親切な友人

誰かの親切心を無下にするような行為は、断じてすべきではない。ましてや、私の好物を用意してくれた友人に対して、それが「罠なのではないか?」などと疑うような、最低な人間にはなりたくない。

だがこれは、一体どういうことなのだろうか——。

 

 

雨の日も風の日も、毎日カフェでコーヒーを5,6杯飲むのがルーティンとなっている私。

そのせいで"スタバの使い魔"などと揶揄されるが、そんな私のために友人は小粋なプレゼントを用意してくれた。

 

プレゼントというと大袈裟だが、彼女も知人からもらったものらしく、"ソレ"を冷蔵庫から取り出すと可愛らしい笑顔で私に差し出した。

「もらいものなんだけど、甘い系でよければ・・どうぞ!」

それは、赤と緑のカラーリングがクリスマスを彷彿とさせる、スターバックスのチルドカップコーヒー「ミックスベリーホワイトモカ」だった。

 

ちなみにチルドカップコーヒーとは、コンビニなどで売られているプラスチック製の容器に入ったコーヒー飲料のこと。

特徴として、カップ上部にオーバーキャップ(上フタ)が付いており、コーヒーに限らず紅茶や乳飲料などストローを刺して飲むドリンクに用いられる。

 

そしてスターバックスは、ホリデーシーズン限定のチルドカップコーヒーをリリースしていた。

"華やかなミックスベリーの香りと、ホワイトモカの風味が溶けあう、贅沢な味わい"

と、オフィシャルが太鼓判を押すテイストに、ホリデーシーズンを彩る赤と緑が映えるカップのデザインで、消費者の購買意欲をくすぐる商品である。

 

それにしても「クリスマス」というのは不思議なイベントで、クリスチャンでもない人間がここぞとばかりに張り切って、七面鳥やケーキに舌鼓を打つのだから面白い。

ところが、日本における一大行事は正月のため、12月25日が終わった瞬間にクリスマスツリーは門松へ、煌びやかなオーナメントはしめ縄へとすり替えられる。さらに最近ではハロウィンも勢力を伸ばしつつあるため、11月から年始までビッグイベントが目白押し。

 

とはいえ、クリスマスシーズンに"何か"をもらえば、無信仰者であっても嬉しいもの。よって私も、友人からのおすそ分けである"赤と緑のチルドカップコーヒー"を受け取ると、ホクホクの笑顔で帰路へとついた。

 

不穏な表記

甘いものに目がない私は近所の洋菓子店でホールケーキを購入し、友人からもらったチルドカップコーヒーとともに優雅なカフェタイムを過ごすことにした。

ずっしりと重たいケーキに大型のスプーンをねじ込み、勢いよく口へと運ぶ——あぁ、至福の時よ。

それから喉を潤そうと、ミックスベリーホワイトモカを手に取った瞬間、ふと、一抹の不安というか"疑問"が脳裏をよぎった。

 

—―この組み合わせは、さすがに甘すぎるのではないか。

 

巨大な砂糖の塊であるホールケーキを食べながら、これまた甘ったるいミックスベリーホワイトモカを飲んだりしたら、それこそ糖尿病まっしぐらである。つまりここは、ブラックコーヒーと組み合わせるのが妥当。

そこで私は、ミックスベリーホワイトモカがいつまで保存できるのか、カップに記されている賞味期限を確認した。

 

(2023年12月7日までか・・あまり余裕はないな)

とはいえ、どうせ今夜か明日には飲み終えるのだから、心配はいらない。・・・ん?今日って何月何日だっけ??

(えーっと、今日は12月14日。そして、こいつの賞味期限は12月7日。ど、どういうことだ?!)

 

「・・・あぁ、来年の12月7日までね!」と、笑顔で来年のカレンダーに目をやると、そこには2024年の文字が。

つまり、どう考えても賞味期限は過去の日付なのだ。しかも、一日や二日ではなく、一週間経過しているわけで——。

 

そうなると、友人のあの天使のような笑顔は何だったのか。目をキラキラさせながら、私を喜ばせようとこのコーヒーを差し出したように見えたが、それすらも罠だったのか?!

