メガトン級「大失敗」の世界史

とてつもない失敗をやらかした時には、迷うことなく本書をお読みください。人類がどれほどヘマを繰り返し、救いようのない災いをまき散らしてきたか。

こんな宣伝文句を見て、おれは『メガトン級「大失敗」の世界史』という本を手に取った。

 

原題は「HUMANS:A Brief History of How We F*cked It All Up」というらしい。

おれは英語圏の四文字言葉の感覚はわからない。いずれにせよ、ヒューマンズの話である。われわれ人類はどれだけ大きな失敗をやらかしてきたのか。

 

失敗は大きく二つにわかれる。人類の人類に対する失敗、人類の自然環境に対する失敗。

前者については専制君主の失敗、民主主義の失敗、戦争の失敗、植民地の失敗、外交の失敗、テクノロジーの失敗……とある。

 

人類の人類に対する、あるいは国家に対する失敗。知らないことがらが多かった。

バイエルンのルートヴィヒ二世や、もちろんアドルフ・ヒトラー、キューバ問題に関するケネディ、このあいだ問題になったコロンブスは有名だ。

だが、病的な窃盗癖のあったエジプトのファルーク一世や、スコットランド財政を破綻させたウィリアム・パターソン、チンギス・ハーンとの外交に失敗してホラズム帝国を消滅させたアラーウッディーン・ムハンマド二世のことなどは知らなかった。

 

テクノロジーに関しては、ポリウォーターや、N線といった病的科学が挙げられている。

 

いや、世界史は広大だわ。ホラズム帝国なんてかなりの版図を誇ったのに、名前すら知らなかった。スコットランド人にとっては、植民地開発に失敗したパターソンの名前は忘れられないだろう。このあたりはWikipediaなど読んでみると興味深いかと思う。

 

人類は国家に対して、あるいは人類に対して大失敗してきた。

 

地球環境に対する失敗

だが、おれがより「人類の失敗やなあ」と思ったのは、地球環境に対する失敗だ。人類が人類に対して失敗するのは、まあなんだ、たかだか人類の話だ。

 

だが、地球環境への影響となると、これはもう別格だ。べつにおれは環境保護主義者とかそういうものでもないが、人間が人間を殺したりすることよりも、地球をどうにかしてしまうことのほうがはるかにでかいと思う。

 

人類は地球生命のなかで特別な存在なのかどうか。ただの一種だという意見もあるだろうし、あるいはどこかの神様に創造された特別な存在だという考え方もあるだろう。神様抜きでも特別な存在だとみなすこともあるだろう。

 

おれはどちらかというと、人類は特別な存在だと思う方だ。神様に関係なく、ここまで知性を持ち、地球環境すら改変してしまう存在というのは、特別、あるいは特殊というしかない。

いや、地球環境の改変については酸素を発生させたシアノバクテリアのほうが大きいとか、土壌を大きく改変させたミミズのほうがすごいという意見もあるだろうが、しかし。

 

なにせ、人類は自らの意思でもって、それをしているのだ。こうやっておれのような人類の末端が思考していることからも、やはり強い意思を持った人類は地球にとって特別、特殊なのだ。

 

そして、その人類はどうも地球環境に対してよくない影響を及ぼしてきた。「人類も地球環境の一部だよ」というには、どうにもやはり影響のしかたが違うなと思うのだ。

 

気やすく24羽のウサギをオーストラリアに輸入した結果

本書では「気やすく生物を移動させたしっぺ返し」という章がある。

そこでまず紹介されているのが、オーストラリアに移住したイングランド人、トマス・オースティンだ。1850年代ごろ、オースティンは祖国で流行している通りの大庭園を作り上げた。オースティンが世を去ったあとには「ここでも祖国でも並ぶ者がいない、古きよきイングランドの真っ当な田園紳士と言うべき人物」と評されたほどだ。

 

