「親が子を『推す』」というフレーズから、皆さんはどんなことを連想しますか?

 

15年ほど前の私だったら、「親が子どもを「推す」なんてけしからん、それは親のエゴだ!」と答えたでしょう。

では、その親のエゴは子育てにおいて必ず悪でしょうか。そして有害でしょうか。

 

親子のあいだで「有害な推し活」が発生することはある

二次元のキャラクターや三次元のアイドルを推している人はともかく、そうでない人のなかには「推し」という言葉にネガティブな印象を持つ人も珍しくないでしょう。

報道でも、「推し活」と称してホストに入れあげて経済的にも社会的にも破滅する人・スパチャで投げ銭をし過ぎてしまう人・推しに対する思い入れが強すぎて厄介ファンになってしまう人、等々が報じられています。

 

こうした「推し活」の悪しき一面があらわれるのは、アイドルや動画配信者やホストに対してだけとは限りません。推したいと執着する相手が誰でも、こうしたことは起こり得ます。親子関係も例外ではありません。

 

10年ほど前、いわゆる「毒親」論が流行しましたが、実際、「毒親」として語られる類型のなかには直接的にDVやネグレクトをするのでなく、子どものためと称して異様な教育をほどこしたり、過干渉だったりするタイプがありました。

子どもの願望と自分の願望が区別できない親、自分の願望を子どもに押し付けているのにそれが子どものためだと心の底から思っている親も珍しくありません。

 

子ども、特に思春期以前の子どもは心身ともにまだまだ弱いですから、親のエゴを押し付けられても逆らうすべはありません。

それどころかエゴを押し付けられていると自覚することさえ難しく、親のエゴのとおりに振る舞えないことに罪悪感をおぼえている子どもも多かったりします。

 

そうした親が異様な教育をほどこしたり、ああしろこうしろと過干渉したりするのは、少なくとも体裁上は「子どものため」であり、子どもを推しているとは言えるでしょう。

多額の費用や時間を傾けているのも否定できません。しかし推される側の子どもとしては、そんな風に推されると息苦しくなってしまうし、子ども自身の心理的な成長にも支障が出てしまいかねません。

 

「子どものため」のつもりが子どもを害する結果をもたらした子育ての一例として、私は、2008年に起こった秋葉原連続通り魔事件の犯人である加藤死刑囚を思い出さずにはいられません。

報道によれば、彼は母親の高学歴願望に基づいた教育虐待と言っても言い足りない境遇で育てられた結果、思春期以降は停滞し、人間関係にも支障をきたすようになってしまいました。

 

少しだけ脱線すると、加藤死刑囚の部屋には『機動戦士Zガンダム』に登場するキュベレイというモビルスーツのプラモデルが飾られていたそうです。

キュベレイは、ギリシア神話に登場する息子を捉えて離さない嫉妬深い女神です。息子の男根を切り取り、自らも男根を持った母親として君臨する嫉妬深い地母神の名を冠したプラモデルが加藤死刑囚の部屋に飾られていたのは、偶然だったのでしょうか。それとも……。

 

すみません、話を戻しましょう。

「推し活」する人にもいろいろいますが、歯止めのかからない「推し活」をする人と「毒親」には共通点があります──それは、「推し」にキラキラしてもらって自分自身の心理的充足を果たそうとするあまり、推される側をちゃんと見定めもせず、「推し活」の加減や節度も弁えられない結果、悲劇的な結果を生み出してしまうという点です。

 

では、親が子どもを推すのは全部悪か?

