私が新卒で配属された部署は、入社から1年もたたず、クライアントに「一人前のコンサルタント」として、一人で訪問しなければならない仕事が結構あった。

 

もちろん、会社としてサービスの質を落とすわけにはいかない。

新卒であるから、など、お客さんにとっては何の言い訳にもならないし、会社のブランドを背負っている。

 

「新卒に、いきなりコンサルタントなんてできるわけないじゃないか」と思う方も多いだろう。

クライアントの役員や部門長、時には経営者に対して、新卒のペーペーが何を言えるというのか。

入社した私自身ですら、そう思っていた。

 

しかし、入社してしばらく経つと、私は自分の配属された部門が、「素早く人を育てる」仕組みを備えていることがわかってきた。

そして実際、私のようなペーペーが、クライアントに支障なくサービスを提供し、継続案件までいただけるようになった。

 

いったい、彼らはどのような仕組みで、新卒や第二新卒を即戦力化したのか。

 

「今日は一人で行って」

忘れもしないのが、自分の独り立ちの瞬間だ。

 

入社して8か月ほどが経ったときのこと。

私はOJTという名目で、2社目のクライアントに当時1年ほど私より早く入社した先輩と、かよっていた。

 

契約が終わり、キックオフも無事に終了し、3回目の訪問で、ある専門規格に関する勉強会をクライアントに提供するという段取りだった。

ところがその勉強会の当日、先輩との待ち合わせ場所に到着したのだが、先輩の姿が見えない。

 

時間もぎりぎりだったので、慌てて私は先輩に電話をした。

先輩はすぐに電話に出たが、次の言葉は予想しないものだった。

「今日、どうしても外せない案件が入ってしまった。クライアントには一人で行ってほしい」と。

 

「うはwwwwマジすかwww」

と思った。

クライアント先には、いつも金魚の糞のようにくっついていっているだけの私だ。

最悪、クレームをもらってもおかしくない。

オマケに、こちらは新人のペーペーだ。

 

しかし、ここで狼狽しても仕方がない。

私は今日の段取りを先輩と電話で相談し、資料がそろっていることを確認した後、クライアント先に向かった。

 

ミーティングルームに入って、お客さんの役員からすぐに

「今日は安達さん一人?」と聞かれた。

 

「はい、そうです。」

「大丈夫?」

 

お客さんに「大丈夫?」と聞かれた。

そりゃそうだ。

私だって心配だ。

私は「大丈夫です」と答えるしかなかった。

 

 

しかし、開始前の心配をよそに、その日、勉強会は無事に終わった。

 

その後も大きなトラブルはなく、プロジェクトは予定通り進捗し、9か月ほどにわたったプロジェクトは無事終了し、私はお客さんから「ありがとう」というお褒めの言葉をいただいた。

実際、クライアントからのアンケートでの評価は高く、その後継続案件までいただけた。

 

プロジェクトは成功した、と言ってよかった。

 

そして、後で聞いたのだが、先輩が来なかったのは偶然ではなく、「3社ルール」によるものだった。

3社ルールとは、1社目はすべてOJT、2社目は半分だけOJT、そして3社目で完全に独り立ちする、というルールだ。

 

「人を即戦力化するしくみ」の具体的内容とは

しかしなぜ、「3社ルール」はうまくいったのか。

 

「実力」というつもりは毛頭ない。

実際、当時の自分を思い浮かべると、「実力」などというのはあまりにもおこがましい。

 

プロジェクトがうまくいったのは、真の意味において「組織の力」だった。

新人を及第点まで押し上げる、練り上げられたしくみだった。

こればかりは、組織のノウハウが良くできていると言わざるを得ない。

 

では、具体的にどのような仕組みがあったのか。

結論から言うと、「人を即戦力化するしくみ」は、以下の条件の合わせ技だった。

 

1.標準化

会社の最も大きなパワーの源の一つは、「標準化」、つまり誰でも利用できるノウハウ・マニュアル類だ。

 

例えばお客さんの組織を調査する際の「調査票」。

これをつかえば、まず間違いない、という様式が十数種類あり、それらの使い方・説明の仕方も詳細なマニュアルがあった。

 

