おれと将棋

おれは前に、なぜ野球を観戦するのか自問自答した。

 

今度は将棋について考えてみたい。おれはこのごろ、将棋のタイトル戦などをネット配信でよく見ている。

なぜ、他人の指す将棋がおもしろいのか。よくわからないので考えてみたい。

 

……という話をする前に、おれの将棋歴のようなものを明かしておく。

おれと将棋との出会い早かった。なぜなら、父が将棋の愛好家であったからだ。どの程度の愛好家であったかは説明しにくい。免状がないからだ。

とはいえ、アマ初段以上ではなかったかとは思う。当人はそう言っていたように思う。もうちょっと強かったかもしれない。そのあたりは推測である。でもまあ、将棋に関する本「も」多く所持していたし、一人で棋譜を並べたりしていることもあったし、そこそやれたんだと思う。

 

とはいえ、アマ初段以上だろうとしても、人に、子供に教えられるかは別の話である。家に脚付きの将棋盤があるからといって別である。

父は子供に将棋の力を伸ばし、育てるようなことはできなかった。そこまでは上級者ではなかったとも言えるだろうし、性格的なものかもしれない。

 

具体的にいえば、駒の動かし方を知ったばかりの子供相手に、棒銀を繰り出してめちゃくちゃに潰してきた。それだけである。

そこで潰されない子供が将棋道場に通い、そこでも潰されなかった子供がさらに上に進み、そこでも潰されなかった子供が奨励会まで進み、そこでさらに潰されなかった真の強者のみがプロ棋士になるのである。

その山は高い。おれは山の入口で潰された。それでおれの「指す」将棋は終わったといっていい。

 

ちなみに、祖母にも潰された。父の母である。

いま思えば父の母も定跡の囲いができるかどうかわからないレベルであったと思うが、子供より強かった。小学生低学年とか、幼稚園の子供相手には。

そこには、わざと負けて自信をつけさせるとか、指導するとかいうことできないのであった。

 

もちろん、おれが高いレベルに至れる人間であったとは思えないが、人生で将棋に出会ったときに、指導に優れた人に出会っていれば、もうちょっと将棋を指すということを目指したかもしれないな、とは思う。

 

「観る将」なんて言葉がなかったころの「観る将」

そんなことがあっても、おれは将棋が嫌いにならなかった。

不思議なことである。なにかおもしろいところがあった。

同じく、父と祖母に潰された弟と指すこともあった。弟とは実力が接近していておもしろかった。

一番やっていたころは、目隠し将棋の真似事くらいはしていたように思う。もちろん序盤だけだ。今ではできない。

 

とはいえ、おれの興味はプロ将棋に移っていった。家では週間の将棋新聞を取っていたし、NHK杯はもちろん、BSの中継なども見ていた。

おれの一押しの棋士は加藤一二三だった。なにより名前がかっこいいし、ベテランにして棒銀一本でA級に在籍していたのがかっこよかった。実際に棒銀一本だったかわからないけれど。

ちなみに、加藤一二三のおもしろエピソードを知るのは後年になるが、その頃からやや奇人であることはなんとなく知っていた。うな重にチョコレート。

 

父は中原誠推しであった。羽生善治推しになった感じはなかった。

棋界の太陽、プリンスである中原が好きだったようだ。例のスキャンダル以降もファンだったかはわからない。でも、スキャンダルなんかで嫌いになるタイプの人間でもなかったろう。

ちなみに、父は仕事で林葉直子女流の取材をして、林葉女流と指導対局をしたことがある。林葉女流のお父さんと一緒に風呂に入ったとか自慢していた。どうでもいいが。

 

その後おれは、振り飛車の名手である久保利明のファンになったと思う。

捌きのファンタジスタである、アーティストである。飛車をさばいて見事に相手を討ち取る、その棋風が好きだった。

 

が、おれが将棋をみていたのはそのあたりが最後である。

一家離散で夜逃げみたいなことになって、将棋どころではなくなった。おれは一家離散による貧困によって、週刊漫画とかいろいろなことが十年とかいう単位で途切れた。途切れたままになったものもあるし、新たに目覚めたこともある。

しかし、将棋観戦は復活した。

 

藤井聡太登場

おれの将棋観戦趣味が復活したのは、藤井聡太ブームによってである。断言していい。

ふたたびミーハーとして、将棋を観るようになった。

AIが人間を凌駕したというニュースはなんとなく追いかけていた。しかし、将棋への関心が復活したのは藤井聡太、これである。おれは藤井ブームにのって将棋を観るようになった人間の一人だ。

 

むろん、そこにはネット配信による棋譜の情報や中継があったのも大きい。

それがなければふたたび将棋を観ることはなかった。というか、観る術がない。金を出せばいくらでもあるのだろうが、金を出すほどでもない。でも、広告を見ることで提供されるサービスがあれば、それを利用させていただく、ということだ。