が、この人物のちょっとした思いつきがオーストラリアの生態系をむちゃくちゃに狂わせた。24羽のイングランドのウサギを輸入したのだ。

「ウサギを何羽か入れてもまず害はないし、母国にいる雰囲気を味わえて、ちょっとした狩りのお楽しみができる」と彼は手紙に書いた。

「まず害はない」というの大間違いだった。2年後には「何千羽」にもなった。1920年には100億羽になった。むちゃくちゃだ。

ウサギどもは草木を根こそぎ食べ、植物の多くの種を絶滅に駆り立てた。そればかりではない。オーストラリアの動物もまた、ウサギとの食物との争奪戦で、絶滅の危機に追い込まれた。土を絡めていた植物の根がなくなったせいで土壌が崩壊し、侵食が起こった。

たとえばイエネコは侵略的生物としてかなり強力な存在だ。

おれもおまえも地球も猫に征服されている _ Books&Apps

さて、このような猫に頭をやられた人間が一冊の本を手に取った。『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』である。発売時に話題になったかもしれない。

しかし、草食系のウサギとて、その数が莫大なものになれば、植物を根絶やしにし、その植物を食べていた動物も絶滅の危機においやる。

このおおもとが、ある一人の人類のたった24羽のウサギだったというのは驚きだ。それ以外にもウサギが輸入されていた例もあるらしいが、とにかく100億羽になったもとはそれなのだ。

 

その後、オーストラリアはウサギの駆除に悩まされた。駆除に賞金を出したり、生物戦を仕掛けたりした。

生物戦。蚊を媒介とした粘液腫病。それは一旦効果が出たが、蚊のいない地域では効果がなく、やがて抗体を持つウサギが繁殖した。

 

1990年代にはウサギの出血性疾患のウイルスが研究された。これは離れ小島で研究されていたが、うっかり流出して本土にいたった。いたった結果、効果があった。しかし、そのウイルスが本来のウサギの生息地であるヨーロッパに持ち込まれたら? そんな懸念もある。

 

毛沢東とシェイクスピア

ウサギは「羽」と数えられる(べつに「匹」でもいいが)が、「羽」といえば鳥だ。

鳥も人為的に減らされたり増やされたりしている。

 

毛沢東とスズメの話は有名だろう。感染性の病気に悩んでいた毛沢東がマラリアを広める蚊と、ペストを広めるドブネズミを駆除する運動をはじめた。

しかし、それと同時にうっとうしいという理由でハエと穀物を食べるスズメも撲滅の対象に入れた。

 

スズメが1億羽と推定されるほど大量に駆除された結果、引き起こされたのはイナゴの大発生だった。

中国の大飢饉の原因には、悪名高いルイセンコの疑似科学を取り入れたことなどもあるが、害虫の大発生が決定打だった。これにより、1500万人から3000万人が飢餓によって死んだ。

 

まあしかし、これは結果的に人類が人類に及ぼした大失敗ということかもしれない。

一方で、アメリカにムクドリを放ったニューヨーカーの話もある。

1890年のある寒い初春の日にシーフェリンがしでかしたことは、結果として、病気をばらまき、毎年何百万ドルもの値うちがある作物を台なしにし、飛行機事故で62人もが命を落とす羽目になった。これはどこかの誰かが、ただ自分がどんなに熱烈なシェイクスピアのファンであるか見せつけようとした報いとしては、あまりにも損害が大きい。

このムクドリ、正確にはホシムクドリ。ニューヨークの裕福な薬の製造業者だったユージーン・シーフェリンはシェイクスピアに夢中だった。当時のアメリカはシェイクスピアが大流行していた。そして、海外の動植物を輸入するのもよしとされている時代だった。

 

で、シーフェリンがやったのが、ホシムクドリの輸入だった。その数、たった100羽。そのうちの32羽が生き残り、やがては100万羽になった。100万羽のホシムクドリは作物に襲いかかり、もとからいた鳥を駆逐し、人間にも家畜にも感染症をもたらすことになった。

 

ところで、本書では、シーフェリンが「最も偉大な英詩人の業績をたたえるには、劇中のあらゆる種の鳥をアメリカの空に羽ばたかせることに勝る名案はないのではないか?」と考えたとされている。しかし、Wikipediaのホシムクドリの項を読むとこう書いてある。

