この記事で書きたいことは、下記のような内容になります。
・「国際情勢について子どもに聞かれて、曖昧にしか答えられない父親が情けない」というような記事を見ました
・子どものあらゆる質問に妥当な答え方をするのは難しいし、その場その場の状況もあるので、単純に「答えられない」ことを指して「恥ずかしい」呼ばわりするのは妥当とは思えません
・それとは別に、子どもの興味や知的好奇心に対してどう答えるか、というのは、親としての重要なテーマです
・ケースバイケースですが、「すらすらと詳細に、丁寧に答えてあげること」ばかりが正解ではないように思います
・大事なのは、曖昧にしか答えられない場合にはきちんと「曖昧にしか分からない」と開示すること、そして「ちゃんと調べて答えるね」と言うこと、時には「一緒に調べよう」と言うことじゃないかなあ
・まあ毎回毎回そうも言ってられないんですけどね。皆さん日々お疲れ様です
以上です。よろしくお願いします。
さて、書きたいことは先に全部書いてしまいましたので、あとはざっくばらんにいきましょう。
先日、こんな記事を拝読しました。
「何故日本ではヨーロッパほどガスが値上がりしてないの?」という質問に対して曖昧にしか答えられない父親、その父親に対して「大人としてどうなんだ?」と批判して、そこから日本一般の「政治・国際情勢についての無関心さ」につなげて更に批判を展開する、というような文脈ですね。
さて、どうなんでしょう。
この記事を読んでまず私が思ったのは、
「子どもが興味を持つ「重要なテーマ」なんて山のようにあるのに、その一問だけを切り取って「恥ずかしい」呼ばわりはちょっとお父さんかわいそうじゃないですかね」
ということでした。
育児をしていらっしゃる方なら先刻ご承知かと思うのですが、子どもの知的好奇心はとにかく旺盛で、時には暴力的ですらあります。
ヤツらはありとあらゆるジャンルの、ありとあらゆるテーマについて疑問を見つけてきますし、TPOなど一切無視してその疑問を投げつけてきます。
例えば「遠くのものはなんで小さく見えるの?」だとか、「徳川ってどうして豊臣と戦ったの?」だとか、「お父さんはプリキュアなの?」だとか、「なんで日本語にはひらがなとカタカナがあるの?」だとか、「なんでオーストラリアは夏と冬が逆なの?」とか「ローマには象がいたの?」だとか、いやもうエトセトラエトセトラ、とてもこの場では挙げ切りません。
子どもが持つあらゆる疑問に、即座に妥当な答えを返すのは非常に難しいことです。
私は元来国語学畑の人間で、世界史や日本史も好きなので、その辺の疑問についてはある程度妥当な答えを返せると思いますが、やっぱり得意分野を外れると「とっさには答えられない」ってことも多いですもん。
「華氏、ってなんのこと?なんで摂氏と華氏があるの?華氏100度って何度?」とか聞かれても、摂氏と華氏の変換式なんて頭に入ってません。すいません。
そして、国際情勢についての疑問は確かに重要なことですし、エネルギー問題ももちろん重要なんですが、「重要な問題」というのがそれだけかって言うと、もちろんそうではありません。
貧困問題、少子高齢化、環境問題、介護問題、ジェンダー問題、株価や為替の動きについて、技術動向や人種問題、情報セキュリティ問題。こんなのほんの一部であって、それら全てに十分に答えられる人というのもそんなに多数派ではないでしょう。
その中でたまたまひとつ穴があったって、それはそんなに悪いことかなーという話でもあります。
更にそれに加えて、子どもって「何か思いつくとそれを最優先する」という傾向が強いんで、他の全てを放り出して疑問を解決しようとするんですね。
ステーキハウスでって言うと当然食事中でしょうし、待ち客もいるかも知れませんし、もしかすると急ぎのタイミングなのかも知れない。
時には「ごめんちょっと待って、それには後で答えるから今はとにかくご飯に集中して食べ終わって」と言いたくなるタイミングだってあるでしょう。
件のお父さんにしても、別のタイミングなら妥当な答えが返せたとして、今この時は無理、なんて事情もあったかも知れません。
