facebookを開くと、関根さんからメッセージが入っていた。

また仕事の依頼だろうか?

 

関根さんは地元の広告代理店の営業部長で、行政絡みの仕事を多く手がけている人だ。

ハンドメイド作家として活動していた私は、自治体が主催するイベント会場で子供向け雑貨作りのワークショップを頼まれるなど、関根さんからしばしば仕事を回してもらっていた。

 

しかし、残念ながら今回のメッセージは、報酬が発生する仕事の依頼ではなかった。

 

「お世話になっております。実は、ゆきさんにお願いがあります。来週の土曜に開催される県主催の婚活セミナーなのですが、申し込みが少なくて困っています。もし来週末にご予定がなければ、サクラとして参加していただけないでしょうか?助けてください。どうぞよろしくお願いします!」

 

えーーー…。

あぁ、婚活セミナーって、最近やたら関本さんがfacebookに投稿している、あの県が主催するやつかぁ。そういえば、テレビで宣伝もしていたな。

確か土曜日に婚活セミナーをやって、日曜日は海辺で婚活パーティをするんだっけ。今回のイベントは関根さんが企画と運営の責任者なのかな。

 

なるほどね。あのセミナーは参加者が集まっていないのか。やっぱりね。

だって、仮に私が結婚願望がある独身だったとしても、自治体主催の婚活セミナーに行くのは嫌やもんね、普通に。

 

ノコノコ出かけて、もし知り合いに会ったらめっちゃ気まずいやん。一瞬で噂が回ることを考えたら頭痛がするやん。

周囲に婚活してるって知られて、焦ってるみたいに思われるのも嫌やん。生活しづらくなるやん。

田舎の地域社会の狭さをなめとんのか、まったく。たとえ真剣に結婚したくても、あんなの絶対行かんわ。

 

と、思っていたセミナーだったが、企画した本人であろう関根さんにそんなことは言えない。

いつも仕事でお世話になっている関根さんから「困っているから助けてほしい」と頼まれた以上は、無碍にできない。だるいな〜とは思いつつ、

「分かりました。特に予定はないので、いいですよ。参加します」

と返信した。

 

セミナーの当日、会場に着くとエレベーター前で関根さんに会った。

「ゆきさん、本当に今日はありがとうございます」

「いえ、ははは。大変ですね」

「もう会場は開いてますので、お好きな席へお座りください。自分は、講師の先生を迎えにいってきます」

 

300人収容のホールに入り、私は真ん中あたりの席に陣取った。

あ〜あ、なんでこんなでっかいホールを会場に選んじゃったんだろう。

これじゃ最低でも100人分の席が埋まらないと格好がつかないのに、開始10分前の会場に居るのは、ざっと見たところ50人がせいぜい。その50人中いったい何人が私と同様に、関根さんに召集されたサクラなんだろうか。

 

斜め前に座っているいかにも遊び人風のイケメンは、きっと関根さんの夜遊び仲間だ。あんな派手な男が女に困るはずがないので、絶対に婚活なんぞに興味ない。

さっき後ろの席に座った人は、確か、商工会議所の社員だよな。あの人には奥さんがいるはずだけど、既婚者まで動員してるのか。

えーっと、向こうに座ってる女性は確か、関根さんお気に入りのフリーアナウンサーだ。彼女も仕事を回してもらっている手前、断れなかったんだろうなぁ。

 

そうやってサクラとおぼしき人物を数えていくと、ざっと会場にいる半数以上の参加者がサクラだと思われた。

本気の参加者は15人いるかどうかといったところだ。これでは関根さんが焦るのも無理はない。

 

一連のイベントは、県の少子化対策として催されたものだ。結婚を希望する県内の独身男女を支援して、婚姻数を増やし、子供を産んでもらおうという筋書きである。

多額の税金(国からの交付金)が投入されているが、企画立案も運営も広告代理店に丸投げなのだった。

 

これだけお金をかけて企画して、宣伝して、でっかい会場を用意して、盛大にコケたとなると、責任者である関根さんも立つ瀬がないだろう。

企画を承認した県職員の人たちだって立場がないに違いない。必死にサクラをかき集めるはずである。

 

そんなことを考えながら、開会の挨拶としてスピーチをする役人の長い話を聞き流した。

家庭を築いて、子供を産み育て、地域を支えてほしいなんて言われても困る。

私はすでに結婚して、離婚して、子供を2人産み育て、まもなく再婚予定だが、もう次の夫とは子作りを考えていなかった。

 

まだギリギリ産める年齢とは言え、子育てだけで人生を終えたくない。

ようやく子供たちが手を離れる年齢になったので、これからは自分自身の人生とキャリアを考えたいのだ。それを理解してくれるパートナーだからこそ、二度とごめんだと思っていた結婚をもう1度するのである。

国のためとか地域のために子供は産めない。愛する2人の子供たちは、あくまで私が欲しかったから産んだのである。

 

ダラダラと長く反発しか感じないスピーチが終わると、いよいよ講師が登壇した。

で、お前は誰やねん?

