「幽霊なんてものは存在しない」

最近、そう思う強烈な体験をすることがあった。

青森県の下北半島に所在する、「恐山」を訪問した時のことだ。

 

おそらく昭和世代であれば、誰もが知っているであろう日本三大霊場のひとつ。

比叡山(滋賀)、高野山(和歌山)とともに、日本三大霊山と呼ばれることもあり、地元では死者の霊が帰る山であると信じられている。

 

そんなこともあるのだろう。

昭和のテレビ番組では、幽霊や心霊スポットといったオカルト番組がとても流行っていたのだが、恐山はその定番だった。

なんせ、昼のバラエティ番組ですら“心霊現象再現ドラマ”を毎日のように放送し、心霊評論家を名乗るオッサンが『霊の思い』を解説していたような時代である。

 

有名な心霊マンガには恐山の“山守”が登場し、

「幽霊なんか見慣れてる。珍しくもなんともない」

と語るシーンが描かれ、こうして恐山は、恐怖の山として昭和世代の心に焼きつけられた。

 

そんな中、つい最近、下北半島を訪問することがあった。

恐山ふもと街での仕事で、前入りすれば立ち寄れる距離感の場所だ。

昭和の頃の記憶がよみがえり、どうしても行きたくなる。

 

本当に恐山は、死者の霊が集まる恐怖の山なのか。

生半可な覚悟で行ってはいけない霊場なのか。

そんな想いで訪問し、荒涼とした霊場を一人で歩いたのだが、その時に感じたのが冒頭の感想だった。

 

青森に入る

そんな恐山に行くのは、本当に簡単なことではない。

三沢空港(青森県)まで飛び、空港リムジンバスに乗り換えると三沢駅まで行く。

駅舎には売店もなく、人影もまばらだ。

 

交通系ICカードどころか、自動改札機もない。

昔懐かしい窓口で行き先を告げると紙の切符が手渡され、すぐ横の改札で同じ駅員さんが検札してくれる。

「お気をつけておでかけ下さい」

「ありがとうございます」

そんなやり取りにも、懐かしい香りに不意打ちされたような感情が動く。

 

目的の大湊駅は、本州最果ての駅。ワンマン電車にトコトコ揺られ1時間30分以上の長旅になる。

1~2時間に1本しか無い路線だが、2両編成の車内は60%ほど席が埋まっていて利用客は多い。

 

無人駅で、大きなお土産を持って降りていく男性。

東京のライブに行った帰りらしき、3人の親子連れ。

アイドルのパフォーマンスを熱く語り、時に意見の違いで不機嫌になる青森弁の会話がとても楽しく、寝たふりで耳をそばだてる。

 

心が動かない

翌朝、一つ手前の下北駅まで戻り、レンタカーを借りた。

「おはようございます、桃野様ですね。お待ちしておりました」

受付の女性は手際よくヤリスを回して、契約内容や事故の際の説明をする。

言葉の端々に青森弁のイントネーションが出て、妙な劣情を感じる。

 

(なんで方言を話す若い女性って、こんなにかわいいんだろう…)

そんな邪な想いを必死に打ち消し、書類にサインをすると慌ててアクセルを踏んで、店を後にした。

 

道中は30分あまり。まさに“ 青森”の名を体現するような、青く深い森林がどこまでも続く。

(ここで車がエンストしたら、死ぬかもしれねえ…)

時にそんな恐怖を感じるくらいには、人はもちろん車の往来もほとんど無い。

 

ふと鼻をつく、強烈な硫黄臭が車内に流れ込む。

森を抜け、荒涼とした岩石質の平野が開けると、明らかに空気が変わった。

(これが恐山か…)

 

車を駐めると、総門(入口)の手前では巨大な「六大地蔵」が出迎え、いよいよ“日本三大霊場”に足を踏み入れる実感が湧いてくる。

 

しかしそこで、一つの違和感をどうしても否定できなかった。

(なんでだろう…ここまでして来たのに、全く心が動かない)

総門前の「六大地蔵」:筆者撮影

 

賽の河原でみたもの

(なぜだろう…全然ありがたみを感じない)

”三大霊場”の他の2つ、比叡山や高野山を訪れた時の恐れ多さがまったく入ってこない。

魂を感じることができない造形物という印象すら覚え、このままでは罰が当たるという変な恐怖すら感じる。

 

そんな自分に戸惑いながら総門を抜け、奥へと進んでいく。

しかしそんな違和感は、山門の手前まで来たところで強烈に上書きされることになる。

 

山門前に鎮座する、お地蔵様。

その手前には無数の石が積み上げられ、マジックで何かが書かれているものがある。

 

「生まれてきてくれてありがとう」

「必ずそっちで会おうね」

よく見ると多くの風車に混じり、電車らしき子供のおもちゃも積まれている。

(そうか、ここは自分より先に亡くなった子を想い、親が供養に訪れる場所なのか…)

