ある日の夜、いつものようにまとめサイトを徘徊していたところ、興味深い記事を見つけた。
「夫婦共働きが一般的なこの時代、男に収入を求めるのは女の甘え」という主旨だ。
そこには、
「なんで男に年収600万を求めるの? それぞれが300万稼げばいいじゃん。自分が300万稼げるようになろうとは思わないのに、男に家事育児を半分分担しろっておかしくね?」
という意見が書き込まれていた。
そして、「本当それ」「自分は働かないくせに男には働けってワガママだよな」「男に高収入を求められるほど自分に価値があると思っているのか」といった辛らつなコメントが並ぶ。
なるほど、男性視点では、「男女共働きが当然」と「女性が男性に経済力を求める」のは筋が通らないように思えるのか。
でもそれはね、おかしくないんだよ。
女性視点では、むしろ「当然」の要求なんだ。
というわけで、「なぜ夫婦それぞれが300万稼いで世帯収入を600万にするのではなく、男性ひとりで600万稼いでもらいたいのか」について、わたしなりの答えを書いていきたい。
※この記事でいう「男性視点」「女性視点」は、「年収を求められがちな男性の立場」と、「パートナーに経済力を求めがちな女性の立場」という意味であり、男性全員・女性全員の意見を決め付けているわけではないです。念のため。
「共働き」に対する認識が男女で大きくちがうのでは?
2020年、共働き世帯は(非正規雇用も含め)7割弱となり、「夫婦共働きが当たり前」といえる世の中になった(共同参画)。
そんななか、
「男に年収600万を期待するのではなく、夫婦でそれぞれ300万稼いで協力すればいいじゃん」
というのは、めちゃくちゃまっとうな主張である。
しかし実際のところ、夫婦が力を合わせて成り立っている家庭も多くあるとはいえ、依然として「男が稼ぐべき」という価値観はなくなっていない。
2010年の統計ではあるが、結婚相手に経済力を求める女性は67.2%に対し、相手に経済力を求める男性はたった12.4%だ(平成27年版厚生労働白書)。
「女も働いて当然(だから男性も家事・育児をすべき)」
「でもやっぱり男性に稼いでほしい」
とまぁ、こんな状況なわけである。
それを聞いたら、男性が「なんだそれ。ワガママかよ」と言いたくなる気持ちもわかる。
さて、この意識のズレは、なぜ起こっているのだろう。
記事を読み進めてみたところ、どうやらわたしが思っている「共働き」と、記事やコメントを書いた人たちの「共働き」が、なんだかちがう意味をもっていることに気がついた。
女性視点の「共働き」はあくまで「リスクヘッジ」であり、自分の収入は「万が一の保険」でしかない。
しかし男性視点の「共働き」はきっと、夫婦が同じくらい働き、同じくらい稼ぐ、いわば「背中を預けられる対等な戦力」という意味合いなのだろう。
だから、「夫婦で力を合わせればいい」となる。
この「共働き」に対する認識のちがいが、「年収600万の男をさがすんじゃなくて、自分が300万稼ぐようになればいいじゃん」という記事につながった気がするのだ。
女性の収入が「あくまでリスクヘッジ」なワケ
「リスクヘッジとしての共働き」というのは、「女性も働いて経済的サポートをするけど、あくまで本業は家庭のなかにある」という考えだ。
そういう考えになる理由は、以下のデータを見ればおわかりいただけると思う。
・学歴、勤続年数、企業規模が同じようになる調整をした調査で、女性の賃金は男性の賃金の8割程度(『ユースフル労働統計2020』)
・就業者の女性の割合は43.5%、管理職では13%。欧米諸国、シンガポールやフィリピンをはじめとしたアジア諸国でも女性管理職が少ない(『男女共同参画白書平成29年版』)
・係長級は18.3%、課長級11.2%、部長級が6.6%と、上位の役職になるほど女性の割合は低くなる(『男女共同参画白書 令和元年版』)
・現在働いていないが就業を希望している女性は237万人おり、求職していない理由でもっとも多いのが「出産・育児のため」(『男女共同参画白書 令和元年版』)
・非正規雇用比率は男性が22.8%、女性が56%(『ひとりひとりが幸せな社会のために ~令和2年版データ~』)
要は、
「女性は男性に比べ、同条件でも給料が少なく、管理職になる可能性も低い。出産や育児でキャリアを中断する人が多く、非正規雇用で働く確率が高い」。
そんな現実のなかで結婚・出産を踏まえたライフプランを立てるなら、(女性である)自分の収入はアテにしないだろう。だって将来、どうなるかわからないもの。
女性視点の「共働き」があくまで「リスクヘッジ」でしかないのは、
「自分が大黒柱になる覚悟がない」わけでも、
「他人に依存して楽して生活をしたい」わけでも、
「男が稼いで当然だから」というわけでもない。
そういう側面がゼロとは言わないけど、単純に、「現状を踏まえたら当然の帰結だよね」って話なのだ。
