「おれ、仕事をリタイアしたら○○をやるんだ」という台詞は、オンラインでもオフラインでも見聞きすることが多い。だが、これは実現不可能と思っておくべきではないだろうか。
先月末、初代プレステ時代の名作シミュレーションゲーム『ガンパレード・マーチ』の秀逸なレビューがnoteにアップロードされていた。
高機動幻想ガンパレード・マーチ
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筆者のジスロマックさんは若いプレイヤーっぽいが、今昔のさまざまなゲームに通じてらっしゃる。
上掲リンク先は『ガンパレード・マーチ』をよく知らない人にも読みやすく、それでいてゲームの魅力を余すところなく伝えているので、興味の沸いた人は是非お読みになっていただきたい。
で、この名文に感動した私は「久しぶりに『ガンパレード・マーチ』やりたいなぁ」と思った。もちろん我が家にも『ガンパレード・マーチ』はあるし、メモリーカードが破損していなければ当時のセーブデータだってあるだろう。
だけどプレイする時間をひねり出すのが大変だ。あのゲームはかなり時間を食う。集中力もだ。やるなら覚悟して臨まなければならないだろう。
他の読者の反応を見ても、「久しぶりにやりたい」「まだやったことがないがやってみたい」といった感想がたくさん並んでいた。
その多くは私と同様、もっとずっと若い頃に『ガンパレード・マーチ』に出会ったか、横目で見ていたけれども素通りしてしまったプレイヤーたちだ。
しかし彼らに水を差すようだが(そして自分自身に言い聞かせるように書くのだが)、結局おれたちの人生は『ガンパレード・マーチ』をリプレイすることなく暮れていくんだ。そうだろう?
「時間があったら遊んでみよう」といわれるゲームが遊ばれることはない。それが古い作品なら尚更だ。
「暇ができたら読む本」も同様で、古い作品なら読まれることはまずないだろう。
このことは今までの人生を振り返っても明らかではなかったか?
おれたちはいつも時間に追われている。仕事に、子育てに、既存の人間関係に。
現代人は概してスケジュール管理が上手い。さあ、自分のカレンダーや手帳を見てみろ! ぎっしりと詰まった出勤予定、行事、お出かけ、アポイントメント。
そうした序列第一位のタスクのすぐそばには、序列第二位の、最新のコンテンツや現在進行形のホビーやエンタメが控えている。
こうした序列のなかに、いにしえの名作、特にリプレイに時間を要する名作をねじ込む隙間は「無い」。
学生や社会人なりたての頃はともかく、社会人も長くなってくると誰も彼もが自分の時間と能力の許す限界まで働き、限界まで交友し、限界まで遊んでいるものである。
限界が低い人は低いなりに、限界が高い人は高いなりに、精一杯走り続けているのがいまどきの大人じゃないか。
ではリタイアメントの後は遊べる、のだろうか?
いや、そもそもリタイアメントなんて私たちの世代にあるんですかね?
日本人の平均寿命が長くなる一方で、私たちがリタイアできる年齢も遠ざかっている。この調子でいけば、健康寿命の限り私たちは働き続けなければならないだろう。
もちろんそれは悪いことばかりではない。給与だけでなく、社会性や社会関係の維持、自尊心の保全に仕事が一役買っている側面もあるからだ。
しかしリタイアメントが遅れるほど、時間は労働とその後始末に費やされることになり、昔の名作と向き合っていられる時間は少なくなる。長寿は、資本主義に最適化された姿になろうとしているのだ。
売却可能な労働力の残っている限り、これからの世代は労働力を売って生き続けなければならない。だとしたら、いったいどこに『ガンパレード・マーチ』など遊戯する時間が残されているだろうか。
幸運にも老後に時間を捻出したとしても、古いゲームのリプレイには壁がある。
このうちハードウェアとソフトウェアの確保については置いておく。それと親の介護。ここでは、介護にはしばしば時間とお金と注意力を大きく要する、とだけ書いておこう。
なにより、年を取った時の自分自身がゲームのリプレイに耐えられるかどうかだ。認知機能が弱まればゲームをプレイする精度は低下し、反射神経や動体視力を必要とするゲーム、たとえばFPSのようなジャンルではどうしても若い頃のようにはいかなくなる。
ずっとFPSをプレイし続けている人なら多少はマシかもしれないが、数十年プレイしていなかった人が高齢になって再開するのはキツいだろう。
では、『信長の野望』のようなシミュレーションゲームや『女神転生』シリーズのようなロールプレイングゲームならどうか?
今度は長時間ゲームをプレイし続けるバイタリティが問題になってくる。
集中力が長く続かないだけでなく、ディスプレイを長く見つめ続ける能力、ディスプレイの前で長時間座り続ける能力も年を取れば衰えてくる。20代の頃、連続6時間遊んでも平気だった人でも、70代になって連続6時間遊ぶのはかなり難しい。
かりに70代になって連続6時間ゲームができたとしても、それはそれで心配だ。
というのも、若いうちはそれほどでもないが、高齢者が同じ姿勢でディスプレイの前に座っているのは、もうそれ自体が健康リスクだからだ。それはエコノミークラス症候群のような血流障害を招き、へたをすれば死を招きかねない。
そういう意味では、高齢者が長く座り続けられないこと、集中力の限界が早く訪れることは健康だとさえ言える。
若者時代と同じようにやっていてはたちまち身体が壊れてしまうから、リミッターが働くのである。
リミッターの壊れてしまった高齢者は長く生きられない。中年ぐらいの年齢になればそのことはもう知っているはずだ──リミッターの壊れた働き方や遊び方で無事でいられるのは、せいぜい30代前半あたりまでだったということを。
だから例えば70歳になり、幸運にも余生と幾ばくかのお金が手許に残ったからといって、古いゲームをプレイできるかといったら、たぶん答えはNoだ。
ゲームそのものは昔のままでも、プレイヤー自身は昔のままではない。老いてしまって、昔のままのプレイに耐えられなくなっているからだ。
諦め、嘆くがよい
では、古いゲームをリプレイしたいとさえずっている中年諸氏はどうすればいいのだろうか?
ありがちな答えはすぐに思いつく。
たとえば「リプレイするなら今すぐでしょ」だの「健康増進をお忘れなく」だの、というような。
だが、そんなのはおためごかしでしかなく、ソリューションの姿をした事態の先送りでしかない。
本当のことを言ってしまおう。
「あなたはもう、そのレトロゲーを二度とプレイしない。だから思い出のなかで、その美しい記憶を反芻するのがよろしかろう。」こう答えるのが親切心というものである。
こう書いておけばほとんどの人はそのとおりになるし、千人か万人にひとりぐらいは巨大な反骨精神をもってリプレイのために重い腰をあげるかもしれない。さて、その石臼のごとく重くなった腰があがるものかな? フフフ……。
ゲームは絶えず進化し、資本主義に急き立てられながら私たちは老いていく。
その絶対的な流れのなかで、定命のゲーム愛好家としてどのようにゲームと向き合うべきだろうか。
答えは人それぞれだろう。が、古いゲームをリプレイするのが非常に困難で、その難易度が年を取るにつれて高くなるのは間違いない。だから死ぬ前に絶対にリプレイしたいゲームがあるなら、世界一周旅行を計画するような意志と覚悟をもって臨むことをオススメする。
そうでもしなければ手が届かないほどに、古いゲームをリプレイすること、とりわけ『ガンパレード・マーチ』のようなゲームを再び向き合うことは難しくなってしまった。嗚呼!
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
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・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
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twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』
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