コンサルタントの仕事の中でも、最も難しい仕事の一つが、「自分の(主観的な)意見を述べる」仕事だった。
というのも、クライアントはしばしば意見を求めてくるのだが、言い方が下手だと、相手を怒らせてしまったり、想定していないトラブルを引き起こすことがあるからだ。
特に、お偉方の琴線に触れるネタ、「人事」や「経営方針」「ビジョン」といった話題は、要注意だった。
例えば、ある会社で、役員について尋ねられたことがある。
中小企業では、経営者と仲良くなってくると、しばしば、「あの役員、どう思う?」と言った話題を振られるのだ。
ところが、対象となっている役員が、社内で評判が悪い人物だった。
数字上の成果を出せておらず、どう見ても力不足は明らかだった。
だが、彼はただ一つ、得意なことがあった。
経営者と仲が良かったのだ。
だから、その経営者は、彼をいつもかばっているように見えた。
例えば「あの人の部門はあまり成果が出ていないようですね」と尋ねると、経営者は「あの人のところはは難しいお客さんが多いからね」というのだ。
確かに、難しいお客さんが多いというのは事実だった。
しかし、それを割り引いて考えても、客観的に見れば、その役員は無策だった。
そこに来て、経営者からの「あの役員、どう思う?」という質問。
私は困った。
1.私に何を言わせたいのか、を探る
実際、私は会社で「人事についての意見は、原則として述べてはならない」と言われていた。どのような結果を引き起こすか、読めないからだ。
無邪気に「あの人はリーダーの力量がないですね」など感想を言おうものなら、最悪のケースでは「コンサルタントがそう言ってたから、彼は降格した」などと、悪用されかねない。
ただし、どうしても逃げられないときもある。
そんな時は、質問の意図を知らなければならない。
もっとストレートに言えば、相手を怒らせず、かつメンツを潰さずに済ませるためには、「彼は私に何を言わせたいのか?」を探る必要がある。
私は尋ねた。
「えー、どう思う?、と言いますと……?質問の意図がわかりかねまして……。能力とか人格についてこう思うとか、そういう話でしょうか?」
「あー、申し訳ないね、質問が悪かったね、安達さんはいろんな会社見てるんでしょう?」
「はい。」
「彼の力量について、社内からいろいろな意見もあるのだけど、安達さんはどう思ったのか知りたくてね。」
なるほど。
社内の意見と、自分の見解にくいちがいがあり、第三者に意見を求めた、と言ったところだろうか。
しかし、ここで私が見解を述べたことで、社長や役員、社内の様々な人にどの程度の影響があるか、全く読めない。
意見を言うことは、社長を怒らせたり、役員その他社内の関係者のメンツを潰す可能性もある。
2.相手が私に言ってほしいことを話す
こういう時のルールは、「相手が言ってほしいことを話す」だと教わっていた。
そこで、質問の答えを濁して、社長に尋ねた。
「んー……、難しいご質問ですね……私も断言できるほど知らないのですが……ちなみに、社長が彼を重要なポストに置いている理由は何ですか?」と。
その経営者は答えた。
「とやかく言う人もいるんだけど、彼は会社に対してとても尽くしてくれてるんだよ。昔から。」
「そうなんですね。尽くしてくれているんですね。今どき珍しいですね。」
「そう、役員にしても、他社に転職したり、すぐ辞めてしまったりする人、多いからね。」
つまり、この経営者は、彼の忠実さを買っていた、という事だ。
そこで、「相手を怒らせず、かつメンツを潰さずにすむ回答」をするため、私はルール通り「相手が私に言ってほしいこと」を話した。
「社長が彼の忠実さを評価しているならば、それは素晴らしい特性なのだと思います。」
社長の顔が明るくなった。
「そうですか。ありがとうございます。」
しかし、ここで話を終わらせては、無責任というものだろう。
実際に、その役員が存在することで、問題は起きているのだ。
一旦、社長を怒らせるような事態は回避したが、ここからきちんと「問題解決につながる話」も言わねばならない。
3.相手の欲求を聞きだす
そこで、私は経営者に聞いた。
「ちなみに、社長はその方に、どうしてほしいと思ってるのですか?」
相手を怒らせず、かつメンツを潰さずに、うまく意見を言う技術の3つめは、「相手の欲求を聞きだす」ことだ。
相手の欲求に沿っていれば、こちらが意見を述べたとしても、トラブルを招くことはない。
「そうだねぇ、もっと頑張れるとは思うんだけどね。やっぱり、成果がついてこないと、いろいろと言う人がいるからね。」
「社長も若干、彼の力不足を感じている、と受け止めて良いでしょうか。」
「まあ、そりゃ期待しますよ。昔は彼ももっと動いてたと思うんだよ。まあ彼ももう若くはないのできついのかもしれないけど。でも、手本になるのは、役員として重要なことだと思うんだよね。」
「では、彼に具体的にどんな行動を期待しますか?」
「活動量を増やすこと、アイデアを出すこと、発信すること、そんなところかな。」
社長から「彼の課題」を引き出すことができたので、ようやく意見を述べることができる。
4.相手の意見を否定しない
ただ、正直なところ私はその時点では、その役員の能力として、「アイデアを出す」「発信する」はちょっと厳しいのではないかと思ったが、黙っておいた。
会社からきつく、「ちがう、と言ってはならない」、つまり相手の意見を否定してはいけない、と教育されていたからだ。
むしろ、経営者がやりたいことにかんして、無理に見えても「どうすればいいか」を考えるのが、我々の仕事である。
「そうですね、活動量はほしいですね。社内からもそのような話を聞いたことがあります。」
「安達さんもそう思うんだ。」
「はい。」
読者の方はお気づきかと思うが、結果として、私は「社長の考えていることを、婉曲的に肯定しただけ」になった。
しかし、人事やそのほかの琴線ネタに関しては、これくらい用心深いくらいで、ちょうどいいのだ。
基本は「後だしジャンケン」
つまり、「相手を怒らせず、かつメンツを潰さずに、うまく意見を言う技術」の基本は、「後出しジャンケン」である。
こうした一連のやりとりは、「この服、似合う?」と、パートナーに聞かれたときのやり取りとほぼ同じかもしれない。
「この服、似合う?」
「断言はできないけど……なんでこの服に惹かれたの?」
「色がいいなと思って」
「そうだね、気持ちのいい色だね。」
「うーん、でも形がちょっと……こっちの服のほうがいいかと思うんだけど。」
「なんでこの形が好みなの?」
「ゆったり着れるのがいいと思ってるのだけど。」
「さっきの服は、イマイチ?。」
「そう。ちょっと肩がきついと思って。あとできればもう少し細く見えるのがいいかな。」
「(さっきの服を褒めなくてよかった……)さっきの店員さんが、細く見えるって、こっちを勧めてたよ。確かに細いよね。」
「じゃ、着てみようかな。」
人によっては、こうしたやり取りを「無駄だなー」と思うかもしれない。
合理的ではないと。時間の無駄であると。
しかし、人間関係の深さというのは、合理性で測られるのではなく、効率性でもなく、こうしたやり取りを通じて得られる「共通の課題に取り組む時間」によって測られるのだ。
だから、相手を怒らせず、かつメンツを潰さずに、うまく意見を言う技術は、人間関係の中でとりわけ、重要とされるのである。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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