もうかなり前の話だ。
ある会社で、「会社案内・パンフレットのリニューアルをする」と言うプロジェクトが持ち上がった。
社長は一人の人物をプロジェクトマネジャーとして任命し、予算を付け、
「後はよろしく」
と、仕事をまかせた。
ところが半年後、ようやく社長は気づいた。
全くプロジェクトが進んでいないことに。
「どうなっているのか」とプロジェクトマネジャーを問い詰めたところ、彼は外注に丸投げしたまま、何もしていなかった。
外注側も、仕様が固まらず、プロジェクトは完全にスタックしていた。
社長は彼に話を聞いたが、彼は「外注から返事が無くて」の一点張り。そこで、社長は彼に要求した。「資料を出せ」と。
ところが彼は「出せない」という。
何か隠しているのではないか、おかしいのでは、ということで、皆でメールのやり取りや資料などを調べると、実質、彼が事実上、「外注に依頼をし、あとは本当に何もしていない」ことが発覚した。
細かく調べていくと、彼は「次に何をしたらいい」が全くわかっていなかったし、スケジュールさえ引いていなかった。
外注からの「ここの仕様は?」「ここの文言は?」「商品説明は?」といった問い合わせにも、まともに答えていない。
「何をしたらいいか自分もわからない」ので、答えられなかったのだ。
気の毒に、彼は無能の烙印を押されてしまった。
*
「タスク管理」という技術がある。
端的に言うと、大きな仕事は小さく分けて処理しよう、と言う発想をもとに、「あいまいな状態の仕事を、明確に定義された小さな仕事に分割し、実行可能にする」技術だ。
この「小さく分けて処理」する技術は、ある意味人類の偉大な発明であり、大抵の難易度の高い仕事にこの技術を使うことができる。
数学の問題。
実験プロトコル。
プログラミングやシステム開発。
企業再生。
巨大な橋をかけること。
人間を遠い宇宙に送り込んだりすること。
これらはすべて「小さく分けて処理する技術」を礎にしている。
ゆえに、「タスク管理の技術」は、すべての社会人にとって、必須とは言わないまでも、
「身につけておくとかなり得をする技術」だと言える。
特に、高度な知識労働には不可欠だと言っても良い。
上のプロジェクトマネジャーは、当時の状況から、「タスクを切って、仕事を管理する」能力を持っていなかったため、仕事をスタックさせてしまったとわかったので、その後、彼の後任に、若手の女性が任命された。
彼よりもさらに若く、経験不足が懸念されたが、他にやる人がおらず、「任せるしかない」となった。
すると、誰に教わったわけでもないのに、彼女は易々とプロジェクトを進行させ、3か月でリニューアルの仕事をこなしてしまった。
経験や年齢によらず「優秀な人は、教わらなくてもできるのだな」と、皆感心した。
しかし私は不思議だった。
「タスクを切って、仕事を進める能力」とは一体何なのだろうか。
これほど大きな差があり、「できる人には難なくできる」のに、「できない人には全くできない」のはなぜなのか。
*
実は、この能力はIQといった指標で測定される「認知能力」に強く依存する。
人によって差が出やすい、知的活動だ。
ノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマンはこの能力を「実行制御」と呼ぶことを紹介し、取り上げている。
システム2に備わっている決定的な能力は、いわゆる「タスク設定」ができることである。すなわち、慣れていない作業を指示されたとき、それに応じられるよう記憶をプログラムすることができる。
たとえば、「このページに出てくるfの文字をすべて数えなさい」と言われたとしよう。これは、あなたが前に一度もやったことのないタスクであり、自然に思いつく類いのものでもないが、システム2はちゃんとやってのける。この作業をうまくこなせるよう注意力をセットするのにも、実行するのにも、努力が必要だ。しかし何度もやれば必ず上達する。
心理学では、このようにタスク設定を導入し完了するプロセスを「実行制御(executivecontrol)」と呼ぶ。そして神経科学は、主に脳のどの領域が実行機能を司るのかをすでに突き止めている。そのうち一部の領域は、対立や矛盾を解決するときに活動する。このほかは前頭前野と呼ばれる、他の霊長類に比べてヒトでよく発達した領域で、こちらは知能を必要とする活動に関わっている
実行制御はまた、「人と他の霊長類」でも大きく差のある能力であり、知能が高い動物ほど、曖昧な仕事を、「注意深く分ける」ことに長けている。
AI研究で知られる、東大の松尾豊は、学習の根幹は「分ける」行為であるという。
うまく「分ける」ことができれば、認識や判断が可能になるし、理解も進む。
戦略コンサルティング会社のマッキンゼーは、「MECE」(もれなくダブりなく分ける)ことを整理の基本的な概念としているが、これも大きくて曖昧な概念を理解し、処理しやすくするためだ。
プロジェクト管理のグローバル・スタンダードであるPMBOKは、WBS(ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー)と言う概念を使って、プロジェクトを分割し、進捗管理を行うことを標準としている。
4Cや4Pなど、世の中にある数多くのフレームワークは、「分け方の概念」を提供し、理解を早く進めるために用いられる。
NHKの小学生向けの番組「テキシコー」は、「分解・組み合わせ・一般化・抽象化・シミュレーション」をプログラミング的思考という枠組みで括っている。
「分けるのがうまい」のは、それだけで大した才能なのだ。
*
つい先日にも、私の知人が「中小企業向けのタスク管理ツール」について、感想を求めてきた。
彼は「タスク管理ツールは、実行力が弱い中小企業にこそ役立つ」と言うのだ。
しかし、「実行制御」の能力がレアである以上、タスク管理の本質はツールの有無ではない。
どんなツールを使おうと、「タスクをちゃんと切れる人」が少ないのだ。
多くの人がうまくタスクを切れない
↓
タスクを切れる管理者に負荷が集中する
↓
タスク管理が機能しない
↓
タスク管理ソフトも使われない
↓
タスク管理の試みそのものがとん挫する
という流れになる。
「じゃ、ちゃんとやってね」
という段階に来ると、残念ながら多くの組織が挫折をしてしまう。
松尾豊氏が指摘するように、「分ける能力」は、「理解する能力」と同値だ。
であれば、それなりの経験と、知的水準をもつ人間にしか、「タスクを切る」ことは困難なのかもしれない。
言い換えれば、タスクを切れる人は、知識労働に向いていることのの証でもある。
冒頭で紹介した会社は、プロジェクトマネジャーの任命を完全に間違えていた。
それは会社側に責任がある。
しかし同時に「タスクを切る」ことは実は特殊な能力を要求され、だれでも簡単にできる仕事ではない、ということを、もう少し我々は認識すべきかもしれない。
「簡単にできるだろう」と、思って、不適切な人に仕事を与えてしまった、上の会社のような悲劇を防ぐために。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」55万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
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