コンサルタントをやっていたころ、「自説に異様に固執する人」を、クライアント先でも、社内でも、しばしば見かけた。
例えば、こんな具合だ。
Aさん:「部長、今年の目標は下げたほうが良いと思います。昨年の営業の状況から見ると、思ったよりマーケットは大きくありません。」
部長:「そんなはずはない、営業努力が足りないだけだ。」
Aさん:「しかし部長、手を尽くしているのはご存知のはずです。むしろ、当初のマーケット推計が誤りだったのでは。」
部長:「いや、日本全国に会社は40万社ある、そのうち1割くらいのマーケットは必ずある。私の経験では、大きなマーケットが必ず存在する。目標に到達しないのは、営業努力が足りないのだ!」
Aさん:「(何を根拠に……)」
これまでの実績からすると、部長が実力者であることは間違いなかった。
しかし、この「マーケットの推計」については、完全に間違っていた。
結局、次の年を含めて、営業全員が全力を尽くし、実際に獲得できたのは1000社程度。
「4万社マーケットがある」というのは、見込みが甘すぎたと言わざるを得ない。
だが、部長はまだ「努力が足りない、もっとマーケットは大きいはず」と、次の年も課題な目標を掲げようとしている。
部下たちは疲弊しており、「なぜいい加減に掲げた目標に、こんな固執するのかわからない」と噂している。
*
SNSには明らかに論理破綻したことを言っているのに、自説を曲げない人物も多い。
それは「謝ったら死ぬ病」と呼ばれる。
しかも、こうした人々には、有名な大学を卒業していたり、学者であったり、辣腕経営者であったりと、世間一般からすると、「賢い」とされている人も多いのだ。
「頭が悪いのだから自説に固執する」とは言えない。
では、なぜ優秀であるはずの人たちが、明らかに間違った自説に固執し続けるのか。
わたしはとても不思議だった。そして、その謎が溶けたのは、ごく最近になって「知能が高くても、それを使いこなせない人が多数いる」ということを知ってからだ。
いったいどういう事か。
例えば、次の問題を見ていただきたい。
【問題】
ジャックはアンを見ており、アンはジョージを見ている。
ジャックは既婚だが、ジョージは違う。
1人の既婚者が1人の未婚者を見ているのか。
「イエス」「ノー」「判断するのに十分な情報がない」のいずれかを選べ。
このテストは「認知反射」と呼ばれる特性(自らの思い込みや直感を疑う傾向)を測定する。
このテストのスコアが低い人はくだらない陰謀論や虚報、フェイクニュースに騙されやすい。
同じようなテストとして、
バットとボールの価格の合計は1ドル10セントです。バットの価格はボールの価格より1ドル高いです。ボールの価格はいくらでしょう?
がある。
いずれにせよ、この手の問題に引っかかる人は、自分の考えに対しての注意深さがない。
「知能が高くても、それを使いこなせない人」というのは、そういう人だ。
*
問題は、「知能が高いほど、この罠にかかりやすい傾向がある」という点だ。
実際、イェール大学の研究者によれば、知能も教育水準も高い人は、自らの優れた知能を常に等しく活用するわけではなく、自らの利益を追求し、重要な信念を守るために「日和見的に」使う。
つまり、知能も教育水準も高い人は、賢さを「自分の信念を正当化するときだけ使う」、あるいは「自らの考えを補強するような事実を集めるためだけに使う」傾向がある。
さらに、失敗を犯したときには、小賢しい言い訳を考えるのが得意であるため、ますます自らの見解に固執するようになる。
これらは「合理性障害」と呼ばれ、賢い人ほど陥りやすいことが知られている。
例えば、「ルーレットで赤が出たら、次は黒が出る確率のほうが高いと思う」という誤った認識だが、実験によるとこの誤謬は学業に優れている者のほうがやや多く見られることがわかっている。
カナダ人の心理学者、キース・スタノビッチの研究によれば、典型的な認知バイアスを調べた実験で、SAT(大学進学適性試験)スコアの高い人は、それほど高くない人と比べて、「認知の死角」がやや大きいという。
「天才」の代名詞でもある、アインシュタインも、その死角から逃れられなかった。
彼は中年以降、大した業績を残せていない。
実際彼は、核力の存在にかかわる証拠を無視したり、かつて確立に寄与した量子論の研究成果をバカにしたりした。
プリンストン大学の同僚であったロバート・オッペンハイマーは「アインシュタインは実験に完全に背を向け、事実から目を背けようとした」と語っている。
また、スティーブ・ジョブスは、その知性によって素晴らしい商品を作ったが、私生活においては、高すぎる知性が裏目に出た。
2003年に膵臓癌と診断されたが、ジョブズは自分の力で癌を治せると確信しており、主治医のアドバイスを無視して、ハーブ療法、スピリチュアル治療、果汁中心の厳格な食事療法など、代替治療に走った。
彼は高い知性を、持論に対する反対意見を全力で退けるために使ったという。
結果的に手術するには手遅れとなり、彼は早逝した。
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どれほど知能が高い人物であっても、複雑な市場の動きや、人間関係の行く末をすべて見通すことはできない。
ゆえに、どこかで「間違いを認める」ことが必要なのだが、現代の枠組みで「知能が高い」とされる人ほど、「学業的、商業的な成功体験」によって、自分の間違いを認めざるをえない体験そのものが少ない。
これは重大な問題だ。
というのも、「科学」を扱えなくなるからだ。
イスラエルの歴史学者である、ユヴァル・ノア・ハラリは、著書の中で、「科学革命は、なによりも無知の革命だった」と述べ、進んで無知を認める意志こそ、科学を使う能力を増大させるのだ、と主張している。
歳をとってから「無知を認める」のは、精神的にきつい。
できることならば、若いうちにボコボコにたたかれて「失敗」した経験を積み、自分の知性に対して謙虚になる訓練を積むほうが、実は本人のためになるかもしれない。
(問題の答えはイエス)
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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