 

まあいい、ともかく、藤井聡太だ。

本当なら藤井聡太○冠と書くべきなのだろうが、増えたり減ったりするかもしれないので「藤井聡太」でいかせてもらう。あと、他の棋士についてもそのあたりは適当な表記なのでお許しいただきたい。

 

で、藤井聡太先生(先生でいこう)である。天才である。

加藤一二三大先生も「神武以来の天才」と呼ばれたが、藤井聡太先生もそのレベルの天才といっていいだろう。

2022年の秋現在で、それだけの結果を出してしまっている。いやはや。

 

その藤井聡太先生の将棋がどんなものか気になった。

しばらく将棋から離れていたので、現代の棋士の強さの序列もわからなければ、流行の戦型も知らない。

もう、まったくの白紙だといっていい。そこで、藤井聡太先生を通して、「ああ、今の将棋界のトップランカーはこの人たちなのか」とか、「なるほど、相掛かりと角換わりが多いのか」とか知った。どれもこれも藤井聡太先生の将棋を、話題を追って知ったことである。

 

あ、藤井聡太先生って、なんで「聡太」ってつけるのって思った?

そりゃあ将棋界には藤井猛先生もいるからである。藤井システムの藤井だ。

とはいえ、おれの棋力では藤井システムがわかっているわけではない。なにせ定跡や戦法ではなく「システム」なのだから、それはたぶん高度なものだ。

とはいえ、おれはあまり居飛車穴熊のブームが好きではなかったから、藤井システムはよいものなのだろうとなんとなく思っていた。

 

囲いとかぴよ

定跡や戦法というものは、将棋初心者をくじかせるものであると思う。

おれは「知らなくてもいいや」と思っていたのでどうでもいいが、母などは「将棋は定跡を覚えなければいけないからつまらない」とよく言っていた。駒の動かし方をすべて覚えたところで、さて次は、となったらそうなるかもしれない。

 

それで、おれにここで将棋の定跡の基本を説明しろと?

それは無理だ。無理だが、なんだろうか、まあ居飛車と振り飛車が基本的にはある、とか……やっぱり面倒くさいな。いくらでも将棋初心者のためのサイトがあるので読んでください、ということだ。

 

とはいえ、おれがおすすめしたいのは、超初心者向けのコンピュータ対戦で、「金矢倉」とか、「美濃囲い」とか、Wikipediaに載っているような「囲い」を、とにかく完成させてみてはどうか、ということだ。

載っている図面通りに駒を組んでみる。超初心者向けのレベルでは、あまりそれをとがめるようなことはしてこない。

となると囲いが完成する。そうすると、なんかいい感じになるし、ああ、こんな感じか、ということになる。

 

さらにいえば、「菊水矢倉」とかちょっとあまり出てこない囲いを成立させて、「ぴよ将棋」(というアプリがあるのです。WEB版もあります)に「菊水矢倉ぴよ」とか「ミレニアム囲いぴよ」とか言わせるといい。

そして、横からの攻撃で潰されて、「ああ、横からの攻撃が弱いのだな」と思ったりすればいい。

 

ちなみにおれは「ぴよ将棋」で低級を指すばかりであって、とてもじゃないがオンライン対戦などで人と指すなんてことは考えられない。

なにせもう、原始的な「鬼殺し」くらいの奇襲に対応できないから、あっという間に潰されてしまうだろうし、操作ミスなども多く、そんなので向こうに人がいることには耐えられない。「ぴよ将棋」がいい。

 

まあいい、ともかく、超絶初歩的な指す将棋はぴよ将棋でいい。おれは携帯端末でぴよ将棋ばかりやっている。

「ウマ娘」は長すぎる。「ぴよ将棋」で、なんとなく、飛車を振るとか振らないとか、玉が上部に脱出されると困るとかわかるようになるんじゃないかと思う。

手加減なく棒銀を繰り出してくるおっさんよりはましな相手であるといえる。それで指すことが上達して、対人に進むことがあれば、それもいいだろう。好きにやればいい。

 

将棋の読み物とかぴよ

低レベルのコンピュータと指すことでいくらか将棋を知ることができる。だが、将棋の本も役に立つ。もちろん、ネットで棋士の奇行を読むのもおもしろいが。

まず取り上げたいのは『ニャロメのおもしろ将棋入門』である。

 

赤塚不二夫の名物キャラであるニャロメが将棋を解説してくれる。

まさに、駒の動かし方からだったと思う。というか、おれがこの本によって駒の並べ方、動かし方から覚えたという記憶があるから取り上げる。

今どきはべつのキャラによる将棋入門本もあるかもしれないが、知らないのでニャロメである。

 

