先日、次女がやっている国語のドリルの答え合わせをした時のこと。

 

本来であれば、文中にある表現を用いて

「郵便局のドアをあけた

と解答しなければならないところ、次女は

「郵便局に行った

と書いていた。不正解である。

 

そこで、これは間違いだと指摘したところ、「なんで?」と返された。

そこで、想像してみて「おうちのドアを開けた」と「おうちに行った」とは、そもそも意味自体が違うでしょう、と説明する。

 

ところが娘は「おんなじようなものじゃない?」と首をひねる。

 

なるほど、娘の認識の中では、「ドアを開けること」と、その場所に「行くこと」は同一視されていたということだ。

そこで、娘には「わずかでも言葉が違う、ということはそもそも、意味が違うということ、文中に使われている表現を、そのまま使わないと意味が変わってしまうので、不正解になる」といい含めた。

 

 

上の話を「いちいち細かいなあ」と思う方もいるかもしれない。

しかし、この話は「細かい」では済まされない。極めて本質的な話なのだ。

 

彼女の語彙の中では、「ドアを開ける」という言葉と、「行く」という言葉が一緒になっている。

これでは、文章を誤読するだろうし、他者から正確に話を聴くこともできない。

 

もっと言えば、「知らない言葉」を「勝手に自分の知っている言葉に変換してしまう」という、悪い癖を放置することになる。

その結果、「自分の知らない言葉を調べず、都合のいいように類推してそのままにする」ということにもなりかねない。

 

類推すること自体は必要だ。

しかし類推したなら、それが正しいかどうかを確かめなければ、語彙は決して増えない。

 

 

数学者の藤原正彦が指摘するように、「知的活動とは語彙の獲得」のことだ。

ニュートンが解けなかった数学問題を私がいとも簡単に解いてしまうのは、数学的言語の量で私がニュートンを圧倒しているからである。知的活動とは語彙の獲得に他ならない

「語彙の重要性」は、大人になり、就職したコンサルティング会社でも散々言われたので、非常に強く認識していることでもある。

 

実際、「利用できる言葉の量が増えること」は、働く人たちにとって非常に重要である。

 

たとえば私が「エレガントな定義だ」と思った言葉の1つが、「品質」だ。

品質とは対象に本来備わっている特性の集まりが,要求事項を満たす程度。」(ISO9001:2015)

 

もちろん、これは品質マネジメント規格の定義であり、日常で使われる「品質」よりもかなり広い意味を含んでいる。

しかも、この定義を完全に理解するには、「対象」「特性」「要求事項」の3つの言葉をさらに知らねばならない。

 

しかし、一度この定義を知ってしまうと、この「品質」という言葉が極めてよくできていることがわかるし、様々なシーンで応用が効くようになる。

たとえば品質は「製品の質」だけではなく、サービスの質や暗黙のニーズを含んでいるか、というチェックにも使える。

 

その他にも、たとえば「貧困」という言葉について。

これは県立広島大学の志賀信夫の言葉を借りれば、次のようになる。

「貧困」とは「あってはならない状態」(岩田2007)、「許容できない状態・事態(anunacceptablestateofaffairs)」2(Alcock2006)のことを指している。拙著(2016)においては、若干の解釈を加えて「あってはならない生活状態」として論じている。(太字は筆者)

貧困と言うと、経済状態のことが論じられやすいが、この定義では「社会的承認」や「質の高い情報へのアクセス」など、更に広い問題を取り扱うことができるため、より優れた定義と言えるだろう。

 

このように「語彙」というのは、想像以上に知的活動に重要であり「思考」の根幹をなしている。

 

 

さて、ここまで来ると「読書」がなぜ、頭を使って働く人にとって重要なのかがわかるだろう。

語彙を増やす、つまり知的能力を向上させるのに、読書は最も優れている活動の一つだからだ。

 

上述した藤原正彦は「読書は深い知識と教養を獲得するためのほとんど唯一の手段」とまで言っている。

読書は過去も現在もこれからも、深い知識、なかんずく教養を獲得するためのほとんど唯一の手段である。

世はIT時代で、インターネットを過大評価する向きも多いが、インターネットで深い知識が得られることはありえない。インターネットは切れ切れの情報、本でいえば題名や目次や索引を見せる程度のものである。

しゃべり言葉や映像で使われる語彙は極めて限定されているし、複雑な概念は文章でしか表されていないものも多い。

 

私が在籍していたコンサルティング会社では、月に10冊以上本を読みなさい、と厳しく言われていたが、今でも、それは絶対に必要なことだったのだと思う。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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