先日、ある出版社の編集の方と話したとき、最近では「話し方」に関する本が売れているとお聞きした。
確かに、人間関係を作るうえで、話し方は非常に重要な要素だ。
話し方ひとつで、相手に与える印象は大きく変わるし、話し方がまずければ、聞いてもらえる話も聞いてもらえなくなる。
実際、私もコンサルタント時代は、「話し方」について、よく注意を受けた。
コンサルタントだったら相手に話を聞いてもらえる、というのは大きな間違いで、基本的にはコンサルタントの言う話など、煩わしいだけであって、ほとんど聞いてもらえない。
だから、話のさし出し方に関しては、非常に厳しく言われたのだ。
例えば
「提案するときは、褒めてから。」とか。
「課題について聞くときには、うまくいっていることをまず聞くこと」とか。
「枕詞に、「おそらく間違っていると思うのですが」とつけなさい」とか。
「Yes、but(はい、ですが……)を使うな」とか。
「「ちがう」は禁句」とか。
話し方を間違って、クライアントに激昂されてしまうケースは珍しくなく、再発防止をするために、クライアント先でのやり取りは、ケーススタディとして皆に共有された。
ごまかしは通用しない
ただ、こうした「話し方のテクニック」は、正直なところ、あいてが賢い人だったり、感情に左右されない実務家であったり、若手の優秀な起業家だったりすると、あまり効果を発揮しない。
いや、それどころか、嫌がられたりすることすらある。
「話し方」が優れているだけでは、賢い人達をごまかすことはできないのだ。
例えば、昔こんなことを言われたことがある。
提案の際、会社の指示どおり「貴社の課題」より「貴社の優れている点」を先に説明しようとしたとき。
経営者はすぐさま言った。
「そこはいいから、直さなきゃいけないとこだけ言ってもらえるかな。」
彼は要するに、「前口上はいらない。本題だけでいい」と言ったのだ。
私は戸惑ったが、下手に繕うと、逆効果だ。「こういう人たちに、「言い方のテクニック」は効かない」と開き直った。
そしてむしろ、オブラートに包まず、モノを言った。
気を付けたのは、端的に、結論だけをいう事。
そして、丁寧な言葉遣いはするが、無駄にへりくだったり、謙遜しないこと。
内容はちゃんと作っている、自信を持てばいいのだ、そう自分に言い聞かせた。
*
説明が終わり、私は手元の資料を整理しつつ、相手を見た。
経営者は微動だにしない。
何か考えているようでもあり、こちらの様子をうかがっているようでもある。
私は、沈黙に耐えかねて、追加でアピールをしたかったが、一生懸命こらえた。
余計な事を言ってはならない。
私はプレゼンの達人である会社の上司から、「黙ること」は時に、「話すこと」よりも相手に強い印象を与えると言われていたからだ。
雄弁は銀、沈黙は金。
沈黙は「気まずい」と思うから問題なのであって、「相手が考えている時間なのだから、じっと待とう」と思えば、必要な時間でもある。
私はひたすら、経営者の反応を待った。
しばらくして、ようやく彼が口を開いた。
「……わかった。具体的な進め方を教えてもらいたい。」
*
「論語」に、孔子が、口達者な人物を糾弾するシーンがある。
子路が子羔を費の代官に推挙した。
先師は、そのことをきいて子路にいわれた。――「そんなことをしたら、却ってあの青年を毒することになりはしないかね。実務につくには、まだ少し早や過ぎるように思うが。」
子路がいった。――「費には治むべき人民がありますし、祭るべき神々の社があります。子羔はそれで実地の生きた学問が出来ると存じます。何も机の上で本を読むだけが学問ではありますまい。」
すると、先師はいわれた。――「そういうことをいうから、私は、口達者な人間をにくむのだ!」
論語 先進篇
孔子は、弟子である子路の「取り繕い」に激高した。
その中身のない話を今すぐやめろ、と。
主張の間違いや、中身の貧しさを、口で補う、という目的のために使わたときには、「言い方がうまいヤツ」は、本質をとらえている「賢い人たち」からすると、余計に我慢がならないものだ。
ビジネスにおいては、「優秀な意思決定者」は、なおさら「言い方」に惑わされることなく「中身」を見抜く。
「言い方」だけで、人間関係が保てるのは、せいぜい、友人との他愛もない雑談まで。
本気の大人同士の関係は、「言い方」で繕えるようなものではない。
それを、私は仕事の中で知ったのだった。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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