まだ駆け出しのコンサルタントだったころ。

私は様々な企業の「人材育成の仕組み」を作る手伝いをしていたことがある。

 

その際に必ず議論になるのが、「出世するには、どのような能力が必要なのか」だった。

この議論は複雑で、

「論理的思考力」

「コミュニケーション能力」

「目標達成能力」

「資格」

「人材の育成力」

など、様々な側面から検討がなされた。

しかし、個人的に最も説得力があったのは、ある会社の経営者の考え方だった。

 

 

「安達さん、他社さんでは、必要な能力に何を設定してるの?」

と、社長は、人材評価シートのサンプルを見ながら、私に問いかけた。

 

「御社と同じ規模・業態だと、やはりコミュニケーション能力と論理的思考力をあげる会社が多いですかね。」

と私は無難な回答をしたつもりだった。

 

しかし百戦錬磨の経営者を簡単にごまかすことはできない。

すぐに突っ込まれてしまった。

「それって本質的に重要な能力なの?」

 

私は困った。

重要でないとは言えない。しかし、本質的か、と言われると困る。

他よりも重要である理由を、うまく説明できないからだ。

 

社長は私を問い詰めるのではなく、自問自答していた。

「ビジネスの能力の根幹って、何なんだろうね……」

 

そして、しばらく考えた経営者は、ぽつりと言った。

「ああ、そうか。学習能力だ。」

 

 

つまり、経営者が言いたかったのは、こういうことだ。

 

学習能力は、上に挙げたすべての能力の礎となる。

例えば、学習能力が高ければ、仕事をすぐに覚え、ミスを繰り返すことも少ない。

新しいことに対して開放的で、素直である。

他者と意見が対立したとしても、その場で相手の思考を学習し、意見や言葉を修正する。

本を読むたびに新しい語彙を獲得し、新しいコンセプトを生み出す。

 

どんなスキルを身につけるときであっても、誰もが最初は「学習」から入るがゆえに、様々な「スキル」の獲得も早い。

 

だから、学習能力は、あらゆる知的能力の根幹をなしている

それらはビジネスにおいて、すべて必須とも言える要素であり、「成果をあげる人」の主要な条件の一つでもある。

 

採用の基本方針は「学習能力の高い人材を見つける」

それ以来、自分自身が採用面接官をやるときの基本方針は、「とにかく、学習能力の高い人材を見つけよう」だった。

しかし、「学習能力が高い人材」は、どのように見つければよいのだろう?

これは難問だった。

 

例えば、コミュニケーション能力が高く人好きのする人物であっても、学習能力が低く、同じミスを繰り返したり、物覚えが悪いようでは長期的には使い物にならない。

 

「知識の習得が好き」とアピールする人であっても、「好きなことには意欲を見せるが、それ以外に興味を持たない」人も少なくない。

彼らは、「専門バカ」の烙印を押されておしまいだ。

 

そして、残念ながら学歴や資格も、学習能力の指針として、それほどアテにならない。

経験したことのないタスクを投げると、途方に暮れて止まってしまうなど、学習能力が高いのではなく、言われたタスクを処理する能力が高いだけ、というケースが珍しくないからだ。

 

無論、「経験年数」もあてにならない。

下手に知識が多いほど、学習を避けて自分を正当化しようとすることが多くなるからだ。

それは学術的には「知識の呪い」と言われる。

多くの経験や情報を持っているために、「簡単なこと」「明白なこと」と考えてしまうからだ。

認知心理学者が教える最適の学習法  ビジュアルガイドブック

認知心理学者が教える最適の学習法  ビジュアルガイドブック

  • ヤナ・ワインスタイン,メーガン・スメラック,オリバー・カヴィグリオリ,岡崎善弘,山田祐樹
  • 東京書籍
  • 価格¥1,683(2025/06/17 03:49時点)
  • 発売日2022/08/29
  • 商品ランキング24,962位

 

 

あれこれ思索を巡らせたが、それは後になって解決した。

それは、一人の「学習能力の高い」部下の発言からだった。

 

彼に「君は、やる気があっていいね」といったところ、

やる気なんか別にないっすよ。やらないとダメだから、やっているだけです。

といった。

「仕事が好きなんだね?」

と聞き返したが、彼は言った。

いや、別に好きでもないっす。さっき言った通り、やらないとダメだからやっているだけです。

 

私は不思議だった。

「好きでもなく、やる気もない」のに、自らの貴重な時間を投じて、学習を行っていたのだ。

 

しかし、彼を観察するうちに、疑問は徐々に解けた。

実は多くの場合、新しい学習の妨げとなるのは、「モチベーションがわかない」という釈明であったり、「嫌いだから」「面倒だから」という言い訳だ。

そういったことを全く意に介さず、「必要があればやります」という態度。

 

好き嫌いやモチベーションを言い訳にせず、「成果のためにやるべきかどうか」だけで行動力を発揮すること。

それが「学習能力の高さ」の正体だった。

したがって面接では「行動実績」に係る話だけをすれば、ほぼ「当たり」を採用することができる。

 

 

よく「素直さ」が学習のポイントだという方がいる。

そういう説明でも構わないが、個人的には「素直さ」という概念は、範囲が広すぎる。

また、素直に「ハイハイ」と人の意見を聞き入れることは大事ではないとは言わないが、肝心の行動が伴わないことも多い。

 

そうではなく、やる気も好き嫌いも、とにかくいったん脇において、あらゆる場面において

買う。

試す。

やってみる。

聞いてみる。

読んでみる。

このような行動をとる能力こそ、学習能力の高さの現れだ。

 

昔、一つの記事を書いたことがある。

そこでは「できる人の身極め」の一つの方法として「勧められた本をすぐ買うかどうか」を挙げた。

目の前の人が「できる人」なのかどうかを見極める、超簡単な方法。

目の前の相手のすすめる本を買う行為は、その人の考え方の縮図なんだ。人の思想に対するオープンさ、新しい物を受け入れる態度、勉強する意欲、本を読むという行為。それに加えて「とりあえず買ってみる」という行動力と勇気。

これらは「目の前の人が勧める本を買う」という行為に現れている。色々な人に会って、これをやったけど、的中率は9割。ほぼ間違わない。

もちろん「勧められた本をすぐ買って読んでみる」ことは、学習能力の高さの一つの現われだ。

 

他にもたくさんこれを示す行動はあるので、観察してみるとよいのではないかと思う。

 

 

【安達が東京都主催のイベントに登壇します】

ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。


ウェビナーバナー

▶ お申し込みはこちら(東京都サイト)


こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい

<2025年7月14日実施予定>

投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは

借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。

【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである

2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる

3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」55万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

頭のいい人が話す前に考えていること

頭のいい人が話す前に考えていること

  • 安達 裕哉
  • ダイヤモンド社
  • 価格¥1,650(2025/06/17 09:55時点)
  • 発売日2023/04/19
  • 商品ランキング113位

Photo:Jess Bailey