2022年12月の年の瀬、つけっぱなしのテレビから「大晦日だよドラえもん」が流れてきた時のことだ。

「テレビ業界って、本当にマズイんじゃないだろうか…」

と、今さらながら心配になってしまうことがあった。

 

放送されていたのは、「天の川鉄道の夜」のリメイク版である。

ご記憶の人も多いと思うが、のび太が「天の川鉄道乗車券」を勝手に使ってしまい、ジャイアン、スネ夫、静香ちゃんと共にハテノ星雲まで旅をする物語だ。

 

深夜、学校の裏山に集まった4人が切符にハサミを入れると、目の前にSL型の宇宙船が現れる。

さっそく乗り込み地球を後にするのだが、奇妙なことに巨大なSLの中には、他に誰も乗客がいない。

車掌に聞くと、「アレが発明されてから、SLはもうすっかり廃れてしまったんです…」と寂しそうにつぶやく。

そしてハテノ星雲に到着すると、今日ここでSLは廃止であると告げられ、のび太たちは宇宙の果てに置き去りにされてしまった。

 

途方に暮れ泣きじゃくる4人。そこにドラえもんがどこでもドアで助けに現れ、

「どこでもドアが発明されたからSLは廃止になったんだよ!せっかくの記念切符を使っちゃって!!」

と叱り飛ばし、全員地球に戻ることができた-。

 

原作ではざっとこんな話なのだが、この日のリメイク版ではこの後に、大幅に話が付け加えられていた。

要旨、「のび太のおかげで多くの人の命が救われ、引退するSLも最後の大活躍をすることができ、皆が感謝した」というものだ。

一体誰がなぜ、何を考えてこんな話に上書きしてしまったのだろうか。

 

「降伏したほうが身のためである」

話は変わるが、織田信長の天下取りを支えた武将として多くの人が名前を挙げるのはおそらく、羽柴秀吉や柴田勝家といったところだろうか。

しかし本能寺の変で信長が命を落とすまで、歴史家により織田家のNo.2とまで評価するのは、滝川一益という重臣だ。

 

信長をして、「進むも滝川 退くも滝川」と言わしめたほどの戦巧者であり、その生涯を支え続けた猛将であった。

最盛期には甲信から関東にかけ広く領地運営を任され、関東方面の総司令官まで担っている。

 

そんな一益の人生の転機となったのは、信長が明智光秀によって討たれた「本能寺の変」である。

一益は当時、厩橋(群馬県前橋市)にあって北条氏と対峙していたが、この凶報に接するとすぐに家臣を集め、この事実をオープンにする。

さらに家臣たちの反対を押し切り、占領地の豪族や地侍たちにも事実をありのままに説明し協力を求めると、預かっていた人質を返還さえして“信”を態度で見せた。

 

「非常の時こそ、信・義が力になる」というような想いであったのだろうか。

実際に、この振る舞いに共感した上州の一部の侍たちの中には「当代無双の振る舞いなり」と一益を称え、明智討伐軍への参加を申し出る勢力すらあったという。

 

しかしこの一益の動向を察知した北条氏は、信長が討たれたという情報が真実であると確信し、間髪をいれず襲いかかった。

いわば一益の決断は、“真偽のわからない怪情報”にお墨付きを与え、敵を利してしまった形になったということだ。

 

そして関東・甲信の広大な任地を失うと伊勢まで潰走し、以降、滝川家は急速に凋落していくことになる。

“信・義を重んじた”ことで、結果として多くの部下の命を失い組織を破滅に追い込んだとまで、いってもいいだろう。

 

さてこの時、全く同じような状況にあった羽柴秀吉は、どのような決断をしているだろうか。

本能寺の変の際、備中高松城(岡山県)で毛利攻めにあたっていた秀吉はこの凶報に接すると、他言無用の厳しい箝口令を幕僚たちに言い渡す。

 

そして直ぐに交渉の使者を立てると、

「間もなく信長が援軍を率いてこの地に到着する。それまでに降伏したほうが身のためである」

とブラフを仕掛け、敵将・清水宗治の切腹を条件に和議を取り付けることに成功した。

 

その後、返す刀で岡山から京都までわずか10日で駆けつけ、光秀を討ち取り、天下人に駆け昇ることになるのはご存知のとおりだ。

 

ある意味で信も義もへったくれもない騙し討ちだが、緊急時にあって、極めて現実的な施策で部下や組織を守り抜いたといってよいだろう。

この対照的な両者の決断と結果を、どのように解釈し評価されるだろうか。

 

「大人ってもしかして、アホなのか?」

話は冒頭の、「天の川鉄道の夜」についてだ。

なぜこのドラえもんのリメイク版から今、テレビ業界の状況を深刻に憂慮しているのか。

 

