地上波放送から50年を迎えた名作アニメ、ルパン三世だが、歴代の名言として
「裏切りは女のアクセサリーのようなもんさ」
を挙げる人も多いのではないだろうか。
裏切りの定番、峰不二子がやらかした時にルパンが呟いた決めゼリフだが、しかし私は、これはとんでもないことだと思っている。
忘れもしない、あれは私がまだうら若き21歳の時のことだ。
バイト先の写真屋で1つ年下の岩波と店番をしていたら、降り出した雪がみるみる積もり、2~3時間で辺り一面が銀世界になってしまったことがあった。
すると岩波がこんなことを言い出す。
「ねえ桃さん、すごい雪積もってるよ?雪合戦しようよ!」
「アホ言うな、いくら客がいないからって店を空けられへんやろ」
「お店の前だけならええやん、ねえ、ちょっとだけやし!」
雪国に住んでいる人には憂鬱なシロモノに過ぎないと思うが、やはり積雪は妙にテンションが上がるのである。
それは私も正直同じだったので、「じゃあちょっとだけな!」などと言って、彼女と私は店の前で雪合戦を始めてしまった。
そして最初こそ小さな雪玉を適当に当てていただけなのだが、少し大きめの玉を当てられるとお互いにムキになる。
そしていつしか「どれだけ巨大な雪玉を相手にぶつけるか」というヤバい争いが始まってしまい、岩波はスイカほどの雪玉を抱えるとこっちに向かって走ってきた。
「ちょっと待て!いくらなんでもそれはやり過ぎやろ!やめろ!」
「何言ってるのよ!アンタが持ってるのかて、サッカーボールくらいあるやん!」
「落ち着け、話し合おう。今これをぶつけ合ったら、ビショビショになるぞ。ここまでにしよう、な?」
「ええよ、じゃあアンタが先にその雪玉降ろしーな!そしたら私も降ろすわ!」
そういう岩波の目は、完全に笑っている。明らかに騙す気マンマンだ。
しかし私にはその時、アメリカが生んだ名作・スタートレックの、あるシーンが頭に浮かんでいた。
一触即発の状態で敵の艦隊と向かい合った際、名艦長・ピカードが非常な決意を下し、相手に話し掛ける場面だ。
「私たちは今、お互いを信じられない為に戦争寸前である。どちらかが先に信用を示さないと、壊滅的な戦いが始まるだろう。だから私から、あなた達を信じる!」
そして武装解除し信用を示すと、相手も武装解除して戦争は回避される、という名シーンである。
これになぞらえ、私も彼女に話しかけた。
「わかった、俺は岩ちゃんを信じる!先に武装解除するぞ!」
そして雪玉をゆっくりと地面に置いた次の瞬間、
「キャハハ!バーカ!」
という笑い声とともに頭から雪玉を叩きつけられ、一目散に店内に逃げ込まれてしまった。
もう30年近くも前の話なのに、昨日のことのように覚えてるくらいである。なんて酷えやつだ。
「裏切りは女のアクセサリーのようなもんさ」
などというセリフは、マンガの中だから成立するのだ。非現実的な言葉であると、ここに力を込めて断言したい。
「一杯飲みに行こう。慰労会や!」
話は変わるが、私がある中堅メーカーで経営の立て直しに携わっていた時の話だ。
数字もある程度上向いてきたある日、大手証券系の株主からこんな依頼があった。
「次の役員会で、すべての役員からこの先1年の行動計画を提出してもらって下さい」
これは私が同社に、2億円ほどの追加出資を要請したことに対する返事だった。
会社の業績は上向きつつあったものの、現預金は相当心許ない状況に追い込まれていたので、なんとか追加投資をお願いできないか。
今の状況なら前向きに検討してもらえるのではないかと考え、経営計画を添えて依頼を出したのだが、
「計画はわかった。ならこの内容を、各役員の行動計画のレベルで本人たちの口から聞かせろ」
という趣旨である。
さっそく各役員にその旨を伝え、役員会までにドキュメントにまとめておくように依頼を出す。
しかし役員会当日、各自から出てきた行動計画と、株主との質疑応答は悲惨なものであった。
株主:「最初に営業計画を聞かせて下さい。1年以内に月間3,000万円の上積みはマストだと考えています」
役員:「部下に指示し、一日30件営業に回らせて達成します」
株主:「不可能な計画は止めてください。時間が足りないことくらい私でもわかります」
役員:「早朝から深夜まで、寝ずに仕事をすればできます」
株主:「精神論は止めてください!夜はちゃんと寝て、9時5時で実現可能な計画をお聞きしているのです!」
役員:「……」
株主:「材料原価の圧縮について、どのような方策をお持ちですか?」
役員:「仕入先に対し、一律で10%の値下げ交渉をしています」
株主:「交渉の状況はいかがでしょう」
役員:「すぐには無理です!相手にも事情があります!」
株主:「……わかりました」
株主と各役員との会話は全く噛み合わなかった。
行動計画は全く形になっておらず、「頑張ります」「努力します」という内容が言葉を変えて書き連ねられているだけである。
そしてそんな無意味な時間が流れた後、苛立ちを強めた株主から最後通牒が為された。
株主:「社長、ここにいる役員で責任を果たしている人が何人いますか?」
社長:「……」
株主:「株主として提案します。社長と桃野取締役以外の役員を解任して下さい」
社長:「それはできません。皆で頑張って、ここまで経営を立て直してきました」
株主:「弊社では、経営悪化の根本的な原因は能力が無い役員の存在にあると判断しています。応じられないのであれば追加出資も見合わせ、これ以上の支援も打ち切ります」
社長:「……」
