ちょっと前にライターのヨッピーさんが
男の子を育てる時は父親が積極的に介入した方が良いな。父母の集まりで「3歳になったら息子に空手でも習わせようかと思ってる。なんだかんだ男の子社会は『こいつを怒らせたら怖いな』っていうのが抑止力になるから」って言ったら男親は「確かに」って反応だったのに女親はピンと来てなかったもんな。
— ヨッピー (@yoppymodel) June 19, 2023
と呟いて、喧々諤々の議論が生じていた。(子どもを野生児にしたい|ヨッピー)
この発言に対する反応は真っ二つといっていいほどに割れている。
「そうそう、力は生き抜くためにも必要だ」として擁護する反応もある一方、「そういうマッチョイズムが生きにくい社会を生み出しているのだ」と批判する声も多い。
どちらの反応にもそれなりには理がある。なので両者の議論は平行線を辿ってしまい、交わる事がないわけだが、そもそも何で話が捻れてしまうのかという部分についての言及は少ない。
というわけで今回はこの件で捻じれが生じる背景ロジックについて自分なりの分析を書いていこうかと思う。
何がカッコいいかは、本当に人それぞれ
カッコいいという言葉がある。
単純にイケメンを指し示すと思われがちなこの言葉だが、実は深掘りしてみると意外と適応範囲に差がある。
例えばオタクならエヴァンゲリオンを生み出した庵野秀明さんやジブリを生み出した宮崎駿さんの生き方をカッコいいと表現する事に特段の違和感は感じないだろう。
だがオタクではない人間からしたら、彼らの事をカッコいいという人がいるのは理解はできつつも、自分自身は特に憧れみたいな感情は生じないという人も多いはずだ。
それよりもジャニーズのタレントだとか、大谷翔平さんだとかの方が全然カッコいいでしょと言うかもしれない。
このように、誰の何にカッコよさを感じるかというのは、意外と共通していそうで共通していない。
カッコ悪いまでくると、それなりには共通点は見いだせそうなものの、逆の万人が絶賛するカッコいいは意外と具体例を提示するのが難しい。
カッコいいとは、身体的に痺れることで理解する
なぜこのような現象が生じるのか?これが僕の中で長いあいだ疑問だったのだが、つい先日、平野 啓一郎さんの「カッコいい」とは何か (講談社現代新書)を読んで疑問が氷解した。
平野さんはカッコよさというのは、実際に身体が痺れるような体験をする事でもって感じる現象であると、先の本の中で説く。
この説でいうならば、オタクが庵野秀明や宮崎駿にカッコよさを感じるのは、彼らが生み出した作品を消費する過程で脳髄に痺れるような感動を味わったからだ。
そう言われてみると、自分は彼らに痺れた経験が実際にあるので、納得感がある。
逆にエヴァンゲリオンやら風の谷のナウシカを実際に見ていない人、見たけど全くわからなかったという人は、まったく彼らに痺れていないだろう。
だから庵野秀明さんや宮崎駿さんをみても「ただのくたびれたオジサンじゃん」と冷静に客観的に処理したとしても、何もおかしくはない。実際、フラットにみれば彼らはただのオジサンだし。
ワールドカップやWBC、あるいは話題作に人々が群がる理由
この概念を受け入れられると、サッカーや野球の世界大会、あるいは話題の作品に人々が群がる理由も何となくわかる。
サッカーや野球の世界大会は、競技者も注目度が高いということもあって、ガチのプレイが繰り広げられる。
故に当然のことながらスーパープレイが必然的に発生するわけだが、それが全国ネットで流されて”痺れるようなカッコいい瞬間”が放映されると、その時点で同じ思想を持った人間の中でカッコよさの絆のようなものが生じる。
このカッコよさの絆を共に共有し、共感し合う事は、言いようがないほどの一体感を私達にもたらす。
同じ価値観を共有する人と、一緒になって喜びを分かち合う事には、形容しがたい喜びがある。
話題作も同様だ。例えば鬼滅の刃の映画版なんかで煉獄さんの壮絶な生き様をみせつけられて、それに痺れた人間同時で「うん…あれ、本当によかったよね…」と空気を共有するだけで、なんていうか人間というのは無茶苦茶に満たされる。
こういう時、他人と心の底から通じ合ったかのような奇妙な連帯感が発生する。
この連帯感をGetできるであろう期待値が高いものに、大衆はワラワラと群がる。
マーケティングに関わる人間なら、だから宣伝がメチャクチャに重要だという事を嫌というほど認識しているはずだ。
どんなに作品がよくても、この一体感を共有する場が提供できてないと、作品は全然バズらないのだ。
美意識は本当に人それぞれ
さて話を冒頭に戻そう。
なぜ男に空手を習わせた方がいいという話が、こんなにも意見が交わらないのか。
僕が思うに、それは男性が思うカッコよさと、女性が思うカッコよさが本質的に全然違うからだ。
