米国史上もっとも人気のあった大統領と聞かれたら、セオドア・ルーズベルト(1858-1919)を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
新渡戸稲造の『武士道』に深く共感し、何冊も購入しては周囲に配って一読を勧めたエピソードがあるほど、知日家としても知られる人物だ。
日露戦争の講和を仲介したことでノーベル平和賞を受賞するなど、世界に影響力を発揮した政治家としても知られる。
ではなぜ、彼はそれほどに多くの人からの支持を集め、大きな影響力を持つことができたのか。
その秘密を探るヒントに、大統領在任中のこんな話がある。
ある日、住み込みの雑用係をしていた女性がルーズベルトに、こんな質問をすることがあった。
「ウズラとは、どんな鳥なのでしょう」
きっと、ウズラ肉料理でも扱った時なのだろう。
すると彼はその質問に真摯に向き合い、丁寧に説明する。さらに後日、女性の部屋に電話をかけるとこんなことを言った。
「今ちょうど、君の部屋の窓の外にいるよ。それがウズラだ」
女性のちょっとした興味もけっして軽く扱わず、気にかけ続けたのである。
その時の彼女の驚きと感動は、いかばかりだろう。
住み込みのメイドさんにでもこうなのだから、彼がどれほど、相手を選ばず誠実に人間関係を築こうとしていたのか、よくわかるエピソードのひとつではないだろうか。
しかしここで、一つの疑問が浮かぶ。
もし自分なら、上司からこんな電話が自宅にかかってきたら、嬉しいと思えるだろうか。
きっと悪い意味で驚く人のほうが、多いはずだ。
オッサン上司を思い浮かべ、吐き気がするほどキモいと感じる女性もいるだろう。
ではなぜ、同じ行為がルーズベルトでは「逸話」になり、そのへんのオッサン上司では「セクハラ」になってしまうのだろうか。
「じゃあ捨てたらええやん」
話は変わるが、もう随分と昔のことだ。
つき合っていた女性から、誕生日プレゼントにパンツをもらったことがある。
文字通り下着のトランクスのことで、数千円もするようなブランド物を高島屋の紙袋に入れ、5枚まとめて一人暮らしのマンションに持ってきてくれた。
「パンツなんかもらったん初めてやわ。なんでまたパンツなん」
「当たり前やん、アンタいつもダイエーで買ったような、3枚1,000円の安いやつばっかはいてるやろ。カッコ悪いねん」
確かに、食べていくだけで精一杯だった20代半ばの私のパンツは、ワゴンに山積みの安物ばかりである。
しかしそれがカッコ悪いからブランドもので着飾れというのは、いったいどういう合理性なんだろう。
(いや、アンタと俺しかみないパンツなんか、何でも良くないか?)
そんな言葉が出かけたが、さすがにそれを言ってはいけないことは、恋愛弱者の私でもなんとなく想像できた。
学生時代、学食でいきなり彼女から本気ビンタを喰らった友人のことが、脳裏をよぎる。
「ねえねえ、明日のデートの服、そろそろ春物がいいかな。でもまだ寒いよね?」
「なんでもええよ、どうせすぐラブホ行くやん」
この後はなかなか大騒ぎの修羅場になったが、きっと私が「パンツなんかなんでもいい」というのは、この友人並みにヤバいセリフなのだろう。
そのため若干の疑問を感じつつ、彼女の意のままに人生初のブランドパンツを楽しむことにする。
そしてこのブランドパンツ。何でも試してみなければわからないものだが、想像の100倍良かった。
普段はいていた安物パンツは、なんというか紙のような肌触りでゴワついており、伸縮性もない。
しかしいい感じで肌にフィットするトランクスは本当に快適で、私は一瞬で自分の考えを改めてしまった。
どんなものでも、やはり少し頑張って高価なものを選ぶと、別物の感動があることを思い知る。
しかしそれから程なくして、私は彼女とお別れすることになる。
“お泊りセット”の引き取りに、最後にマンションに来た彼女。化粧水や洗顔料、コンタクト洗浄液などを手際よくカバンにしまい込んでいく様子を、ベッドに腰掛けながら見つめる。
「そういえば、パンツも持って帰ってくれ。さすがに元カノのパンツははけへんよ」
「何いうてるの、そんなもん持って帰ってどうするん。新しい彼ができても、プレゼントもできへんやん」
「俺かて、さすがにはき続けたくないわ。しかもこれ、つくりがしっかりしてるしそう簡単にヘタらへんやろ」
「じゃあ捨てたらええやん」
結局、彼女は持ち帰らず(そらそうだ)、部屋に残された5枚のトランクス。
別れの寂しさを引きずった翌朝、シャワーを浴び収納を引くと、いつも通りのパンツたちがこっちを見上げる。
一瞬迷ったが、その日も“元カノ”からもらったブランドパンツをチョイスして、仕事に行った。
しかしこれが、意外なダメージになる。
トイレでも、目に入るパンツ。
シャワーを浴びる前にも、パンツが手に触れる。
洗濯の時にももちろんパンツを手に取りたたむので、視界に入り続ける。
