若い頃、「いつかやれたらやりたいなあ」と思っていたことがある。
「新橋のビルの地下でスナックっぽい店を経営すること」である。
TBSに入社してからも頭の中にあった。冗談っぽく先輩に話したところ
「いいねえ似合うよ!俺、通うよ!」
と言ってくれた。ありがたい。
今でも、現実的かどうかは別として「できるならやりたいなあ」という気持ちは残ったままだ。
店を持つというのは生半可な考えではできない。それにそんな体力もないが、そう思わせたのはかつて一緒に働いた「先輩バニー」の影響だと思う。
いきなり夜の世界に飛び込んだ
大学に入って最初に選んだアルバイトが、バニーガールだった。
「なんでそれ?」と思われるかもしれないが、それなりの理由がある。
大学に入ると新入生には大量のサークルや部活から勧誘があるものだ。
その中で体験が一番楽しかったのがウインドサーフィンで、入ることを決めた。
練習はおもに琵琶湖。やはり自然は良い。
しかし困ったこともある。道具にお金がかかるのである。
ボード、セイル、マスト、ブーム…大変なセットである。
幸い、部を抜けるという先輩が中古で一式譲ってくれることになったのだが、それでも20万円くらい必要だった。
さて、急いで稼がなければならない。
それでなくても、どのみちアルバイトはしなければならない。仕送りがそういう前提だからだ。
当然、いわゆる「夜の仕事」は時給も高い。
電話帳で見つけてなんとなく面接に行き、即採用されたのが、当時木屋町のビルの地下にあったバニーガールの店だった。
時給2800円。6時間営業だから、1晩で1万6800円。月に10日行けば、16万8000円。大学生のバイトにしてはじゅうぶんすぎる稼ぎである。
そして、この店の良いところは「おさわり禁止の明朗会計」だったことだ。
接客はすべてカウンター状のテーブル越し。
お客さんは30分いくら、60分でいくら、延長10分でいくら、という基本料金プラス飲食代。キャバクラのうさぎ版といったところか。
明るくてカジュアル、にぎやかな店内だった。バニーガールだというのに、制服も色とりどりである。黒一色ではない。
「エロ」を売りにしているわけではないのだ。
関西のノリ爆発の店だ。同僚や友人の男性に連れられて来た女性客も純粋に楽しめるような店である。
実際、お客さんとしてはじめて来たのをきっかけに、「かわいい!楽しそう!」といって入店した女の子もいたくらいだ。
ホールの男性もいい人で頼りがいがある。
際どい話でニタニタするような、気持ち悪いオヤジもいない。
指名料は取らなかったが、女の子が何か飲ませてもらえば、そのドリンク代が一部給料にキックバックされる。
制服が少し変わっているだけで、妙な習慣もない。なんならわたしは制服にも抵抗はなかった。
女の子同士の嫉妬争いもない。だから先輩は優しい。
こうして指名番号66番、入りたてピチピチの緑色のバニーガール「えまちゃん」が爆誕したのである。
優しい先輩に見たもの
もちろん最初は、ひとりで接客したりはしない。
先輩バニーとセットでテーブルに付いて、わいわいやりつつ紹介してもらい、少しずつ店に馴染んでいくのである。
その中でも印象に残っているのが、「みすずちゃん」だ。
みすずちゃんは学生アルバイトとは違い、ほぼ毎日店にいる。閉店後はお母様が車で迎えにきていた。そして、みすずちゃんのお客さんは多い。
そこに「ついで」みたいな感じでついていくのだ。そして顔を覚えてもらい、仲良くしてくれるお客さんを増やしていく。
もちろん、わたしがど素人ということもあるが、みすずちゃんの所作には惚れ惚れした。
お客さんとの「いつもの雰囲気」の軽妙な会話を維持しつつ、話の半分近く以上にわたしの紹介を絡めてくれる。
お客さんによっては、
「何この子?別に呼んでないんだけど」
と思う人だって多いんじゃないか?という人がいるだろうと不安は抱えていたが、みすずちゃんが一緒なら安心できた。
それでいながら、お客さんがタバコを咥えると、即ライターを取り出すのである。
「すごいなあ」
ただただ憧れていた。なによりも、彼女の「プロ意識」に惚れ惚れとした。「プロってすごいなあ」心の底からそう思ったのである。
「ありがとう」ということばの尊さ
そして、新しい発見もあった。
多くのお客さんが店を出る時「ありがとう」といって会計をする。本当に笑顔で。
いやいや、こちらこそ「ありがとうございます」だ。来店してくれて、飲食ごちそうになって。
このwin-winがすごく良いなと思った。それをやりがいに感じるようになった。
特に指名はしないけれど、店が好きでよく通ってくれる常連客。同業ともいえるホスト。いろんなお客さんがいた。
ただ、もちろん「面倒臭い」人もいた。
超絶面倒くさい客たち
「京大生のバニーがいるんだって!?」
常連の間でそんな噂が広がり始めたころ、わたしも自分で指名をぽつぽつ取れるようになっていた。
「あ、わたしです」
「え、ほんまに?! ラッキーだわ、今日来てよかったわ」
そんな感じで、覚えてもらえることが増えて行った。
もちろん、次回以降指名するとかしないとかには全ては直結しない。
いろんな女の子がいるから、それぞれに楽しいよね、別に楽しく飲めればいいし、というお客さんが多かった。
指名ということについて言えば、その店では別に指名料が発生するわけではない。
ただ、メリットはある。指名してくれるお客さんの場合、こちらが楽なのである。
