この記事で書きたいことは、大筋下記のようなことです。

 

・「これは問題だ」「だから改善したい」と、自分ごととして真剣に考えてくれる人というのは極めて希少です

・ただ「便利になる」というだけでは誰も動かないし、どんなにいいものを作っても使ってもらえません

・当事者意識を「持ってもらう」ということは基本的に出来ません

・当事者意識を持っている人を別に探し出すことで、なんとか状況を打開出来る場合もあります

・だから、「この人は当事者意識を持ってくれている/くれていない」を嗅ぎ分ける能力はとても重要です

 

よろしくお願いします。

 

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

以前にも書いたことがありますが、私はかつて、システム開発の会社に勤めていました。

社員数は4桁に届かないくらいで、SI案件とSES案件が大体半々くらい、自社業務と客先常駐も大体半々くらいという、よくある「昔ながらのシステム開発会社」だったと思います。

 

入社して2,3年くらいの頃でしょうか。社内でとある開発案件が立ち上がりました。

元々別案件でお付き合いのあった会社さんから、社内の課題について相談される、という形で始まったものだと聞きました。

 

業務の統合とリプレースが目的で、スタンドアロンで動いている幾つかの小規模なシステムと、表計算ソフト(ExcelではなくLotus でした)を使った手作業に滅茶苦茶手間がかかっているのでそれをまとめてシステム化したい、というような、割とよくある案件だったと思います。

やっていることはそこまで難しい内容ではなく、ただ大部分が属人的な業務になっているので要件の掘り起こしと整理が大変そう、という印象でした。

 

私は、当時よくコンビを組んでいた先輩と二人セットでそのプロジェクトに配属されまして、キックオフのミーティングにものこのこ着いていきました。

こちらがPMとリーダー、先輩と私含めて4人、先方は事業部長さん、当該部署の課長さん、現場のリーダーさん(以下Aさん)の3人だったと思います。

 

私は議事録作成担当でした。キックオフミーティングでは、先方の課長さんがその場をリードされて、何を実現したいのか熱意をこめて話されるので、議事録を作るのが大変でした。

事業部長さんと課長さんばかりが話されて、Aさんの発言が殆どないことは気になりましたが、とはいえ責任者さんがここまでやる気ならば、こちらとしてもやりやすいんじゃないかなーとは思いました。

 

PMとリーダーは別案件でのMTGもあるということで、私と先輩の二人で自社に帰ることになりました。

で、今でも覚えているんですが、その先輩、帰る途中でこう言いました。

 

「このプロジェクト、普通に進めると炎上するか失敗するかだね」

 

えらく確信を持った言い方だったのでちょっとびっくりしました。「なんでですか?」と聞くと、こういう言葉が返ってきました。

 

「直接的なシステムの利用者であるAさんが当事者意識を持っていないから」

 

先輩が説明してくれたのは、以下のようなことでした。

 

・マネジメントを行っている課長さんや事業部長さんは、熱意もあれば課題も認識しているけれど、実務には携わっていないし要件も把握していない

・一方、Aさんから課題についての発言が全くなかったということは、Aさんとマネジメント層の間で課題意識が共有されていない可能性が非常に高い

・Aさんが課題を感じていないということは、恐らく現場全体が「このシステム、問題だから変えなきゃ」という当事者意識を持っていない

・端的に言うと、Aさんや現場の人たちは、システム刷新自体「どうでもいい」「面倒くさい」と感じている

・実際の要件はAさんからヒアリングしないといけないが、ヒアリング対象に当事者意識がないと要件の掘り起こし自体難航するだろうし、最悪「サービスインしてもろくに使ってもらえない」という恐れもある

 

「けど、今の業務で一番苦労してるのってAさん達ですよね?システム化すれば一番楽になる人たちなのに」

「SEはそう考える。けど、そもそも殆どの人たちは、「仕事を改善してもっと楽に回るようにしたい」なんて考えない」

「そういうもんですか」

「変化に対応する心理的コストってめちゃめちゃ高いから、短い時間軸で考えると、多少苦労しても現状のまま回してた方がずっと楽だもん。そもそもシステム化のメリットだって現場からは分かりにくいし、なんか面倒くさいことが始まったって思ってる人の方が多いでしょ。「便利になる」ってだけじゃ誰も動かないし、使ってももらえない」