逆を考えてもらえばわかりやすいかもしれない。もし仮に女児に対して母親が
「これからの時代は女の子も強くなくてはいけない。この子は北川景子さんみたいにスラッとしてモデルみたいなカッコいい女性に育ってくれるといいな」
と言ったとして、男が
「いや別に愛嬌があればよくない?」
とでも言おうものなら、恐らく似たような絶対に交わらない平行線の議論が延々と続くんじゃないだろうか。
この美意識の違いもどちらにもそれなりの理があると自分は思うのだが、たぶんどちらかにより強く痺れた事があるかで明確に支持率に差がでるだろう。
全然痺れた事がない人間は反対側のロジックを全く理解できない。それこそまさにエヴァンゲリオンを野球少年が理解できず、大谷翔平さんのホームラン乱発をオタクが正しく理解できないのと似たような話である。
カッコよさはアイデンティティ
何がカッコよくて、何がカッコよくないかは人間のアイデンティティの本幹にも関わる重要なポイントである。
誰かのヒーローを貶すという事は、その人に喧嘩を売るようなものだし、逆に誰かのヒーローを絶賛するという事は、その人を称賛するのに近いような行為ともなりうる。
カッコよさは時に対立し、相反する
ただ世の中には正義と悪があるように、時に誰かがカッコいいと思う価値観が、別のなにかの価値観の否定に繋がってしまうという事がある。
冒頭に出した空手だと、恐らく抑止力としてであろうが暴力や力強さ、あるいは男らしさというのは、女性からみれば少なくとも自分自身が身につけるとしたら、かなりダサい価値観であろう。
そういうダサい価値観を、自分自身の分身である子供に身に着けて欲しいかと言われたら…それを嫌がる人がいるというのは一定の理解が可能だろう。
どんなに必要であっても、ダサい価値観は身につけたくはないというのが人間の本音である。
野球少年がエヴァンゲリオンに耽って部室でエヴァを絶賛し始めたら
「あいつ…オタクだったんだな…」
と見下げられてしまうかもしれないし、逆にオタクが突然ジャニーズみたいにカッコよくなって女性からキャキャー言われたりしたら
「あいつなんて仲間じゃない。もう一緒にコミケに行かない」
と言われたとしても、全く不思議でもなんでもない。
多様性は胆力がないと受け入れられない
このように、仲間というのは仲間であるが故に同質性を一定数求められる傾向がある。
ある程度成熟した大人なら、別にオタクがファッショナブルな格好をしていても
「ああ、この人はオシャレだな」
と気軽に流せるだろうし、逆にサッカー少年が風の谷のナウシカを絶賛していたとしても
「こいつ、サッカーだけじゃなくて色んな面白い事を知っているんだな」
と尊敬の念を集められるかもしれないが、これはあくまで多様的な価値観を受けいられるぐらいに、その人が大人として成熟していた場合の理想論である。
ふ、ふざけんなバーカ
現実的には、ここまで多様性に理解がある人間というのはそう多くはない。
それなりに酸いも甘いもやり抜いて、豊かな人生経験を積み、また自身に経済的・社会的な余裕がある場合はこの限りではないが、人生経験がそこまで豊富ではなかったり、あるいは色々とストレスフルで疲れていたりして自分に余裕がなかったりすると、つい
「お前の価値観は間違ってる」
と言外に言われると
「ふ、ふざけんなバーカ」
と反応してしまうのが関の山である。
自身を振り返ってみても、特に思春期真っ只中にいた頃なんかは自分も他人も本当に余裕がなかったなと思う。
ちょっとした事ですぐに「お前とは絶交だ」と言ったり、誰かが絶賛しているものに対して「そんなの全然かっこよくないでしょ」と喧嘩を売ったり…ああ、思い返すだけで赤面モノの黒歴史である。
たぶんアイデンティティの確立や獲得に必至だったんだろう。ほんともう、二度とあんな繊細で壊れやすい精神状態には戻りたくない。幼い頃は辛かったな…いや本当に。
とまあ、こんなロジックが恐らく背景で働いているんだろうというのを理解して、表では相手の価値観に一定の理解を示しつつも、自分にそれがそぐわないようならば
「これもまた多様性」
と裏で淡々と処理するのがいいんじゃないですかね。何が本当の美しさかなんて、どうせ意見は一致しませんし。
そんな事より、自分自身がキチンとカッコいいと言われるような存在になるのを淡々と目指し続けるのが大事なんじゃないかなぁと僕は思います。
ま、端的にいえば「お互い、いい大人になりましょうや」って事ですね。ほんと難しい事ではありますけれど。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
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