なお、この移入に関してはシーフリンが、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲に登場する、全ての鳥をアメリカに定着させたかったから、という理由付けがよくされるが、それを裏付ける確実な証拠はなく、あくまで推測の域を出ない都市伝説である。

本書の著者であるトム・フィリップスは「ニュース記事の事実関係の真偽を確認する慈善団体フルファクトの編集者」とのことだが、さてこれはどうなのだろうか。まあ、少なくともメガトン級の大失敗ではない。

 

「有史以来、地球の大気に最も大きな影響をもたらした生命体」

本書では「二度も地球を汚染した発明家」と紹介されているが、Wikipediaにあったこの表現のほうが強烈なので見出しにする。発明家トマス・ミジリーである。

もっとも本書でもこう書かれているが。

どんな基準に照らしても、彼はこれまでの歴史上、最も地球を破壊した人物と位置づけなければならない。

そこまで言われるのか。というか、そんな人物ならエジソンなみに知られていてもいいように思うが、少なくとも現代日本ではそこまで知名度がないように思う。

 

ミジリーはなにをしたのか。まず、車のノッキングを解消するために、燃料に鉛(テトラエチル鉛)を配合した。有鉛ガソリンの誕生。

鉛は死に至る毒物であり、とりわけ高血圧、肝臓疾患、胎児の先天的異常、脳の損傷の原因となる。子どもへの影響はことさらに大きい。

これが、戦時中から1970年代まで普通に使用されていた。アメリカで有鉛ガソリンが規制されたのは1995年、最後に自動車用有鉛ガソリンが販売されたのが2021年のアルジェリア。それまで世界の公衆衛生を脅かしつづけた。

 

しかも、べつに鉛でなくてもよかった。エタノールも有効だった。ただ、エタノールでは特許が取れず、儲けが減るからという理由で鉛が採用されたという。ミジリーがそれを推したという。鉛の害はミジリーが採用する以前から知られていたというのに。

 

その後、長く使われた結果がこうだ。

1983年、イギリス王立調査委員会による環境汚染の報告書はこう結論づけた。「地表のどの部分も、どんな生物も、人為的な鉛で汚染されていないままのものがあるとは思えない」。

地球全土の話か、イギリスの話かわからんが、それだけのものだった。

 

有鉛ガソリンがミジリー一つ目の環境破壊。もう一つは? 自動車の次は冷蔵庫だ。冷蔵庫にフレオン(フロン)を用いた。

1930年代にオゾン層のことなど誰も知らなかったが、結果としてその破壊の発端となった。オゾン層が破壊されたら……有害な紫外線が人類に降り注ぐ。こちらの害は1970年代に発見され、1990年代までに使用が中止されていった。2050年にはオゾン層が復活するらしい。

 

だれがミジリーになるかわからない

ここまで、いろいろ失敗した人物の名前を挙げてきた。しかしなんだろうか、だれがミジリーになるかわからない。いや、頭のよくない文系のやつには関係ないだろうという話かもしれないが、それでも毛沢東になる可能性はないではない。

 

有鉛ガソリンはともかく、フロンなどはだれかが実用化していた可能性も高いだろうし、人類だれもが大失敗の当事者になる可能性がある。それが人類の歴史だといえばそうだろう。

 

人類の手で地球が滅ぶ、人類も滅ぶ。本書でも取り上げられているが、核兵器はどうだろうか。映画『オッペンハイマー』では、核分裂の連鎖が地球上すべてに及ぶ恐怖のイメージが繰り返された。

オッペンハイマーは本気で心配したのかもしれない。実際にそうなってしまう発明、発見が今後ないとも限らない。そのときはそのときだろうが、それでもそうならないようにするのが、特別な種である人類の責任のようにも思う。環境倫理学でもないが、そう思う。

 

しかし、そう思うおれは反出生主義者であって、人類など静かに滅んでいけばいいと思うのだが、人類が滅んだあかつきには、おれのような人間もメガトン級大失敗の思想と思われるのだろうか。

もっとも、そのときにはそう思う存在もいないはずなのでどうでもいいのだが。

 

 

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(2024/8/12更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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