(うざいな…、無意識の世界にいるべきパンツごときに、意識を持ってかれてるやんけ)
人気キャバクラ嬢が、何かで語っていた言葉が思い出される。
「ぬいぐるみとか置き時計とか、換金価値も無いのに形に残るプレゼントを渡してくる客は、仕事のできないおっさん」
私生活に入り込み、干渉する可能性のあるものは、本命彼氏からの贈り物でしか受け付けられないという趣旨だ。
なるほど、捨てるに捨てられないこのパンツが、その価値観をわかりやすく教えてくれている。
思えば人の感情は、本当に複雑で身勝手だ。
一人ぼっちだと寂しいので友人や恋人を求め、人によりパートナーを得て新しいファミリーを作る。
しかし相手や気分により入ってきて欲しくない境界線を引き、いろいろな基準でその内と外を区分する。
しかもその線引きや扱いはいつも流動的なので、だからこそ人間関係というのは本当にややこしい。
結局想い出のパンツたちは、部屋を引き払う時に雑巾として使い、すべて捨てた。
セクハラオヤジとルーズベルトの違い
話は冒頭の、ルーズベルトについてだ。
なぜその辺のオッサン上司がやればセクハラになりかねない“思いやり”が、彼の場合だと逸話になるのか。
その事を考える前に、最近、上司からどんなことで怒られ注意をされたか、少し思いだして欲しい。
「全然ノルマに届いてないじゃん。どうやってここから数字つくるの?」
「そんなことをして、なにかあったらどうするんだ。責任取れるのか!」
こんな説教を喰らったという人も多いと思うが、その時なにを感じただろう。
「いわれても仕方がない」という思いと、「なんかモヤモヤする」という感情が入り混じったのではないだろうか。
当然である。部下が数字を作れない時、どうやって数字を作るかを考えるのは、上司の仕事だからだ。
同様に、決断を下し責任を取ることはいうまでもなく、上司の仕事である。
にもかかわらず、部下に対し決断を求めリスクを詰問するリーダーなど、存在そのものが悪質で笑えない冗談というものではないか。
そしてこのような“説教”の本質的な問題は、こんな本音にこそある。
「このままだと、俺が部長から怒られるじゃないか!」
「失敗して、俺が怒られたらどうするんだよ」
言い換えれば、組織や部下のことなどどうでもいい、自分だけがかわいいエセリーダーということである。
改めて、そんな上司から自宅にこんな電話がかかってきたらどう思うか。
「今ちょうど、君の部屋の窓の外にウズラがいるよ」
吐き気がするほどキモくて、当然ではないか。
この言葉の裏にあるのは決して部下への思いやりではなく、自分かわいい上司が考えそうな下心であることが、透けて見えるのだから。
そしてパンツの話についてだ。
人間関係は常に移ろい、儚いもので、とても思い通りになるようなものではない。
恋人からもらった快適なパンツですら、1年経って関係性が変わればストレスになり、最後には雑巾として捨てられてしまう。
しかし私たちは、それほどに移ろいやすい人間関係の中で生き、そして多くの人は何らかの組織と関わりながら生きていく必要がある。
そんな難しい関係性の中で、リーダーに求められるいちばん大事な素養とは、一体何なのだろう。
きっとそれは、自分の利益や恐怖ではなく、組織の利益、部下の恐怖をこそ理解し、引き受けることができる器量なのだろう。
言い換えれば“私”を感じさせない、組織や部下に奉仕する覚悟と誠意だ。
もちろん、そこまで尽くす価値がある会社や組織であるか、という不満やストレスも理解できる。
責任を引き受けたリーダーばかりが損をする日本の組織文化では、とてもやってられないことも含めて。
その上で、一つだけ断言できることがある。
人は、見返りや打算が透けて見えるような小賢しい輩には、決して欲しがっているものを与えたくならない。
しかし、見返りや打算を超えて尽くそうとしてくれている人は、全力で支え、全力でお返しをしたくなるものだ。
そしてそれこそが、セクハラオヤジとルーズベルトの違いである。
多くの人はそんな単純な原理原則を理解しているのに、なぜかビジネスの場では、その事実を忘れてしまっている。
ぜひ、リーダーのポジションにある人、リーダーを志している人には、そんな“大事なこと”を改めて、思い出して欲しいと願っている。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
もう15年、同じ車に乗り続けているのですが、走行距離が14万kmを超えてしまいました。
大事にメンテすれば十分走るのですが、ついにカーナビがバグってしまい、さっき乗ったら「今日は、6月15日金曜日です」とかいい出しました…。
なにがどうなって、そんな勘違いになるんや。
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