恐山山門前:筆者撮影

 

ふと気がつくと、右手で左胸を押さえながら、涙を流していた。

比叡山や高野山とは全く違う信仰の場であることを理解し、自分の浅はかさを恥じた。

 

親より先に子が亡くなることは、仏教では大きな罪の一つとされる。

そのため三途の川のほとり、賽の河原で鬼に足止めをされ、渡ることができない。

つまり成仏が許されないのだが、子供たちは罪を許されようと、仏塔(石積み)をつくる。

毎日毎日、小さな手で一生懸命に石を積むのだが、仏塔が出来上がる頃に鬼が来て、それを蹴飛ばし破壊する。

それでも“親を悲しませた罪”を償い、成仏するため、毎日石を積む。

 

そう、恐山のいたる所にある、子を想い積み上げられた石はまさに今、鬼に苦しめられて成仏できない子のために親が手を差し伸べる、“共同作業”の足跡ということだ。

子とともに仏塔を積み上げ、子の成仏をお地蔵さんに願う切ない想いが、形になったものである。

そんな石積みが、恐山には無数にある。

大師堂前に積み上げられた石:筆者撮影

 

そして、そんな荒涼とした悲しい景色を歩きながら私は学生時代の、一人の友人のことを思い出していた。

 

”クズを極めてやる”

本当に頭が良く、面倒見のいい男だった。

スポーツも万能で、女性にもモテた。

就職氷河期の中、大手都銀から早々に内々定を取り付けるなど、本当に優秀なヤツだった。

 

そんな彼だが、入社後わずか5年ほどで仕事を辞めたと聞き、驚く。

さらにその後、不定期に日雇いのアルバイトをしてタバコ銭を稼ぐだけで、引きこもりに近い実家生活になってしまったという。

そんな噂を聞き、たまりかねて居酒屋に誘い出すことがあった。

 

「どうしたんや、お前らしくもない。1回の失敗くらい、なんでもないやろう」

「仕事の話は聞きたくない。ほっといてくれ」

「地元の中小企業に再就職したら、お前なら間違いなく重宝されるぞ?」

「中小企業の管理職なんか、100万もらってもやりたくないわ。もうその話はやめてくれ!」

 

会話が噛み合わず、1時間あまりで別れた。

それから20年以上になるが、今彼がどこで何をしているのかわからないし、正直、彼のこともすっかり忘れていた。

しかし今、あの時の彼の気持ちがとても良く理解できる。

 

彼は完璧主義で、とても自分に厳しかった。

ストイックな性格で、鬼気迫ると言ってもいい姿勢で勉強にもスポーツにも打ち込むヤツだった。

彼はきっと、“ありふれたどこにでもいる人間”になる自分が許せなかったのだろう。

 

だからあの時、きっとこんな事を考えていたはずだ。

「一度堕ちたのだから、クズとしてクズを極めてやる」

 

あの時、彼に必要だったものはきっと2つ。

「特別な人間なんていねーよ。いつまで小学生やってるねん」

という、当たり前の事実を受け入れる現実感。

 

2つ目は、ぽっかりと空いてしまった、”できる自分像”という依存を埋めるなにかだ。

彼にそれをアドバイスできなかった自分を、申し訳なく思っている。

 

恐山には何があるのか

なぜ恐山を歩いている時に、そんな彼のことを思い出したのか。

この山は「子を失う」という、およそ人としてこれ以上ない深い悲しみ、喪失感と向き合う場であることは先述のとおりだ。

 

そんな時に「自分にはまだ、亡くなった子のためにできることがある」と思えれば、どんな気持ちになるだろう。

いてもたってもいられず山に行き、“子とともに”石積みをすることで、ともに生きた日のぬくもりを感じられるのではないだろうか。

 

だからこそ、この山に「幽霊」など決していない。

ここにいるのは、故人を想いながら今を生きようとする人たちの意志と、親や肉親を想い、その来訪を待ちわびている故人の「魂」である。

面白おかしく恐山をコンテンツ化していた昭和のテレビが作り上げたイメージなど、絶対に許されない。

 

もし今、消息を見失った彼を恐山に連れて行くことができたらならきっと、こういうだろう。

「お前にしかできないことって、まだあるんじゃないの?」

 

荒涼とした地獄のような風景の恐山は最後に「極楽浜」にたどり着き、故人の冥福を確信する。

さらにその先にもう一つのサプライズがあるのだが、それはぜひ、一人でも多くの人に足を運び、体験して欲しいと願っている。

極楽浜:筆者撮影

 

 

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(2025/3/10更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

今回ほど、人の情(じょう)を深く感じたことはありませんでした。
簡単に行ける場所ではありませんが、ぜひ一人でも多くの人に訪れて欲しいと願っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

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