私は慌ててストローをもぎ取ると、カップのフタへと突き刺した。

賞味期限とは、業者が設定した完全無欠の安全日であり、「この日までならば、誰が飲もうと体調不良にはならない」というだけのもの。つまり、これが飲めれば賞味期限が過ぎていても問題はない。

 

(・・・味に異変は感じられないし、一週間くらいどうってことないだろう)

そう自分に言い聞かせつつも、ネットで「チルドカップコーヒーの賞味期限切れ」について検索してみた。当然の如く「数日の超過ならば大丈夫だろうが、腹をこわしても責任はとれない」という意見ばかりが目につく。

 

(ここに関しては、自らの舌と腸の力を信じよう。それよりも、友人はいつ、このコーヒーをもらったのだろうか・・・)

友人を疑うわけではないが、むしろ彼女にこれを差し入れた人物は、一体いつこれを渡したのだろう。さすがに「賞味期限ギリギリだから持ってきた!」というのは考えにくいが、もしもそうならば先にそう告げるはず。まさか、友人がそれを忘れていたのか?・・・そんなはずはない、あの子に限ってそれはない。

 

悶々とする私は、それとなく友人へメッセージを送ってみた。

「スタバのミックスベリーホワイトモカ、あれって最近もらった?」

これならば色んな意味にとれるので、必ずしもネガティブな質問ではない。彼女に不快な思いをさせないためにも、さりげなく聞き出さなければ。

 

「先週もらったよ!」

この文字を見た瞬間、私は内心ホッとした。——よかった、最近じゃなくて。

もしも「昨日だよ!」などと言われた日には、差し入れをした人物の"企み"を追及しなければならないが、先週ならばまだセーフである。

 

そこで私は、努めて明るくあっけらかんと、目の前で起きている事実を伝えた。

「賞味期限が12月7日だった(笑)けど、全然気にせず美味しくいただいてるよ!」

 

すると友人は、

「マジで?!知らなかったとはいえゴメン!私もさっき飲んだばかり(泣)」

と、大慌てで謝罪をしてきた。

 

さらに、

「これもらったの、12月7日だわ・・・」

と、賞味期限最終日に受け取ったことが発覚した。

 

差し入れをした人物に悪意があるなどとは、微塵も思っていない。仕事の合間に飲んでもらおうと、気分も上がるクリスマスカラーのチルドカップコーヒーを、わざわざ持参してくれたのだから。

 

それより何より、友人が賞味期限に気づいていなくてよかった。いや、よくはないかもしれないが、あの清く美しい笑顔が本物だったことに、心の底から安堵したのである。

 

そんなこんなで私は、賞味期限が大幅に過ぎているミックスベリーホワイトモカを急いで飲み干した。劣化は刻々と進行するため、一秒でも早く消化する必要があるからだ。

そして飲み終えてから、何の気なしにスタバのサイトを見ていると、これまた驚きの事実を知ることとなった。

 

「(ミックスベリーホワイトモカの)賞味期間は、18日間」

——ということは、このミックスベリーホワイトモカは11月後半に購入された可能性が高い。きっと、まとめ買いでもしたのだろう。その結果、冷蔵庫で大量に眠るミックスベリーホワイトモカの処分に困った主は、色々な人に配って回ったのではなかろうか。

 

勘繰ればいくらでも妄想は膨らむが、いずれにせよ私は美味しくいただいたわけで、むしろ感謝しているのであった。

 

 

「案の定、お腹下した〜」

翌朝、友人からこんなメッセージが届いた。やはり彼女の腸にとって、賞味期限を一週間過ぎた乳飲料は負担が大きかったのだろう。そして案の定、私が"絶好腸"だったことは言うまでもない。

とその時、過去に起きたある出来事を思い出した。

 

超特濃ミルク

スーパーで牛乳を買うとき、私は乳脂肪分の多いものを選ぶ。なぜなら、生クリームやバターが大好物ゆえに、なるべく濃厚でまろやかな風味を求めたいからだ。

そうなると「牛乳」ではなく「加工乳」ということになるが、細かいことは気にせず愛飲している。

 

そんなある日、私は保存しておいた牛乳(正確には加工乳)を冷蔵庫から取り出すと、ゴクゴクと飲みはじめた。馴染みのないパッケージだが、一口目からまろやかなコクを感じる喉ごしに、喜びとともに驚きを覚えた。

さらに口のなかで転がすと、まるで生クリームのように舌にまとわりつく感触が、過去最高の特濃ミルクであることを示している。

 

(これは美味い!今後は毎回これにしよう!)

無我夢中で飲み干した私は、パッケージのカラーリングだけ記憶すると、空パックをゴミ箱へと投げ捨てた。

 

しばらくしてから現れた友人に、先ほどの牛乳の美味さを興奮気味に話したところ、彼女はゴミ箱から空パックを取り出し、商品名や製造元を読み上げた。そして最後に一言、

「ねぇ、これ賞味期限が二か月過ぎてるんだけど・・・」

と呟いた。

 

——もちろん、どこをどう見ても私は"絶好腸"だった。

 

 

賞味期限が二か月前と知っていたら、さすがに飲みはしなかったが、それにしても私の消化器官は加工乳や乳飲料との相性がよっぽどいいのだろう。

(了)

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃スキート

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