「『ろくでもない上司とのつきあい方』というタイトルで、講演をお願いします」
朝日新聞さんから、そんなオファーを頂くことがあった。
なんとかなるだろうと引き受けたものの、何を話せば良いのか考えあぐねたまま、開催日はもう数日後に迫っている。
そして今、ただでさえ薄い髪がますます薄くなるほどに、頭を抱えている。
「そんなもん、答えあるわけ無いじゃん…」である。
そして世の中にはこんな、答えがないはずのものを解説する本や言説が溢れているのだろう。
「この1冊で誰だって大金持ち」
「エリートビジネスマンになる方法5選!」
まさに今、それを100人の聴衆を前に話せと言われ、悩んでいるというわけである。
そんなことで頭を抱えている時、ふと昔の記憶がよみがえった。
そうか…あれこそまさに、「ろくでもない上司とのつきあい方」の本質じゃないのか、と。
何かがおかしい…
話はもう、40年近く前のことだ。
中学校の卒業式で私は、一人の女子からこんな告白をされる。
「桃野くん、もし彼女さんおらへんなら第2ボタンもらえへん?」
平成生まれの世代に通じる自信がないので、少し解説したい。
昭和の頃、学生には
「卒業式の日に女子が告白し、好きな男子の制服の第2ボタンをゲットする」
という奇習があった。
モテるイケメン男子など、第1ボタンから第5ボタンまで全て奪われる剛の者までいたほどだ。
心臓に一番近い第2ボタン、その次が第3ボタンに価値があるなどと、それなりに浸透していた文化である。
しかし一つ、問題…というか疑問があった。
その女子はとんでもなく美人で、しかも超お金持ちエリアの大豪邸に住むお嬢様だったのだ。
父親は大学教授、母親はピアニストという、昭和のマンガの定番のような良家のお嬢様である。
由緒正しき庶民の私と接点などない。いや、おそらく嫌われていたようにすら思う。
そんな彼女からいきなり、卒業式の日に第2ボタンを欲しいと言われたのである。
「こんなもんで良ければ…。でも森さんと俺、あんま付き合いなかったよね?」
「私、なにかに真剣な男の人が好きやねん。桃野くんの勉強とかスポーツに打ち込む真剣さ、いつも遠くからみてて素敵やと思ってたん」
「そうなんや、ありがとう。嬉しいわ」
こうして私は第2ボタンを失い、全ボタンが揃っている同級生たちへのスーパー優越感を感じながら無事卒業した。
「お前、自分で取ったくせに!」
「どこに捨てたねん、見栄はるな!」
などと喚く友人たちの嫉妬が、今も耳に心地よく残っている。
そして高校に進むのだが、進学先は当時、日本屈指の学費で知られる私立だった。
そのため、同級生の親の職業は会社経営や開業医などは当たり前で、地域柄、伝統芸能に携わる俳優や職人、伝統文化の総家元の子女などもいる。
中でも圧巻だったのは、学校祭の打ち上げの時である。
当時、まだ未成年の飲酒に緩い時代だったので打ち上げは居酒屋でやったのだが、クラス35人が参加した飲み会の支払いの時、某総家元の息子がこんな事をいう。
「俺が立て替えとくわ。みんな明日、一人5,000円でいいんで持ってきてな」
つまり彼は、少なくとも175,000円を立て替えたのだ。
ちらっと見えた彼の財布には、16歳の私には見たこともない札束がギッシリ入っていた。
一方の私は、毎月のお小遣いが1,500円の量産型ザクである。
場違いな高校にきてしまったと震え上がり、キョロキョロしながら、それでもなんとか場に馴染んでいった。
そんなある日、第2ボタンをもらってくれた件の“森お嬢様”から電話が掛かってきた。
彼女の進学先は、同じ地域の名門女子高。
そろそろ高校生活も落ち着いたやろし、久しぶりに会わへん?というお誘いである。
(もしかしてこれ、高校1年生にして初めての彼女ゲットの流れなのでは…)
そんなウキウキでデートの誘いに乗り、「からふねや珈琲店」で待ち合わせた。
女の子と2人だけの、初めてのデート。
初めて食べたエビドリアに、デザートのティラミス。
目の前には、とんでもなくかわいい良家のお嬢様…。
夢のような時間に、後は告白タイムかとワクワクが止まらない。
そんなデートの終わり際、駅に向かって歩いてると意を決したように、彼女が話し始めた。
「ねえねえ桃野くん。私の高校の女子と桃野くんの高校の男子で一度、バーベキューパーティとかやらへん?」
「…ん??」
「ほら、やっぱり桃野くんの高校のすごい人らと、知り合いになれたらいいかなって」
なんか腑に落ちない。というか違和感があるぞ。
とはいえ、もしかしたらその場で正式に告白するのかな?と、スーパーポジティブに解釈する。
「なるほど、ええよ!じゃあお互いに5人ずつくらい集めて、10人くらいでやろうか!」