あるいは、お客さんに説明するための「テキスト」。

「規格について」「目標設定」「品質管理」「監査の方法論」など、詳細なテキストが存在していた。

 

さらに、私が担当していたクライアントの業種・業態には前例があり、昔の資料を読み、担当者に問い合わせることで「業態特有の課題」についても把握ができた。

だからお客さんに訪問した時に、「~は課題ですよね?」と投げかけることができた。

 

これらは新卒でも自由に閲覧・利用ができ、お客さんを担当すればするほど、様々な業界に精通することができた。

 

2.ケーススタディ

ただし「マニュアル」が適用できるのは、定型業務、つまりプロジェクトでいつも行われる、決まった業務だけ。

お客さんからの質問に臨機応変に対応したり、その会社特有の課題を発見したり、という事には向いていない。

 

そういったマニュアルの穴を埋めていくのが、会社で行われていた「ケーススタディによる教育」だった。

 

ケーススタディは、基本的にはほぼ毎日、夕方から行われた。

「今日訪問したお客さんで起きたこと」をマネジャーに報告すると、そこでの振る舞いについて質問され、「理想の回答」がどのようなものであるか、ディスカッションすることになる。

毎日PDCAが回ることになるから、これもノウハウが次々更新されていく。

 

また、休日には「勉強会」が一日かけて開催された。

そこには先輩たちの事例をもとにした、「お客さんに言われて困った言葉・困ったシーン」などが集められ、一人ずつ回答を発表させられた。

 

訓練にかける総コストはすさまじいものであっただろうが、そのおかげで、突然の独り立ちにもうまく対応できた。

 

3.専門特化

「顧客より詳しい知識領域」があって、初めて敬意が生まれる。

したがって、コンサルタントは、知識において、何かしら相手より詳しい領域を持っていなければならない。

 

当時の私は、経営や業務のオペレーションに関しては、当然お客さんよりも疎い。

しかし、勉強会で用いられた、グローバルスタンダードについては、勉強会のおかげで、圧倒的に詳しかった。

狭いとはいえ、特化した領域については、会計士、弁護士のように強い。

 

だから、話すときには「私は思う」ではなく、規格が、法が、数字が、事例が、こう言っていますと言わなければならなかった。

あるいは、「似たような話がありまして〜」と、事例やたとえ話を利用した。

 

また、クライアントの内部事情について、調査段階で徹底したインタビューを行うことで、経営者より、現場の事情に詳しくなることができる。

 

経営者は事業には詳しいが、現場の社員には疎いことが多く、コミュニケーション苦手な経営者は特に我々のヒアリング結果を重視してくれた。

あるいは、現場の方も自分が所属してきた部署にしか精通していないため、ほかの部署の話を聞きたがる。

 

実際、ルールと実態が違うのはザラであり、社員の考えてることも建前と本音は違う。

しかも、社員たちがいかに、会社の方針やしくみに興味がないか、私たちはよくわかっていた。

 

4.服装・礼儀・立ち振る舞い

当然、知識やマニュアルだけでは、100%の信用は得られない。

「ふるまい」が洗練されていなければ、信用はしてもらえない。

 

だから、服装や礼儀、立ち振る舞いについても、非常にうるさく会社から言われた。

特に、あいさつ、所作、服装など、歳が上に見えるように見せることも重要で、私は会社から「髪を固め、大きめのスーツを着、オッサン臭くみえるように」と指導された。

また、年齢を聞かれたら、実際の年齢を決して言わず、5歳ほど上の歳を言うように、これも徹底されていた。

 

 

以上のように、1年で新人を「独り立ち」させるために、会社は様々なことをしていた。

 

当然、2年、3年、そして5年、こういったことを繰り返すたびに、知識は本物になり、所作は深まり、「真に力量のあるコンサルタント」が育っていく。

だが、「1年目から、一人前のような顔をして、背伸びし続ける努力」をすることによって、スキルは大きく伸びる。

 

そうした「若干の無茶」も織り込んで、コンサルティング会社は経営されていた。

 

 

【著者プロフィール】

 

 

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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