「つゆだく言うても程があるやろ、作り直せやババァ!」

そんな暴言で吉野家の店員さんを怒鳴りつけたのは、50代くらいのビジネスパーソンだろうか。

乱暴な言葉遣いと裏腹に、濃紺のスーツに白Yシャツ姿の紳士だ。

ビジネス街なのでおそらく近辺の、大きな会社の社員なのだろう。

 

「大変申しわけございませんでした、すぐにお作りし直します」

震える声で応えながら牛丼の器を下げるのは、70歳前後にみえる細身の女性である。

顔面蒼白になり、やや緩慢な動作でお盆を運ぶ姿に母親が重なって、胸に痛みを感じる。

 

平日の夕方、食事には中途半端な時間なので、客はそのオッサンと私しかいない。

さすがにこれ以上何か言おうものならケンカを買ってやろうかと思ったが、幸いオッサンは作り直された“ちょうどいいつゆだく”に満足し、すごい勢いで食べると乱暴にお金を叩きつけ、店を出ていってしまった。

 

「大変でしたね。どうかあんなヤカラのことはお気になさらずに、お仕事頑張ってください」

「いえいえ、お騒がせしてしまい本当に申しわけございませんでした」

ホッとした顔で、応えてくれる女性。

実直に仕事に取り組んでいる、誠実なお人柄が窺える。

 

いい歳をしたオッサンが牛丼の“つゆの量”で激昂するなど、もちろんそれ自体が異常な光景だ。

会社や仕事で、きっとおもしろくないことがあったのだろう。

理不尽な顧客や上司にストレスを感じているのであれば、それはそれで同情しないわけではない。

 

しかしこういったオッサンは、大事なことに全く気がつけていない。

負の感情を周囲に撒き散らすことは、お金をドブに捨てているのと同じという事実についてである。

決して精神論の話ではない。文字通り、現金をドブに捨てているのである。

 

「俺は客だぞ」

話は変わるが、先日取材で沖縄・那覇に行ったときのことだ。

国際通りなど観光地での食事ももちろん魅力だが、地元の人が行くようなディープなお店を開拓するのもやはり旅先の楽しみである。

 

そんな中、観光地から少し離れた昭和レトロな栄町市場にある、一軒のビストロを訪問することがあった。

沖縄の郷土料理、ヤギ肉を専門にするフレンチ・イタリアンのお店である。

ヤギ肉の刺身をイタリアンにアレンジした”ヤギパッチョ”に、ボロネーゼに使うひき肉はヤギ肉というような徹底ぶりだ。

普段は地元の人ばかりで賑わうお店のようなので、予約の電話の際にはビジターであることを正直に伝える。

 

「どうぞお好きな席をご利用ください」

当日、出迎えてくれたのは70歳前後の女性で、おそらく店主の母親だろうか。

18時のオープンとともに訪問したので、店内はまだ誰もいない。

4人掛けテーブル4つだけの小さなビストロだが、せっかくならキッチンに近い場所がいいと思い、奥の席に座った。

 

すると店主に呼ばれ、なにかを言われた女性が慌てて駆け寄り、こんな事を言う。

「申しわけございません、やはりこちらの席はお使いいただけません」

 

そして案内されたのは、トイレ横の席。

案内されて気がついたが、いろいろな意味で一番避けたい席だった。

ビジターは歓迎されていないことを思い知らされ、同行の友人たちに申しわけない気持ちになる。

 

その後ほどなくして残り3席も埋まるが、かりゆし姿など、言葉を含めて皆、地元の人である。

2組は初訪のようだったので、常連を優先というよりもやはりビジターに冷たい店のようだ。

 

そんな空気感に友人が少しイラつき、ソワソワし始めた。

「気持ちはわかるけど、つまらないことで腹を立てるのはやめろ」

小声でそんな事を伝えると、気を取り直していろいろ注文する。

 

そして運ばれてきた料理は、やはり予約困難店だけあってどれも本当に美味しい。

オードブルは沖縄料理をフレンチ・イタリアンにアレンジした盛り合わせ、ヤギ肉のボロネーゼも一切臭みがなく、むしろ今まで頂いたどこのお店よりも美味しい。

そんなこともあり、お酒をお代わりするたび女性に、そんな感動を素直に伝える。

 

「このスーチカー(豚の塩漬け)、本当に美味しいですね!正直、今まで美味しいと思ったこと、あまりなかったんです。最高です!」

「この野菜、驚くほど美味しいのですがこれも島野菜なのですか?」

 

すると女性も満面の笑顔を見せてくれ、それぞれの素材へのこだわり、入手が難しい野菜であることを熱心に話し始めてくれた。

その一つ一つに共感を伝え、本当に来てよかった、良い想い出になりますと感謝を伝える。

 

そんな食事の終盤、一つの問題が起きる。

このお店の一番人気、ラム肉の真空チョップで締めようと女性をお呼びするのだが、一皿2本盛りなのだという。

骨付き肉ということもあり、均等に3人で分けることもできない。

 

「おいどうする? 2皿やと1本余るな」

「ええやん、ナイフで切り分けて一皿を少しずつ食べよう」

「そやな、そうしようか」

 