次に紹介したいのは、花村元司の「たちまち強くなるひっかけ将棋入門」である。

著者の花村元司は「東海の鬼」と呼ばれた真剣師である。真剣師とは、公認のプロ棋士ではなく、違法な賭け将棋などを生業とするやくざな稼業である。

しかし、花村元司はその実力ゆえ、現代のプロ棋士編入制度などがなかったころに、プロに転向したとんでもない棋士である。

 

編入しただけでなくA級在籍16期、名人戦挑戦も果たした。

正統派の棋風とは違い、真剣師あがりの実戦的な棋風で、「妖刀使い」の異名も持った。

ああ、棋士には異名も多くて、すごい好きなところです。

 

で、この「ひっかけ将棋入門」もとんでもない本で、まず真剣というか、素人を騙すインチキ技の紹介から始まる。

駒台の駒を隠すとか、懐に隠し持っていた五枚目の駒を打つとか、そういう一発アウトな話を繰り広げる。とんでもない話である。

もちろん、「妖刀」の解説もあるが、そのあたりがおもしろい。

 

そして、おもしろいのが、花村元司はたくさんの弟子を取り、ちゃんと師匠として将棋界に人材を残したことである。

中でも「将棋界一の律儀者」と呼ばれる森下卓九段が弟子であるというのもおもしろい。

その律儀な森下九段が将棋の愛読書として『ひっかけ将棋入門』を挙げていたのは妙な律儀さでおもしろかった。

 

最後に紹介したいのは、ほんとうにくだらなくて最高の本である。「ファイター」豊川孝弘による、ダジャレの本である。

『豊川孝弘の将棋オヤジギャグ大全集 ー 将棋を100倍楽しむ方法』、これである。

はたしてこれを読んで将棋が100倍楽しめるかわからない。とにかく将棋に関するオヤジギャグだけ載っている本である。

 

しかも、センスが昭和だ。おもしろくないわけがない。

「同金じゃなくて飛車でいきましたか。同飛車大学ですね」とか、「うまく両取りヘップバーンしたので、次は駒をトルストイです」とか、まあそんな感じである。

ファイター豊川は今も解説が多く「ここで一回歩を突き捨てておくのがお筋とピーコです」とか聞けるかもしれない。

 

結局、将棋を観ていてなにがおもしろいのか

ともかく、おれはやはり指すことに向いていないので、観ることになる。

そして、不思議なのは、観る将棋がなぜおもしろいのか、あまりわからないことである。

なにせ、二人の人間が木の板にのっけた小さい木の駒をちまちま動かしているのが将棋なのである。

客観的に見ればそうである。吹けば飛ぶような将棋の駒である。実際に吹いて飛ばすにはかなりの肺活量が必要な気がするが。

 

それはともかく、盤上では自分とは次元が違う人間が得体の知れない深い読みあいをして将棋を指している。

わけがわからない、はずだ。

 

これをわからせてくれるものがあるから、観ていられる。

 

一つには解説である。将棋解説。基本的なものである。

ただし、解説はいい。「ここでこう進行すると王手飛車になります」とか言ってくれる。

実際にはプロ同士で王手飛車になんかならないので、あくまでそういう狙いがあるということを示してくれる。

なるほど、そして相手はそうならないように指す。もちろん、攻める側はそう簡単にならないことをわかっているので、そうならない進行を用意している。そのあたりを、何通りも何通りもシミュレーションしてくれるのが解説である。

 

初心者にとってわかりやすい。

あえて、ぜんぜんだめな手も説明してくれる。そうはならないが、そういう道筋があるのかとわかる。そして、実際の対局はそのようにならない。

そのようにならないところがおもしろい。変な話だ。でも、それがいい。

 

ときには、これがこうなって、こう返されたらこうなるが、そうなったらこうしてああしてと深く解説してくれるが、最初の「これがこうなる」のところで、全然違う手が指されるところもおもしろい。

それにより、実際の対局と、ありえなかった対局、たくさんの対局を観ることができる。そこがいい。

あと、将棋と関係ない雑談や、桂を跳ねたところで自分のカツラを吹っ飛ばす一発芸なども楽しめる。後者については棋界においてできるのは一人しかいないが。

 

いずれにせよ、解説はありがたい。リアルタイムで観られないとしても、タイトル戦で棋譜だけをゲーム画面のように見せてくれるとき、「ここはこれが狙い」、「控室では4三銀が検討されている」とか書かれているだけでもおもしろい。

仕事中に見るのは主に後者だが。え、仕事をさぼるな。知るか。

 