ついでに言うと、中学生くらいの子が父親に対して、割と難しいテーマの質問をするというのは、普段「ちゃんと父親が子どもの疑問に向き合っている」ことの証拠ではないのかな、という話もあります。
普段から誤魔化してばっかだと、子どもって学習してあんまり疑問を投げかけなくなっちゃうんですよね。
そういう事情を全て放り出して、ただ「ヨーロッパを中心とした国際情勢に対してとっさに答えられなかった」ということだけで「恥ずかしい」呼ばわりというのも、ちょっとマウントがあからさま過ぎませんか?とはひとつ、思ったわけなんです。
***
さて。
それはそうと、「子どもの疑問にどう答えるか?」「子どもの興味をどう育てるか?」というのは、とてもとても大事なテーマであって、長男が産まれて以降15年、育児生活で私がずっと考え続けていることでもあります。
もちろん、子どもそれぞれ、家庭それぞれで話は違ってきますし、何か一つ「正解」があるという話でもないんです。
だから、これからする話は飽くまで「しんざき家における今のところのスタンス」であって一般化するつもりはない、ということは前提として読んでいただければと思うんですが、
「丁寧に、妥当な答えを提示してあげる」ということばかりが正解ではないんじゃないか、とも私は思っています。
もちろん、「子どもの疑問に対して真剣に向き合う」というのは大事なことです。子どもにとって、「自分が投げかけた問いに対して、親が真剣に対応してくれている」というのは、会話やコミュニケーションのひとつの成功体験にもなりますし、「何かに興味を抱くこと」それ自体に喜びを見出すきっかけにもなります。
一方で、
・「分からない」としたら、「分からない」を率直に認めること
・「分からない」を放置しない、「ちゃんと調べる」スタンスを見せること
・「分からない」をどう解決するべきなのか、どこまでやれば「分からない」を解決したことになるのかを教えること
も、子どもに答えることと同様か、時にはそれ以上に重要なことだと思うんですよね。
まず大事なのが、「分からない」あるいは「十分に正確な答えを返せない」ことを率直に認めること、だと思うんです。
つまり、まず知ったかぶりをしない。大人だから全てを知っているわけではないんだよ、ということは単純な事実であって、その事実を誤魔化さない。「知らない」ことを誤魔化さない。
これ、まず、「知的に誠実なスタンス」というもののスタート地点、第一歩ですよね。
例えば私、恥ずかしながら新約聖書ってちゃんと読んだことがなくって、「ヨハネって何をした人?」と聞かれても「なんだっけ、イエスの最初の弟子の一人だっけ?ってことは十二使徒の一人?そもそもヨハネって何人かいなかったっけ?」くらいしかとっさには分かりません。
この時、知ったかぶりをして無知をごまかすのではなく、「ごめん、ちゃんと調べて答えるね」ということ。
そして、実際に調べた上で、「調べて賢くなった、ありがとう!」と伝えることが、次に重要なことだと思うんです。
つまり、「分からない」ことは決して恥ずかしいことではなく、むしろ「調べて知識を得る」ことのスタート地点になることなんだ、と。
大事なのは「調べる」ことそれ自体であって、「知っている」ことはその結果に過ぎないんだ、ということ。
更に、「相手に「分からない」「知らない」を気付かせてあげられた」という意味で、自分が疑問を抱いたこと、そしてその疑問を相手に投げかけたことは役立ったんだ、ということ。
この辺を子どもに伝えてあげることって、恐らく大事なんじゃないかなあ、と。
更に更に、より理想的なのは、「ごめんすぐには分かんないから、じゃあ一緒に調べてみよっか」という話をして、子どもと一緒に調べることじゃないかと。
調べると言っても、もちろん「ちょっとググればすぐ分かる」というテーマもありますし、「色々な見方があって、一人の意見を聞いて納得するだけでは危険かも」というテーマもあります。