「2馬力で成り立つ生活」は「いずれ破綻する」
それに対し、男性視点の「共働き」というのは、「同じくらい働いて、同じくらい稼ぐ、背中を預けられる同志」という意味なのだと思う。
だって、
「男に年収を求めるんじゃなくて、自分もそれくらい稼げるように努力すべき」
「高収入の男を探すなら、そういう人に釣りあうような自分になるべき」
というのは、「女性も対等な経済的戦力になれる」という前提ありきの言葉だからね。
まぁ「共働きが一般的」といわれれば、「戦力が2人になった」と考えるのは当然だ。
「だから2人で稼げば問題ないじゃん」という主張になるのも、また当然。
でも女性視点で考えると、「2馬力前提で成り立つ生活」は、「将来破綻する可能性が高い」んだよね。
現状、子どもがほしい女性は、「子育てのために仕事から離れること」を念頭に入れなきゃいけない。
共働きとはいえ、子どもが熱を出したときにまず電話がかかってくるのは母親だし、「どうせ昇進するのは男」だしね。社会復帰しても非正規、なんてのもザラだし。
300万×2人は、男性視点では600万かもしれないけど、女性視点では300万+αくらいでしかないのだ。
出産後も変わらず600万の世帯収入を前提として考えてる女性って、そこまで多くないなんじゃないかな。
福利厚生が充実してるホワイト企業ならともかく、「もし子どもを保育園に預けられず仕事を辞めることになったら」とか、「育児が大変でパートに切り替えるかも」とか、考えるもん。
もちろん、世の中にはバリバリ働いている素敵な女性もたくさんいる。
仕事と家庭、両方とも充実させている夫婦だっているし、育休後仕事に復帰して昇進する女性だってなかにはいるだろう。
でも、「今後自分の収入がどうなるかわからない」のであれば、「男性1馬力でも成り立つ生活のほうが安心できる」と思うのもまた、うなずける話だ。
女性が対等な経済的戦力になるのに必要なもの
「共働き」が「リスクヘッジ」ではなく「対等な戦力」として成立するためには、大きく分けて3つの『前提』が必要になる。
女性の社会進出が進んだ多くの国々が、いまなお目指している内容だ。
1.結婚や子育てがキャリアに悪影響を与えない
産休は女性のみであっても、育休は男女等しく取得する。育児の外注もOK、子育てで仕事から離れても社会復帰しやすい。
2.キャリアビジョンに性差がない
収入の上がり方、上がり幅の見込みが男女ある程度同じで、管理職の割合も偏っていない。生涯年収や正社員・非正規雇用の割合も男女同水準。性別に関係く似たようなキャリアビジョンを描ける。
3.他人が横槍を入れたり足を引っ張ったりしない
「父親が子どもを迎えに行くなんて母親はなにをやってるんだ」「女のくせに上司とは生意気な」とごちゃごちゃ言う人がいない。制度として認められているものを利用しても、白い目で見られない。
こんな感じだろうか。
この3つが完璧……とまでは言わないにせよ、ある程度まで達成されれば、「女性は男性と同等の経済的戦力になる」ことを前提として、「それぞれ300万稼いで夫婦協力しろ」という主張が成り立つだろう。
逆に、この3つがないまま「共働きの時代だから女も同等の戦力でしょ」と期待されるのは、正直ちょっと困る。
「それでもやっぱり男性に稼いでほしい」のが現実
とはいえ、わたしが言いたいのは、「女性は対等な戦力になるべき」ということではない。
それが可能な社会になってほしいとは思うけど、わたし自身は「リスクヘッジとして仕事をして家事をメインにする」という生活が気に入ってるからね。
実際わたしみたいな人は結構多くて、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に反対しているのは、令和元年になってもいまだに男性が55.7%で女性が63.4%に留まっている(共同参画)。
だから、なにがいいとか悪いとか、そういうことを言いたいんじゃないんだ。
ただ、男女で見ている景色がちがうというのは往々にして起こるわけで、「共働き」に対する考えのちがいもそのひとつじゃないかな、ってだけ。
「女も働いて当然の時代」「だけどやっぱり男性に稼いでほしい」というのは、男性視点では「わがまま」に映るのだろう。
でも女性視点の「共働き」の観点から考えると、そんなにヘンなことは言ってないんだよね。
女性が「夫婦それぞれ300万円稼いで世帯収入を600万にするのではなく、男性ひとりで600万稼いでもらいたい」というのは、「時代遅れ」ではなく、むしろ「いまの時代の現実をちゃんと理解しているからこその要求」ともいえるのだ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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Photo by Joshua Rodriguez