待つこと20分。

「お待たせしました、こちらラムの真空チョップです」

お皿には、3本のラムチョップが盛られていた。

 

女性はにこやかに笑いお皿を置いていったが、そういうことなのだろう。

小声で感謝を伝え、同行の友人2人とウメエウメエといいながら貪り食った。

 

“席の移動”に気を悪くした友人だったが、店を出る頃にはすっかりと上機嫌になり、2件目はバーに行こうといい出すと、そのまま夜の沖縄を楽しみ尽くした。

本当に、良い思い出になった最高のビストロだった。

 

思うに、「オーバーツーリズム」という言葉があるように、私たちは観光地にお邪魔する時に、地元の人の生活に無遠慮過ぎる。

これは決して、インバウンドだけの問題ではないだろう。

きっと先のビストロの店主も今まで、観光客から不愉快な思いをたくさんさせられてきたのではないだろうか。

 

そんな背景を理解しようとせず、「俺は客だぞ」などと言う態度で“席移動”に抗議し、あるいは不機嫌な態度で食事をすればどうなるか。

お互いにとって不幸な、全く実りのない時間になったのは目に見えているではないか。

 

逆に相手の事情を理解し、感謝や共感とともに食事を楽しませてもらったら、思いがけないサービスやお心遣いまで頂くことになった。

狭い店内なので、一つ一つの料理をウメエウメエと言いながら楽しむ私たちの会話はきっと、店主にも聞こえていただろう。

 

「あのお客さん、とても楽しんでくれてたな」

そんな印象で店主の記憶に残ることができれば、これほど嬉しいことはない。

いろいろな意味で大事なことを学ぶことができた、思い出深い沖縄出張になった。

 

「貰い物なんですが…」

話は冒頭の、牛丼屋のオッサンについてだ。

なぜこういった負の感情を周囲に撒き散らすオッサンは、現金をドブに捨てているのと同じなのか。

沖縄での体験をお話した後に多くの言葉も要らないだろうが、そうもいかないので少し言語化してみたい。

 

私が沖縄のビストロで体験したことをシンプルに言えば、

「気遣いや感謝を言葉で伝えたら、きっと良いことがあるよ」

という、ただそれだけのことだ。

 

誰だって、一度や二度、そんな経験があるだろう。

学生時代、学食のオバちゃんと友だちになったら、唐揚げをたまに1個サービスしてくれた。

行きつけの町中華に出張のお土産を持っていったら、いつもより盛りが多かったとか、そんな些細なことである。

 

「なんだ、見返りを期待して感謝や気遣いを言葉にしろということか」

そう思われても、一向に構わない。

負の感情を撒き散らすことと違い、感謝や気遣いを周囲にばら撒くことで不幸になる人など、誰もいないのだから。

そして感謝や気遣いの見返りが返って来た時に本当に幸せなのは、実は自分自身である。

そうすればきっと、次は本心からそうしたいと思えるようになるはずだ。

 

「そんなこと、もちろん意識している」

そう思う人もいるだろうか。

確かに、飲食店や小売店で店員さんや店主さんに、小さな心遣いで応えることを意識している人は多いかも知れない。

 

しかし同じ想いを、同僚や上司、部下、お取引先、夫や妻に対しても向けている人はどれだけいるだろう。

感謝や気遣いには多くの場合、少なくない“見返り”があることを知っているにもかかわらずである。

 

断言しても良いが、感謝と気遣いは誰にでも無限に発行できる「疑似通貨」だ。

 

いつもありがとう

美味しかった

楽しかった

良い思い出になります

 

そんな言葉は、相手の心の中の「預金通帳」にどんどんと貯まっていく。

しかも、引き出しても無くならない好意として、ずっと印象に残り続ける。

それは時に、金銭的な見返りとして返ってくるかも知れないが、そんな程度の“資産”ではないことなど、きっと多くの人が知っているはずだ。

 

「感謝と気遣いは、誰にでも無限に発行できる疑似通貨」

ぜひそんな想いで、たくさんの人の心に「貯金」をしてほしいと願っている。

 

余談だが、沖縄出張で買った「ちんすこう詰め合わせ」をなじみのお蕎麦屋さんにお土産で持っていった時のこと。

蕎麦前の唐揚げは3つも増量され、お刺身5種盛り合わせは8種ものっけたすごいお皿が出てきてしまった。

 

さらに、帰り際、

「貰い物なんですが、私飲まないんです」

という“口実”で、純米大吟醸の高価な日本酒のお土産まで手渡されてしまう。

ちんすこう詰め合わせ、1,800円だったのに…なんか申しわけありません(泣)

 

次の訪問の時には、さらに店主に喜んでもらえるお土産を心を込めて、持っていこうと思っている。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

猫がツンデレと言う人は多いのですが、私はウサギのほうがツンデレだと思います。
機嫌がいいときは「撫でて撫でて~♪」とよってくるのに、機嫌が悪いと眺めているだけで足ダン(威嚇)してくるんです。
かわいいですよ~(^v^)

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fecebook:桃野泰徳

運営ブログ:日本国自衛隊データベース

Photo by:Miquel Parera