夕方の6時から始まった役員会は、既に深夜の2時に及んでいた。
誰の顔にも脂が浮いて疲れきっており、私自身、思考が朦朧としていたように思う。
しかしこの一言は、疲れ切った空気を張り詰めさせるのに十分なものであった。
社長:「それは少し横暴というものではないでしょうか」
悔しさをにじませ経営トップが抗議の言葉を口にしたが、私も口を挟む。
桃野:「わかりました。では役員からの辞任届を取りまとめ、各部の行動計画は私が作成し出し直します。それで追加出資を約束してくれますね?」
株主:「確約はできませんが、前向きに検討できます」
桃野:「逃げないで下さい。私はやると約束しているのです。要求に応じるので約束して下さいますかと、確認をしているのです!」
株主:「……責任を果たされるのであれば、約束します」
「ありがとうございます。議事録に残しますので、最後に署名をお願いします」
言われるままに、各役員のクビまで差し出すのは経営トップにすれば相当屈辱だっただろう。
やり場のない感情が顔色と態度に現れていたが、最後には納得し任せてくれた。
そして私は即日、各部署を回り行動計画を定量的・定性系な両面から検討を重ねる。
材料原価の圧縮などは、東大阪の町工場で新たに型を起こし大幅な引き下げに成功するなど、具体性のある施策に相当な手応えを感じていた。
そして各部の計画をドキュメント化し、丸の内にある株主のオフィスに向かう。
しかしこの日、上司も同席の下で伝えられた言葉は、意外なものだった。
株主:「ご足労頂きありがとうございます。せっかくですが、弊社は御社の支援から撤退します」
桃野:「……理由を聞かせて下さい。要求された人事を行い、指定のドキュメントを持参して来ましたが、内容も見ずに撤退とは理不尽というものです」
株主:「弊社では、ここが御社の経営トップの限界だと判断しています。経営トップが変わらない限り、これ以上の支援は無意味と結論づけました」
ふと担当者に目を向けると、下を向いたまま何も話さない。きっと彼なりに、最後まで頑張ってくれたのだろう。
そんな舞台裏が透けて見えたようで、もはやなにを言っても無駄なことを悟った。
そして私は、「わかりました。これまでお世話になりました」とだけ言って、席を立った。
失意のまま新幹線に乗り込み大阪に向かうと、次は私の言い訳の番である。
「あれだけのタンカを切って、経営トップになんて言い訳するか……」
あれこれ考える3時間など、あっという間だ。
重い足取りのまま帰社すると私は社長室に直行し、ありのままを伝えた。
桃野:「社長、申しわけございませんでした。追加出資の要請は断られ、今後の支援も打ち切られました。」
社長:「……そうか、お疲れ様。ところで桃ちゃん、この後は空いてるんか?」
桃野:「……はい」
社長:「よし、一杯飲みに行こう。慰労会や!」
桃野:「……」
そして経営トップは本当に、いつもどおりいつもの小汚い居酒屋に私を誘うと、
「酷え会社だよなあ!あそこまで厳しい要求を呑んだのに!」
などと笑いながら株主をいじり、私の失敗を一言も責めなかった。
今も人生で一番居心地の悪い酒の席であったと、きっと一生忘れないであろう情景になっている。
結局「裏切りはアクセサリー」なのか
裏切りとは、広義に言えば「期待に背くこと」だ。
善意だろうが悪意だろうが、経営トップにとってみれば「必ずやる」と約束した結果を得られなかった私の失敗は、ある意味で「裏切り」である。
当然、アテにしていた計画も全て白紙になるので、心身のダメージは計り知れなかっただろう。
しかし彼は私の失敗を責めずに、「次にいけ」と肩を叩いた。
思うに、リーダーの人間性は、上手く行っている時ではなく、失敗をした時の態度にこそ現れる。
狭量で器の小さなリーダーほど無意味に喚き散らし、「失敗に対する寛容性」を持ち合わせていない。
「やるべきことをやったんなら、それでいい。失敗を恐れずに次にいけ!」
と肩を叩くことこそ、人を動かす理想的なボスであることなど、誰しもわかっているはずなのに、だ。
実際に私はこの後、別のスキームを進め、事業会社との業務提携という形で予定に近い資本の調達を成功させ、セカンドベストではあったが期待に応えた。
経営トップが「リスクを背負い、任せてくれた」からであったと、自分の手柄にすることなど考えもよらなかった。
全ては、経営トップの采配の結果であったと本当に思っている。
そして話は冒頭の、「裏切りは女のアクセサリーのようなもんさ」というセリフについてだ。
なるほどこの言葉がカッコイイのは、「どんな結果でも、受け止められる」という余裕の裏返しだからなのだろうと、考えを改めた。
結果や言動によって価値観を変えることなど無いという、圧倒的な器の大きさだ。
そりゃあ世の中の女性はキュンとするんだろうなあと、こんな男になってみたいと改めて、ルパン三世って面白いなあと思い直している。
しかしだからといって、あの日私に雪玉を叩きつけた岩波は許さねえ。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
10月上旬、ウチの庭にある樹齢20年のハナモモが狂い咲きの花をたくさん咲かせました。
若木の頃はそんなことなかったのですが。
老木になると、植物も色々とバグってしまうのかも知れません・・・。
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Photo by Austin Ban