ここまでお読みになり、「じゃあ、親が子どもを推すのは有害だな、やめさせたほうがいい」と思った人もいらっしゃるでしょう。教育虐待と呼ぶしかない環境にいた人、親の過干渉に苦しんできた人ならとりわけそう思うのではないでしょうか。

 

でも、「推し活」で破滅する人が全体の一部なのと同じく、子どもを推してだめにしてしまう親も全体の一部です。

私自身が親となり、またほかの親御さんたちのお話を聞いている限りでも、親が子どもを大切に思う気持ちや子どもを良く成長させたいと願う気持ちはやっぱり大切だと思うのです。

子どもをかわいい、大切だと思ったり、うちの子は自慢の子どもだと思ったりしている限りにおいて、その子どもは親の自己対象としての意味合いを免れません。ということは、子どもが親のナルシシズムを充たす側面もある、ということですが、これも悪いことばかりではありません。親が子どもを他人と思わず、自分にとって特別な存在、自分にとってかけがえのない自己対象として体験しているからこそ、子育てという、モチベーションが伴わなければとてもやれたものではない営みができるのだとも言えます。
──『「推し」で心はみたされる? 21世紀の心理的充足のトレンド』より

引用文のなかにある「自己対象」という言葉は、ここでは「推し活の対象」と思っておいてください。

自分の子どもをかわいいと思ったり大切に思ったりしている限り、子どもは親にとって「推しの対象」であることを免れません。もし、親が子を思う気持ちが暴走したり子どもの気持ちを踏みつぶすものになってしまえば、子どもにとって不幸な結果を招きかねません。

 

ですが、それだけではありません。子どもが「推し活の対象」だからこそ、親は、子育てという一大困難にも立ち向かえるのです。子どもになんの思い入れもなく、なんの感情も持っていないにもかかわらず、子育てがこなせるほど子育てが易しいとは私には思えません。げんに、子どもに対する思い入れの欠如した親が子どもを放置し、虐待やネグレクトになってしまう事例は後を絶ちません。

 

自分の子どもを大切に思う気持ちやより良く成長させたい気持ちがあるからこそ、親は無理をおして子育てをやっていけるし、自分以上に子どものことを大切に思えるのではないでしょうか。

 

加藤死刑囚の母親やそれに類する教育虐待的な親の存在が知られている今、とりわけ高学歴者の多いはてなブックマークやX(旧twitter)の言説空間では、親が子を推すことのマイナス面に注目が集まりやすく、目立ちがちです。それもそれで問題ですし、無視すべきではないと思います。

 

ですが、”親が子を推すこと”にはプラスの面があって、そのプラスの面に世の親たちがモチベートされていること、そのモチベートがあってはじめて子育てという困難なミッションに立ち向かえることは、もっと注目されていいと私は考えています。

 

誰かを推すこと・愛することは自愛に通じている

親から子への「推し活」がモチベーション源として子育てを支えていることについて、過去の人は何を言っているでしょうか。

『「推し」で心はみたされる?』を書くにあたって参照したナルシシズム(自己愛)の大家である精神科医のハインツ・コフートは、この件について以下のようなことを言っています。

「愛の対象が同時に自己対象でないような成熟した愛は存在しない、ということに私は躊躇しない」
──ハインツ・コフート『自己の修復』P96より

この自己対象も、ここでは「推し活の対象」のことだと思っておいてください。子どもであれパートナーであれ、自分が大切だと思う対象・愛したい対象は「推し」として体験されているし、そういうものだろ、みたいなことをコフートはここで言っているわけです。

 

私は、誰かを愛することには自分自身のナルシシズムの充足が含まれているとみるコフートの論説がとても好きです。それは現実的な他人の愛し方で、無私の愛だけを愛と呼ぶことには無理があります。

 

「推し」を推すことについても同様です。誰かを推す、ひいては誰かを愛するとは、自分自身を愛する道に通じていると思いませんか。また、自分を愛することも誰かを愛することとどこかで繋がっていませんか。

 

ですから、うまく推せる人か否かは自愛のためにも大変重要な問題です。自分自身と推したい相手の両方を幸福に導きたい人は、「推し」上手になっておくに越したことはありません。子育てをはじめる人や後進の育成につとめたい人も同様でしょう。

 

子どもを推すこと自体は悪ではありません。子どもの成長に悪く働くような「推し」を避け、子どもの成長に資する「推し」を目指していくのが、親の使命であり、喜びではないかと私は考えています。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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