 

なるほどなあ、と思ったわけです。開発案件に携わっている人からすれば常識的な感覚なのかも知れないですが、当時の自分には新鮮でした。

 

「でも、使ってもらえないっていうのは?上から下ろして「これ使え」ってやってもらえばいいのでは?」

「無理無理。欧米ならともかく、日本でトップダウンなんてやっても現場動かない」

 

そしたらどうすればいいでしょう、って話になると、先輩は「選択肢は三つある」と言いました。

 

1.Aさんから死ぬ気でヒアリングして真面目に頑張る

2.最低限の要件だけこちらから提案して責任は果たして、リリース後に使ってもらえないことには目をつぶる

3.現場で当事者意識がある人を何とか見つけて、その人に参画してもらえるよう工作する

 

「1はイヤだから、3が無理だったら2」というのが先輩としての結論でした。

これも同じく先輩の言葉なんですが、

 

「当事者意識を持っていない人に、外部からの働きかけで「持ってもらう」のは基本的に無理」

「ただし、当事者意識を持っている人を他に見つけて、その人を突破口にすることで周囲を巻き込むのは、可能性は低いけど成功する場合もある」

 

ただし、もちろんこちらから「Aさん替えてください」などと言えないので、仮にそういう人が見つかったとしてもだいぶ慎重に作戦を考えないといけない、ということでした。

 

先輩はその後、PMの人と遅くまであれこれ話し合っていました。このちょっと後に、私はPMさんに呼ばれて、

「しんざき、しばらく先方に常駐して。一人で」と言われまして、これが私の客先常駐初体験だったわけですが、まあそれは余談です。

 

先に書いてしまうと、先輩の予想は完全に当たっており、当初要件定義は滅茶苦茶難航したのですが、このプロジェクトは「3」の選択肢が通用する希少なケースでした。

 

当時私が現場に送り込まれて、喫煙所やら飲み会やらで色々聞きまわったところ、現場のサブリーダーの人が実は元SEで、以前から「どうにかしたい」と思っていたけれど業務に忙殺されて動くに動けなかったと。

 

あえて技術用語を頻出させて、先方の側からその人を巻き込む形で窓口に立ってもらうことで、結果要件まとめは何とか進み、最終的には業務のリプレースに成功した、というのがそのプロジェクトの顛末です。

 

まあ、こうして書くと数行なんですが、当時は死ぬほど大変でした。

とはいえ、サブリーダーの人を起点に他の方々も徐々に協力的になってくれて、最終的にはAさんにも「便利やん」と使ってもらえるようになったというのが、個人的にはかなり大きな成功体験でした。

 

まあ、相当昔の話なんで、今では当時作ったシステムもリプレースされてると思いますが。

「当事者意識」の重要性を、私が初めて知った案件です。

 

***

 

その後も色々ありましたが、

 

「人は「便利になる」だけでは動かない」

「当事者意識を持ってくれない人は絶対持ってくれないし、そこに頑張って働きかけても無駄」

「課題を感じてくれる人を探し出して、その人にリソースを集中投下する」

 

という考え方は、仕事は元より、PTAとか、町内会とか、仕事以外の場面でも役立つことがあります。

町内会の業務簡略化の時とか、マジで上記の経験が活きまくりました。

 

これは、「人には向き不向きがあって、無理にコントロールしようとしてもろくなことがない」という話でもあると思います。

当事者意識を持たないからその人は無能なのか?というと全くそんなことはなく、人それぞれ役立てるフィールドというものはある。

ただ、目的に応じて働きかける人は選ばないといけないよね、というのも重要な話で、その辺のノウハウは今後も活用していこうと考える次第なのです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo by Firza Pratama