最近、ストーリー重視のビジネスが本当に多いなぁと思う。
共感してもらうことが大事、思いを伝えることで応援してもらえる……みたいなやつ。
いやまぁわかるよ。
これだけたくさんのモノが溢れているんだから、なにかしらの意味付け、差別化は必要だもんね。
でもそれには、大きな問題もある。
スタートが底辺であるほど盛り上がるがゆえに、落ちこぼれや問題児が得をして、なんの問題もなく堅実にがんばっている人が損をすることだ。
泣いてるシーンがやたら多いアイドルプロデュース番組
最近、人生ではじめてアイドルプロデュース系の番組を見始めた。
「JO1、INIを誕生させた 日本最大級のサバイバルオーディション番組 『PRODUCE 101 JAPAN』の第三弾」なるものだ。視聴者投票で、上位11名がデビューするらしい。
まず練習生は、トレーナーによってA~Fランクにクラス分けされる。
そこからレッスンを受けて1人ずつパフォーマンスし、再評価によってふたたびクラス分け。そしてグループバトルに臨み、勝ったチームには3000票加算される。
第1回順位発表式では、得票数1~50位が発表され、51位以下、つまり半分が脱落。
番組を見ている視聴者は、推しがデビューできるように毎日せっせと投票していくわけだ。
夢をかけたサバイバルオーディション番組では当然、さまざまなストーリーが生まれる。
歌もダンスも未経験で苦戦し、みんなについていけないと泣いたり。
うまく馴染めずグループ練習から抜けて個人練習をしはじめ、チームワークを乱してしまうと泣いたり。
Fランクばかりのグループになり、ライバルチームのパフォーマンスを見て自信喪失して泣いたり。
……あれ、なんか泣いてる子ばっかりじゃない?
そう、番組を見ていただければわかるが、だれかが泣いているシーンがやたらと多いのだ。
「自信がない」「自分にはなにかが足りない」「どうしたらいいかわからない」とメソメソしている子ばっかり。
ええ、なんでそんなにみんなネガティブなの?
そして一番の疑問はこれ。
「なんで桃奈が取り上げられないの?」
トップの人気なのに取り上げられないメンバーの謎
桃奈とは、ハロプロ系グループのアンジュルム元メンバー、笠原桃奈のことだ。
12歳という若さでアンジュルムに加入し13歳で武道館ライブを経験、卒業までの5年間で数多くのライブに出演した。
当然注目度は高く、トレーナーからの評価はつねにA。
ダメ出しされることもなく、グループバトルではセンターをやり遂げて見事勝利し、推しカメラ(ひとりだけに焦点を当てた動画)でも再生数はトップ。
それなのに、番組内ではまったくといっていいほど取り上げられない。
多少ワイプで抜かれることはあるが、注目度に対して、個別インタビューがあまりにも少ない。
これは桃奈だけでなく、たとえば鼓(つづみ)ちゃんもそうだ。
笑顔が魅力でリアクションが大きいムードメーカー。
練習生評価では1位になり、グループバトルでも得票数1位を獲得した実力者。
がしかし、リアクションの大きさからワイプに抜かれることはあっても、鼓ちゃんの個別のインタビューは全然ないし、グループ練習などで発言が抜かれることもない。
人気メンバーなのにいったいなぜ?
それはきっと、「なんの問題もない」からだ。
桃奈は元アイドルで高いスキルを持ち、緊張して歌詞を飛ばすこともなければ、グループレッスンでトラブルを起こすこともない。
鼓ちゃんは歌がトップレベルかつダンスもできるうえ、いつも笑顔でほかの子から歌の相談を受けることも多い。
そう、2人ともなんの問題もないのだ。
だからきっと、取り上げてもらえないのだと思う。
フォーカスされるのは落ちこぼれと問題児
ぶっちゃけ、歌もダンスもできてまわりともうまくやってる子を取り上げても、おもしろくない。番組としては、泣いている子や叱られている子にフォーカスするほうが盛り上がる。
だから、落ちこぼれや問題児のほうが尺が長い。
実際、第1回目の投票では、一番下のFクラスは22人のうち9人が残ったが、Dクラスは21人のうち4人しか残らず、あとは脱落した。
Dクラスを見てみると、「こんな子いたっけ?」というくらい空気な子が多い。
一方Fクラスは、トレーナーにキツイことを言われたり、ついていけないと泣いたり、クラス分けテストで歌詞を飛ばしたりと、取り上げられる子が多かったから印象に残っている。
たとえスキルに問題のない子でも、トレーナーに「ありきたりな表現」と言われて「どうしたらいいかわからない」と泣いたり、グループ練習から抜け出して空気を悪くしたり、といった子のほうが尺をもらっている。
悪い言い方をすれば、なんらかの問題を抱えて泣いたり、まわりを振り回したりするほうが、映してもらえるのだ。
まぁこれはあくまで見せ方の話であって、練習生に否はいっさいないのだが。
感動的なドラマに必要な「低いスタート地点」
ストーリーというのは、ある程度「上限」が決まっている。
アイドルサバイバルプロデュース番組なら、ゴールはデビューすることだ。
その後レコ大をとったり紅白に出場できたりするかもしれないが、感動の最高潮はやはり、メンバーが選ばれて待望のデビューを果たすその瞬間。
では物語の天井が決まっているなかで、よりおもしろくするためにはどうすればいいか?