そして、もう一つわからせてくれるものがAIである。すでにいかなるプロ棋士もAIには勝てなくなっている。チェスや囲碁と同じく、将棋もそうである。

そして、将棋中継にはAIの評価値というものが出る。ど素人のわれわれが、その局面における最善手のようなものがわかってしまう。

「ようなもの」としたのは、とてもじゃないが人間には読みきれない詰み筋などを想定した手が表示されるからだが、おおよそAIは間違えない。それが振れることによって、「おお!」と騒ぐ。ど素人でも一気に局面が変わったりすることが見える。それはおもしろい。

 

解説とAI。解説者もAIの評価値を見るし、最善手を見る。「人間には指せない手ですね」とか言ったりする。

ところが、その「人間には指せない手」を対局者が指したりする。そのあたりも盛り上がるところだ。「指せたか!」という感じだ。

 

で、そのあたりでAIっぽい手を指すことが多いように思うのが、やはり藤井聡太ということになる。

藤井曲線という言葉もあって、いつの間にかAIの示すような手を指しすすめ、気づいたらAIの評価値がどんどん上がっていく。

そして、最後には持ち前の終盤力(藤井聡太先生は詰将棋において頂点クラスである)できれいに討って取る。それはもう観ていて素人ながらにもえげつなくて、美しくて、おもしろいのである。

その見事さが、ひょっとしたらおれのような「藤井聡太によって観る将になった人」を生み出しているのかもしれない。

 

人生は将棋の比喩である

さて、おれは先に久保利明九段のさばきが好きだと書いた。

久保九段は持久戦も強いが、基本的な代名詞は「捌きのアーティスト」、「カルサバ流」である。が、このごろ将棋を観戦していて気づいたのだが、自分は相手の心を折るような重厚な指し方が好きなんじゃあないかということである。

具体的に言えば永瀬拓矢先生の指し方が好きなのである。

 

永瀬拓矢といえば、千日手(同じ局面があれして、対局がリセットされて最初から指し直しになるルール)をいとわず、とにかく「負けない将棋」、「終わりのない将棋」を理想とする棋士である。

タイトル戦でも和服を着用せずスーツでのぞみ、栄養ゼリーやバナナなど大量のカロリーを摂取する。

何時間でも指してやるという棋風で、将棋に対するストイックな姿勢から「軍曹」と呼ばれるような棋士である。

 

おれは、藤井聡太から将棋をみはじめて、いろいろなタイトル戦を観るようになって、永瀬拓矢いいなあとなった。

実のところ、永瀬拓矢はアンチが多い。その泥臭さ、スーツ着用、千日手や入玉をいとわない態度を嫌う人が多いのだ。

おれもその批判はわかる。わかるが、おれはそこが好きだ。プロ棋士ってのは、そこまで勝利に執着せにゃならんのだという思いである。先の王座戦においても、豊島将之九段(ファイター豊島ではない)の細くも強く繋いでいく攻め筋を、圧力で受け潰したあたりが、おれにはおもしろくてたまらなかった。

居飛車穴熊に対して、ためらわず入玉目指して勝つ。そのあたりの辛さ(からさ)がたまらん。

 

ちなみに、永瀬先生のお父さんは家系ラーメン屋をやっていて、おれも川崎競馬で負けてふらふらとさまよっていたときに行ったことがあるのではないかというぼんやりした記憶があるのだが、確信は持てない。

また川崎競馬場に行くことがあったら、ちゃんと行きたいと思っている。どうでもいいか。

 

まあ、あれだ、おれが言いたいのは、将棋は人生の比喩であり、人生は将棋の比喩であるということだ。

鋭い指し手で差し切るとか、重厚に受けて、受け潰して勝つとか、そのあたりにその人の人生観が出ているのではないかな、ということだ。

藤井聡太先生くらいになると、ちょっと別格で、棋風という棋風もなく単に強いのだが(かつての羽生善治もそういう存在だったのだろう)、「観る将棋」をしていて、どこか好みが出てくるのではないか。山崎隆之八段の独創的な将棋や、佐藤康光九段の「丸太」(おれのなかでは剛腕というより「1秒間に1億と3手読む」人なのだが)を好きな人もいるだろう。

 

将棋を観ることは人生を観ることだ。……などと、将棋も人生も中途半端なおれが言えることではないが、そうでなくてはおもしろくない。もしも将棋が人生の比喩でなければ、とっくになくなっていたであろう。

囲碁やチェスに比べても、世界的な競技人口は少ない。それでも、トップランカーが注目され、ブームにすらなる。そこに将棋のすごみがある。

べつに将棋が至高のゲームであるとは言わない。しかし、そこに人生や生き方が見えるものであるとは断言してもいい。

それがなにかの役に立つとは言えないが、そういうものに触れるのは、なんであれ無駄とも言えない。そのように思う。

 

 

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(2022/11/25更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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