原作で表現されている物語のメッセージ性は本来、不要となっていく技術への哀愁と新たな技術の対比を、「銀河鉄道999」へのオマージュとともに描くものだった。

とはいえ、切符を勝手に盗み出したのび太の行為は褒められるものではない。

そのため一瞬とはいえ、宇宙の果てに置き去りにされ怖い想いをすることで、勧善懲悪的なメッセージでもバランスを取っているものだ。

 

しかしこのリメイク版では、全く違う展開に上書きされてしまっている。

切符を盗まれたことを察知したドラえもんはのび太を探し追いつくのだが、するとその時、近くで別の「天の川鉄道」の車両が事故に巻き込まれたという情報が入る。

するとのび太たちは、乗車するSLで直ちに危険な事故現場に駆けつけるという、“勇気ある決断”を下す。

そして困難の末に乗客全員を救い出し、引退するSLも最後の大活躍で引退に華を添えることになった-。

 

つまりこのリメイク版では、のび太たちが置き去りにされる原作の演出や、新旧技術の対比という物悲しさなどが、まったく別の話に差し替えられてしまっているということだ。

想像するに、「子どもが宇宙の果てに放置され、怖い思いをする」という演出が令和の時代のポリコレコードに引っかかったのだろうか。

 

加えて、子ども向けのアニメなので「勇気を振り絞り、困難に立ち向かう感動秘話にしたい」というリメイクチームの思惑もあったのかも知れない。

しかしこのような、因果が繋がらない唐突に挿し込まれた”感動話”などで、子どもの心を掴めるわけなどないではないか。

 

昭和の頃、グラフィックなどの技術がどんどん進化するテレビゲームに対し、

「現実と空想の区別がつかなくなる」

「ゲームを真似て子どもたちが残酷な行為をしたらどうするんだ」

などと的外れな批判をするオッサン評論家に、子どもだった私たちはどう思っていたか。

 

(…何いってんだコイツ)

と感じ、呆れていたはずである。

 

形だけのソレっぽい説教や演出で感情を操作しようと仕掛けられても、

「大人ってもしかして、アホなのか?」

と呆れたことを、覚えているだろう。それと同じだ。

 

そして話は、滝川一益と羽柴秀吉の対照的な行動と結果についてだ。

なぜ、“信・義を重んじた”一益は敗れ、”騙し討ち”ともいえる行動で戦った秀吉は天下人になれたのか。

 

当時の情勢を概観すると、「情報をオープンにする」という一益の決断は悪手であったことに、疑いの余地はない。

実際に信長の変報が広がると、信長によって滅ぼされた武田家の遺臣がいっせいに蜂起し、甲斐領主になっていた河尻秀隆が殺害されるなど、政情は一気に不安定化する。

 

加えて北条氏や徳川氏が織田家の切り崩しを始め侵攻を開始するなど、その版図はいっきに草刈り場の様相をみせはじめている。

武力で制圧され、従っていただけの大名や豪族なのだから、こうなって当然である。

 

そのような中で、信長という強力な抑止力が失われたとたんに手のひらを返し、

「こうなったら人質を返して、信・義で誠実に対応しよう」

などと考えても、大勢が変わるわけがない。

そんなものは本質的な「信・義」ではなく形ばかりの都合のいい演出であり、心に届くはずなどないのだから。

 

この滝川一益の選択と、テレビ局のコンテンツ制作への姿勢。

両者ともに「形を整えれば通じるだろう」という、人の心を安く見積もっている安直さが通底している。

本質を伴わない演出など鼻で笑われるだけだと、当人たちだけが気がついていない点を含めてである。

だからこそ、このままではテレビ業界もやがて、滝川家のように凋落していくことになるのではないかと、憂慮しているということだ。

 

余談だが、アニメや漫画というものは本来、時代の価値観を表し、子どもたちの”好き”を形にしたものであったはずだ。

言い換えれば、いいオッサンやオバチャンが何歳になっても懐かしい想い出であってほしい、そんな存在である。

それを、変化する時代の価値観にあわせて別物にリメイクするのは、本当に正しいことなのだろうか。

時代のポリコレコードに合わないからといって、やっていいことと悪いことがあるだろう。

 

せめて最低限、原作者が作品に込めたメッセージ性を維持しながら、現代風にリメイクしてもらえることを願っている。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

子どもの頃、「もし一つだけ、ドラえもんの道具が手に入るとしたら?」という話題で盛り上がった人は多いと思います。
こんなの、もしもボックス以外に何があるのだと思ってましたが、おっさんになった今、石ころぼうしを手に入れました。

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

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