時には「Wikipediaにこう書いてあるけど嘘やん」とか、「検索上位に山のようにデマが出てくる」なんてことだってあるかも知れません。
そういう場合には、図書館に行って色んな本を借りてきて、複数の意見や見解を調べて自分なりの見解を構築する、ということだって必要になるかも知れません。
ただ「ぐぐって終わり」ではない。時には、「調べる」ってここまでやらないといけない時もあるんだ、と。
そういう「色んな調べ方」を実際に一緒に体験することが出来れば、それはもう「子どもの疑問」をスタート地点とした行動としては最高だなーと、少なくともしんざきは思っていて、なるべく色んな疑問を「一緒に調べる」ところまで繋げてあげて、親子で疑問を解決していこうとしている、という次第なのです。
最近長女次女は「信長の忍び」という重野なおき先生の漫画にハマってまして、特に室町後期~江戸初期くらいのテーマについて、色んなことを聞いてきます。
その辺のテーマには、まだ「定説」というものが固まっていなかったり、色んな説が並立しているものもあります。
「織田と武田ってどっちが強かったの?」とか、「みつひでってなんで謀反したの?」とか、まさにそういう「色んな説があって、ただぐぐればそれで分かる訳ではない」テーマなので、長女次女と一緒に色んな本を読んだりしていると、私自身凄く楽しいし、いい経験をさせてあげられているかもなあ、と思う次第なのです。
まあ、最初に書いた通り、子どもの疑問ってものすごーーーーーーい多角的、かつ頻度も凄くって、更には興味が次から次へと渡り歩くものなんで、毎度毎度ここまで出来ないし、時にはちゃんと答えても「そーなんだー」と一瞬で流されることだってあるんですけどね。そこはもう仕方ないものだと割り切っています。
まあ、何はともあれ、「可能な限り子どもの疑問に真剣に応対したいなあ」「「分からない」に誠実に向き合って、それに対応することを体験させてあげたいなあ」と考えていまして、今後もそれを実行していきたいと。
そんな話だったわけです。
今日書きたいことはそれくらいです。
単なる理論ではなく、現場で成果を出す生成AI活用の“実装方法”を知りたい方に最適なウェビナーです。
本セミナーでは、製薬・バイオ企業でのPoC(概念検証)から得られた実データとノウハウを元に、「どこにAIが効くのか」「どこが難しいのか」を明確に解説します。

【開催概要】
・開催日:2026年2月12日(木)
・時間:12:00〜13:00
・形式:オンライン(Zoom/ログイン不要)
・参加費:無料(定員150名)
製薬・バイオ企業の生成AI導入は、「試行」から「実利」を問うフェーズへと移行しています。
本セミナーでは、13チームのPoCで時間を50〜80%削減したノウハウを余すことなく共有します。適用可否の見極め、評価設計、失敗領域への対応方法、全社展開のガバナンス設計まで、実践的な内容です。:contentReference[oaicite:1]{index=1}
・製薬・バイオ・化学業界のDX/業務改革担当者
・AI導入プロジェクト責任者・企画部門・法務・人事などの全社展開担当者
・PoC設計や効果測定の「型」を学びたい方
・自社の生成AI活用を確実な成果につなげたい実務担当者
【セミナーの内容】
・生成AIの“適用可否”を短期間で見切る方法(PoC設計・評価の型)
・現場で成果を出すAI活用ノウハウ(バックキャスティング/プロンプト構造化 等)
・適用が難しい領域(PowerPoint・OCR 等)の整理と次の打ち手への転換
・横展開に向けたガバナンス設計とナレッジ共有
【登壇者】
奥田 真輔 氏
システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。
【お申込み・詳細】
こちらのウェビナー申込ページをご覧ください。
(2026/01/19更新)
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo by:LiCheng Shih