「好きなもの頼みなよ」。
こちらの事情をわかってくれている。ドジも笑ってくれる。働いている感覚は最低限で良いのだ。
しかし、「痛い」客もいる。超絶めんどくさいパターンである。
まずひとりは、出勤前にご飯食べない?という、いわゆる「同伴」を望む客である。
その頃にはわたしも良い稼ぎになっていた。
だから、正直「タダメシ」はそんなにありがたくないが、時々相手をしていた。
食事をしていて楽しい人なら話は別だが、まったくそうではない。
そして、ある日。「なんか服買ってあげるよ」と。
そうやって入ったのは「そこらへんの店」である。
まあ、そこらへんにしては安物の店ではないから良いか、と思っていたが、結局、その客が「買ってくれるもの」というのは、試着を繰り返すうちに、なんだかんだいってそいつが「わたしに着せたいもの」になってしまうのである。
別に、露出の高い変なものを買うわけではない。
しかし次に「同伴」するときに、その服を着てやってきたわたしの姿を見て満足しているわけである。
正直、なんか、気持ち悪い。別にバーキンをよこせとは言わない。しかし、なんか気持ち悪い。
そして別の客。
確かに指名は全般的に楽とは言え、この客は自分のボトルをわたしと一緒に飲もうとするのである。
この場合、ドリンクバックは発生しない。で、だいたい話がめんどくさい。辛気臭い。
先日、SNSである漫画の広告を見かけたが、
「この男はわかっていない。お金を払っているからわたしと話せているということを。」
の世界である。
さらに面倒くさいこともあった。わたしはある時、店をやめたのだが、そこからのわたしの「行き先」を探し当ててやってきた客がいたのだ。
バニーをやめてからも、接客の仕事は好きだったので、その次には気楽なごくふつうのカウンターバーでアルバイトしていた。時給1800円。私服のまま、常連客とワイワイ話をする楽しい場所だった。
そんな場所に、いきなりやってきたのである。
「えま?なんでやめること言わなかったの?」
いや、別に言う義理はねえし。スマートフォンなどない時代。なんでここだとわかったのか?
いや、スマートフォンがあったとしても恐ろしい。
そのままこちらの店の常連となってくれれば悪い話ではないのだが、この店には指名システムもなにもない。
数回は来ただろうか。そこから姿を見なくなった。
夜遊び上手の、ある社長
楽しい店だった。単身赴任の若い人も多く、店で知り合ってその後必ず一緒にくるようになった人もいる。
サラリーマンって大変なんだな、ここで一杯やることで救われてるんだな。その手伝いをできているのなら、それはわたしにとってはやりがいだ。
そう思っていた。
そんなカウンターバーに。遊び上手だな、と思う男性がいた。当時50代前半か。女の子みんなから好かれる存在だった。
Kさん。
近くで会社を経営しており、何かが起きない限り定時で会社を出て、近くで食事をしてから店に来る。
わたしもよくご馳走になったし、Kさんと食事をしてから、一緒に客としてそのバーに行く日もしばしばあった。
「美味しい店」を知っているからハズレがない。高級店はこちらも求めないがレパートリーの中から「きょうはどこにする?」というノリで、友達感覚である。
不思議なことに、彼の場合下ネタも気持ち悪くならない。
店についたら、女の子みんなに一杯ずつ飲ませてくれる。
そして彼には、絶対に守る習慣がある。門限があるのだ。
だから決まった時間には必ず帰る。そして奥さんも、店を知っている。とってもクリアなのである。だから家庭もうまくいっている。
しれっとお気に入りの女の子を食っていたことも知ってはいるが、別に誰もなんとも思っていない。
誕生日には、その子が大きな花束を抱えてKさんと一緒に店にやってきた。
わたしも個人的にお世話になったものだ。自転車旅行の資金づくりのために、自分の会社でアルバイトさせてくれた。
そして、ある誕生日にはこんなこともあった。
「なんか欲しいもの、買っておいでよ」。と言われてひとりであるデパートに行き、コートを手に入れた。一緒に行かなくても会計が済むのである。
というのは、デパートには「外商」という窓口がある。
法人を含め、上客の場合、専用フロアに行けば、商品代は自動的に会社の経費などで決済される。
政治家などの中にはこの仕組みで買い物をする人もいるし、皇室で利用される仕組みでもある。営業担当が客の好みに合いそうな商品を客のもとに持っていき、そこから選んでもらうというのもまた外商の仕事だ。
「好きなもの持って、外商フロアに行ったらそれでいいから」。
実際そうだった。なんとも気楽な話である。
こうした「サラッとした感じ」が、モテモテの秘訣なのだ。
夜の世界にはいろんな人間模様があることを、この頃のわたしはよく学んだ。そして、わたしのなかでいまでも生きている。
視野が広くなったのは事実だ。そして、店にとって「痛い」人にならないよう、みなさんにおいては注意されたい。
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【プロフィール】
著者:清水 沙矢香
北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。
Twitter:@M6Sayaka
Facebook:https://www.facebook.com/shimizu.sayaka/
Photo:Hans Eiskonen