 

恋愛コンサルタントという肩書きで本を2冊出しており、恋愛弱者を相手にオンラインサロンをしているそうだが、著名人とは言い難い。ほぼ世間の誰も彼を知らないだろうし、何の実績があるのかも分からない。

やたら態度がデカくて偉そうだが、「お前、絶対に女にモテへんやろ」と思ってしまう。

 

この講師の容姿について語ると「ルッキズムだー!」とある種の人々が湧いて出そうなので割愛するが、彼は黙っていても女が寄ってくる見た目ではなかった。

しかし、見た目の問題ではない。彼の立ち居振る舞いに女を寛がせる余裕がないのだ。

 

こいつはアレじゃないのか?モテたくてしょうがない非モテがいい歳こいてから一念発起して、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式のナンパ師となり、女と寝られるようになったことを「モテるようになった」と脳内変換し、「モテなかった俺が、気づけば100人の女と付き合えた(寝ただけ)」と看板を掲げて超マイナー出版社から本を出したり、セミナーを始めちゃった系じゃないのか?

 

いや、分かるよ。分かる。藁にも縋りたい気持ちの恋愛弱者がコレに引っかかっちゃうのはしょうがないよ。

だけど、関根さんがコレに引っかかって仕事を発注しちゃうのはどうなのよ?

 

まあね、あれよね。一応は本を出しているような自称恋愛コンサルタントで、こんな僻地に講師として来てくれるのがコレしかいなかったっていうことでしょう?

わざわざ東京から、本を出している先生をお呼びしましたよっていう体裁を取ることが、企画を立てる上で重要だったのよね。

 

「いいですか、みなさん。結婚の前に、まずは異性と出会わないといけません。東京の場合は、仕事帰りに六本木ヒルズのBARに行くんです。六本木ヒルズのBARは、非常に良い男女の出会いの場なのです。特に金曜日が狙い目です」

ハア?ここは東京じゃねぇし。東京だったとしても、金曜の夜に六本木ヒルズのBARに集うような男女は、およそ真摯な恋愛にも安定した家庭作りにも向いてねぇだろ。

 

私は思わず顔をあげて、スクリーンの横に立つ関根さんの顔を見た。

「ホントにすみません。俺だってコイツがここまでポンコツだとは思っていなかったんですよ」(滝汗)

と、私を見返す目が語っているような気がする。

 

「私はこの県のことはよく知りませんが、六本木ヒルズのBARのような男女の出会いスポットはありますよね?どうですか?そこのあなた、どうです?このあたりだったら、多くの男女が集まるのはどこですか?」

 

元非モテ、いや現在進行形で非モテであろう講師が質問を投げかけたのは、どっからどう見てもモテて仕方ないだろうと思われる、余裕ぶっこきのイケメンだ。

講師も、なんでこんなのが婚活セミナーに紛れているのか不思議に思い、やりにくさを感じているに違いない。

 

「そうっすね。◯◯◯市場ですかね」

絶対テキトーに答えている。◯◯◯市場は確かに多くの男女で賑わっているが、観光スポットとして人気の屋台村だ。出会いを求める男女がパートナー探しに出かけるようなところではない。

「みなさん、お聞きになりましたか?◯◯◯市場ですよ、みなさん!これからは、仕事帰りには必ず◯◯◯市場へ行ってください!」

 

もはや会場内の温度は下がる一方である。私のようなサクラはただただシラケるだけだが、真面目に話を聞きに来た参加者は相当ガッカリしているだろう。失望しても怒り出す人がいないのは、これが無料のセミナーだからだ。

 

その後も自称恋愛コンサルタントの不毛な話はすべり続けた。私は時おり関根さんに視線を向けたが、関根さんはもう顔をあげていないので目も合わない。いたたまれなさにじっと耐えているのだろう。

真剣に結婚を求める男女にとって何の役にも立たない無駄な時間がどうにか過ぎて、ぐったりした帰り際、またしてもエレベーター前で関根さんに会った。

 

「ゆきさん、あの、本当に今日は…」

「はは…。まあ、東京の話をされても、あんまり応用が効かないかもしれませんね」

「そうですよね。これから先生をホテルに送って行くんですけど、やんわりと伝えておきます。はは…」

 

地方で東京の話を語っても仕方がない以前の問題として、「結婚をするならまず恋愛から」という設定がそもそも違うのではないだろうか。

なんにせよ、今回の企画がこの地域に住む「結婚を求める層」に刺さらなかったのは確かである。

翌日に開催された海辺の婚活パーティも大爆死だったそうだ。

 

 

このエピソードは、今からちょうど10年前の話である。

2024年現在では、まだ出生数が100万人を超えていた当時とは比較にならないほど少子高齢化と人口減が進んでいる。今年の出生数は70万人を切る勢いだ。

 

最近になって「この10年、国は何をしていたんだ!」と非難の声があがるようになったが、国に「少子化対策をやれ」と号令をかけられて地方自治体が実施していたのは、こうした的外れのイベントなのである。

そりゃあ、何の成果も出なくて当然だろう。

 

もういい加減に認めたらいいのだ。

笛吹けども踊らず。いくら若者に「結婚しろ」「子供を産め」「女は地方から出るな」と騒いだところで、人はそのように行動しない。

今の社会の仕組みを持続させるために子供を増やそうとするのではなく、子供と税収が減り続けることを前提にして、社会の方を再構築しなければならない時が来ている。

 

まだギリギリどうにかなっている今のうちにその議論を始めなければならないのだが、地方の政治家たちはいまだに

「少子化対策に力を入れ、子供の数を増やし、活力のある地域を必ずや取り戻します!」

と叫んでいる。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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Twitter:@flat9_yuki

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