考える。
そしてサービス残業や違法な長時間労働を従業員に課して、「浮いた一人分」を利益に変えようとする。
きっとそんな経営者の存在に、心当たりがある人も多いはずだ。
こんなヤカラは経営者ではない。ただの犯罪者である。
そして日本には、未だにこの程度の経営者が多い。
そして社員の心と体を使い捨て、時に自死に追い込むことをなんとも思わないようなクズが生まれ、経営者ヅラを始める。
もっとも彼の会社は、その後、キッチリと潰れたが。
こんな経営者の存在など、絶対に許してはならない。
仕組みではなく「従業員の無茶な頑張り」を金に変え利益を上げるような会社の存在などは、絶対に許してはならない。
「無茶な頑張り」に頼るリーダーは、リーダーであってはならない
話は冒頭の、震災で家族を失いながらも人命救助にあたり続けた佐々木のことについてだ。
確かに、佐々木の
「命の大切さ」
「震災の悲惨さ」
を訴える活動が素晴らしいことは間違いないだろう。
その事自体に、疑いの余地はない。
しかしだからこそ、あの震災で自衛隊と佐々木が見せてくれた活躍を、それだけの教訓に留めてはならないはずだ。
では、この話から何の教訓を得て、どのように活かさなければならないのか。
それは「こんな仕事のさせ方は間違っている」である。
なぜ佐々木は、家族の安否を気にかけながらも、10日間も任務を続けなければならなかったのか。
もちろん、自衛隊とはそういうものだという意見はあるだろう。
自衛官とはそのような覚悟で任務にあたっていることも、確かに理解できる。
しかし震災は、戦争ではない。
いつか必ず起きる、私たちが必ず備えなければならない日常と隣り合わせの出来事である。
個人や家族の全てを犠牲にしてでも、何が何でも任務を優先するべき出来事では、絶対にない。
確かに、「72時間の壁」と呼ばれる初動の3日間にあっては、個人の感情を犠牲にすることが求められても仕方がない。
それは職業柄、どうしようもない。
しかし72時間を過ぎたにも関わらず、なぜ順次、応援部隊と入れ替わるような仕組みが無いのか。
被災地の部隊とその自衛官に、いつまで経っても個人の感情を優先させないなどと強要すれば、心が壊れてしまうに決まっているではないか。
佐々木の心を推し量ることなどとてもできないが、せめて4日目に自宅に駆けつけることができていたのであれば、心の負担はほんの僅かでも軽くなっていただろう。
次の災害時に、こんな想いを自衛隊と自衛官にさせては、絶対にならない。
もし人の上に立つ人やリーダーでありながら、この「個人の無茶な頑張りに頼った組織運営」から僅かでも疑問を感じないのであれば、それは間違っている。
リーダーであれば、
「誰が自衛隊に、こんなメチャメチャな組織運営を命じたのか」
「政治家は、自衛隊と自衛官にこんな無茶をさせるような仕組みをその後、しっかりと改めたのか」
という疑問をこそ、震災から10年の節目である今、論じるべきだ。
もし疑問を感じないのであれば、あなたも「3人必要な仕事を2人でやる」ことを命じ、利益を上げようとするリーダーになってしまっていないだろうか。
ぜひ、自分のリーダーシップの型を再点検して欲しいと思う。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
偉そうなことを書きましたが、私はここ3年、丸一日休んだ日が一日もありません・・・。
いいんです、それが経営者というものです。
但し、社員に同じことをさせては絶対にいけません。
twitter@momono_tinect
fecebook桃野泰徳
Photo by :MIKI Yoshihito