それは、スタートを低くすることだ。
ゴールが100点だとしたら、50点で始めるより-50点ではじめたほうがいい。
50点スタートなら100点まで50点ぶんのストーリーしか作れないが、-50点なら150点ぶんのストーリーが作れるから。
だから、落ちこぼれや(なにかに悩んでいるという意味での)問題児といった、マイナスポイントをもっている子のほうが「ストーリーの素材」として都合がいい。
その原理を利用したのが、少し前に話題になった『ビリギャル』だ。
「学年ビリのギャルが慶応大学に現役合格」というコンセプトで人気を博したが、実際は中高一貫の私立学校、かつ「偏差値60台の進学校の学年ビリ」だということがわかり、一部から批判の声があがった。
とはいえビジネス的には大成功であり、スタート地点を低くすることでよりおもしろいストーリーにする、というマーケティングのいい例だ。
「偏差値60台の私立高校から慶応に合格」じゃ、だれも見向きもしなかっただろうから。
更生したヤンキーよりグレずに頑張った人のほうがえらい論
でもこういうのって、「ちゃんとやってるほうがバカみたい」だと思わないだろうか?
アイドルデビューするために歌もダンスも練習してきた子のほうが評価されるべきなのに、なんの準備もせず「振りが覚えられない」と泣いたほうが映してもらえる。
毎回ちゃんと勉強していい成績をとった子のほうが褒められるべきなのに、勉強をサボってた子がやる気になったほうが注目してもらえる。
なんだよ、まじめにやるのがバカみたいじゃないか。
『こち亀』の両さんがどこかの話で、更生した不良に対してこんなことを言っていた。
「こいつのどこがえらいんだ、いったい! えらいやつってのは、始めからワルなんかにならねえの! 正直で正しい人間がえらいにきまってるだろ!」
そして、こう続ける。
「ごくふつうにもどっただけなのに、それをえらい、立派だと甘やかしてるでしょうが! ひねくれるのは、自分の勝手なんですから!」
そう、まさにそのとおりで、更生したヤンキーよりもグレずにがんばった人のほうがえらいに決まっている。
それなのに、「更生して立派に働いてて感動!」というストーリーが好まれるのだ。
「歌もダンスも未経験でぶっつけ本番! うまくいかなくてつらいです!」が感動ストーリーになるなら、オーディションに向けて必死で練習してスキルを磨いて番組に臨んだ子はどうなるの……?
それでも努力はちゃんと評価してもらえる
そう考えると、ストーリー重視のビジネスでは、「なにかしらのトラブルを起こして被害者面しろ」が最適解になっちゃうんだよな。
壊滅的に歌がヘタとか、協調性がなくてチームで浮くとか、ビリになるとか。
他人よりも努力をしなかったり能力が劣っていたりする人ほど、より感動的なストーリーの素材になるのは皮肉だなぁと思う。
いやね、エンタメとして、番組にはおおいに楽しませてもらってるんだけど。
悩んで泣いている子やスキルが低くて苦戦している子ばかりじゃなくて、前向きにがんばっている子も、もう少し取り上げてほしいなぁと思うのだ。
「自分にはこんなにマイナスポイントがあるんだぞ」ってアピールしたほうがおいしいなら、全部できちゃう優秀な子や前向きに努力している子が報われないよ。
……なんてやるせない気持ちになっていたが、見ている人はちゃんと見ているもので。
番組のコメントを見ると、「通りがかった子がカメラに映れるように声をかけてあげて優しい」「トレーナーが退出するまでずっとお辞儀をしていて好感がもてる」など、小さな言動に気づいて評価している人がたくさんいた。
レッスンの様子があまり取り上げられていなくても、ステージ上のパフォーマンスで存在感を示し、順位を上げている子だっている。
落ちこぼれや問題児にフォーカスを当てればストーリーを作りやすいのは事実だが、視聴者がそれを望んでいるかといえば、案外そうでもないらしい。
「すべてが未経験でFランクだけどがんばった」とか「別企画でデビューを逃した子のリベンジ」とかって飾り付けしなくても、光る子は勝手にステージで光る。
わざわざ感動ストーリーなんて、作らなくてもいいのだ。
見ている人はちゃんと、がんばっている人を見つけ出すのだから。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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