「本当!?ありがとう、嬉しい!」
そう言うと彼女はお別れの握手を求め、反対方向の電車に乗って帰っていった。
…結果は、お察しである。
森お嬢様はバーベキューパーティ当日、一番のイケメン&金持ち男子に連絡先を聞くと、そのまま二人はお付き合いを始めてしまったのだった。
言うまでもなくその後、私には電話の1本すら掛かってくることもなかった。
(女ってしたたかやな~…)
当時は正直、そんな感想しか無かった。
「あの経験のおかげで、女性の怖さを知った…」と長年、良い教訓になっていたほどだ。
しかし今は、こう考えている。
彼女のあの行動にこそ『ろくでもない上司とのつきあい方』の、汎用性の本質が隠れているのではないのかと。
人生の“勝利条件”
いったい彼女の行動のどこに、そんな本質が隠れているのか。
拙著、『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)にも書いていることと被り恐縮だが、少し解説したい。
陸上自衛隊で幹部自衛官に任官される者は皆、「任務分析」という教育を、そのキャリアの最初期に受ける。
あらゆる任務で「必成目標」、すなわち絶対に達成しなければならない目標を、必ず意識する。
同時に「望成目標」、すなわち達成が望ましい目標も必ず描き、あらゆる任務に臨む。
これは決して、目先の任務だけではない。
短期、中期、長期でこれら「必成目標」「望成目標」を立てる。
このリーダーシップ論に照らした時、森お嬢様の行動は、極めて合理的だ。
中学を卒業する時、私の進学先が、いわゆる”良家”の子女が集まる高校であることを知った彼女は、大して好意があるわけでもない私に近づき、第2ボタンをリクエストした。
おそらくこの時の彼女の「必成目標(長期)」は、以下である。
「イケメンでお金持ちの家の彼氏をゲットする」
そのために為すべき「必成目標(短期)」は、明らかだろう。
「別に要らんけど、桃野に第2ボタンをリクエストしてその気にさせる」
そして彼女は、それらひとつひとつを達成し、見事に結果を出した。
これを中学3年生や高校1年生でやり遂げるなど、すごいことである。
この事例を援用すると、『ろくでもない上司とのつきあい方』のヒントが見える。
多くのビジネスパーソンにとって、人生の「必成目標(長期)」は、例えば以下のようなもののはずだ。
「幸せになること」
「自分らしく生きること」
「仕事で成果を出し、独立すること」
そして『ろくでもない上司』がその障壁になっているのであれば、「必成目標(中期)」は、例えば以下のようなものだ。
「転職などで新しい環境を求める」
「副業・複業などを通じて、別の選択肢を準備する」
「仕事で結果を出し、上司の影響力を排除する」
さらにこの目標を達成するための「必成目標(短期)」で想定されるのは、以下のようなものだ。
「上司の価値観に耳を傾け、関係改善に努める」
「自分の強みを整理し、進むべき道を見定める」
「ゴマをすって味方につける」
これら長期・中期・短期の必成目標で何をどう選ぶかは、一人ひとりが置かれている立場、価値観によりそれぞれだ。
正解などないし、もちろんこれら事例に限られるものでもない。
そして多くの人は、この「必成目標」「望成目標」という概念を持ち合わせていないために、
「とにかく、ろくでもない上司から逃れたい」
という想いに苦しみ、どうすればいいのかわからないままに毎日会社に向かい、ただただストレスに晒され、定時まで我慢して帰宅の途につく。
そんな人生を送っていれば、心身がどんどん疲れてしまって当然ではないか。
そんな時に、この「人生の任務分析」という概念を持つことができれば、どうだろう。
そうすれば、必成目標(短期)として、
「大して好きでもない人に第2ボタンを貰いに行く」
ことなど、何のハードルにもならないような気がしないだろうか。
最終的に、必成目標(長期)を達成することこそが、人生の“勝利条件”なのだから。
ぜひひとりでも多くの人に、この自衛隊リーダー教育の知恵を活かして、”人生の任務分析”をして欲しいと願っている。
講演会ではそんなことを話そうと思うが、さてどうなるだろうか…(汗)
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
人前で話すのは苦手なんです。
もうこれ以上、私の髪の毛を薄くしないでください…。
X(旧Twitter) :@ momod1997
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Photo by:Dick Thomas Johnson