仕事から帰った平日の午後7時過ぎ、急いで夕食の支度をしながらNHKニュースを流し見ていた。

そしてニュースが終わっても何となくテレビをつけっぱなしにしていたら、続いて始まったのはクローズアップ現代。その日のテーマは「ミッドライフクライシス」だった。

 

番組中に、ちょうど読んだばかりのphaさんの著書「パーティが終わって中年が始まる」が出てきたので「おっ!」と思い、テレビのボリュームを上げた。

 

しかし、

「6月に発売されたこの本、すでに2万3000部以上を売上げ、話題を呼んでいます」

という紹介のされ方に、ショックを受けてしまった。

 

ええ?2万3000? 話題の本なのに、まだ2万3000部しか売れてないの?

 

ついさっきのニュースで

「文化庁が5年に1回行っている読書の習慣についての調査で、1ヶ月に読む電子書籍を含む本の数を尋ねたところ『1冊も読まない』と答えた人の割合は、62.6% 。ほぼ3人に2人が本を読まず、読書離れが進んでいることが分かりました」(2024年9月17日NHKニュース7)

と言っていて、仰天させられたばかりだけど…。

 

それにしても、紙と電子書籍を合わせて2万3000部とは寂しい数字だ。

「話題の本ならば10万部は売れて欲しい」と考えながら、ふと気がついた。「そうだ、私も買ってねぇわ」と。

図書館で借りてきて、夫婦で回し読みをして済ませてしまったのだった。

 

もう若い頃と違い、同じ本を何度も繰り返し読むという習慣がなくなってしまったため、読み捨てる本をわざわざ購入するのはもったいないと感じてしまうのだ。

近頃は今すぐに読みたい本でないかぎり、まずは図書館で借りて読んでみて、よほど気に入った場合にのみ購入することにしている。

 

「パーティが終わって中年が始まる」は、しみじみと感じ入る本だった。

私はphaさんの活動に注目してきたわけではないけれど、かつて彼のような人をもてはやしていたネットの空気感が懐かしく思い出されて、切なさが込み上げてきた。

 

彼のような人とは、

・勤めていた会社を辞める。あるいは就職をやめる

・たとえ低収入でも、何にも縛られない自由な生き方をよしとする

・そんな自身の生き様をブログで発信する

人である。

 

私はプロブロガー(当時)のイケダハヤト氏が、高知に移住してきたことをきっかけにブログを書き始めた。

当時のイケダ氏も、phaさんと同様に自由な生き様をブログで発信し、注目を集める若者の一人だったのだ。

 

私はイケダ氏のブログ講座に通ったことはないけれど、彼が主催したり、司会を務めたイベントに何度か参加し、イケダ氏の周りに集まっていた人たちと交流した。

あの頃、「地方には大きな可能性がある。同時に、自分たちにも大きな可能性があるんだ!」と信じ、気炎を吐いていた人たちのブログが、今も更新されないままネット上に放置されている。

 

もう答え合わせは済んでいるが、地方の限界集落に可能性などなかったのだ。

少子高齢化と人口減が進む日本では、このさき山奥にあるような限界集落のインフラを維持していくことは困難になっている。そんな場所は発展のしようがないし、発展の余地があるならそもそも限界集落になっていないだろう。

仮に可能性があったとして、そのポテンシャルを引き出せるような人間は、ブロガー集団の中には居なかったのだ。

 

何かことを成すには、多くの人を巻き込み、力を借りる必要がある。それには高いコミュニケーション能力に加えて、調整力も必要だ。

己の快適さを何よりも優先し、しがらみを嫌い、自由かつ無責任でいたがる自分勝手なネット弁慶たちに、集団をまとめるリーダーなど務まるわけがなかった。

 

実は今年の春、たまたま当時の知り合いがローカルニュース番組に出ているのを見つけてしまった。顔のほとんどが隠れるようなマスクをつけていたけれど、目に見覚えがある。

 

彼は、ある専門学校の最年長入学者として、インタビューに答えていた。

異業種からの転職で、40歳を超えてからのチャレンジだと紹介されていたが、10年前の彼を知っているせいで、インタビューの受け答えに嘘があることに気づいてしまう。

彼が前職だとインタビューで語っていた仕事は、前の前の、そのまた前の仕事だった。しかも、数ヶ月しか従事していない。

 

私が彼と最後に会ったのは、彼がイケハヤ界隈を卒業後、再就職を目指してある学校に入学し、学び直しをしていた頃のことだ。

 

「自分がバカでした。もうブロガーからは足を洗い、これからはこの業界で頑張っていきます」という彼に、私は惜しみないエールを送り、食事をご馳走した。

しかし、学校を卒業して再就職した彼は、師弟制度が残る業界の厳しさに耐えられず、1年と経たずに辞めてしまったのだ。

 

その後、彼は私の友人に泣きついて再就職先を世話してもらったが、四角四面な性格が災いし、そこでも上手く職場に馴染めなかった。

 

社会がせまい田舎では、合理性よりも義理人情(癒着ともいう)と慣例が重んじられるせいで、時代遅れな不条理がまかり通っている。良い悪いではなく、田舎とはそういうところだ。

もしクソ田舎で正論をぶつのであれば、周りが無視しようにもできないほどの実力を見せ、時間をかけて実績で黙らせるしかないのである。

 

その実力を持たないのであれば、ひとまず長いものには巻かれておけ。チャンスが巡ってくるまでは、とりあえず清濁あわせ飲んどけや。

という融通が彼には効かない。

結局、その仕事も長続きせず、再就職を世話してもらった相手に後ろ足で砂をかけるようにして辞めてしまった。そこからの2年余りは何をしていたのか知らないが、今年になってまた専門学校に入り直したということか。

 

10年前に生き迷い、高知までイケハヤを追いかけてきたかつての若者は、40歳を過ぎて、おじさんになった今もまだ迷い続けている。

 

不器用なのだ。

哀しくなるほど不器用なのだ。

 

今なら分かる。

あの当時、イケダハヤト氏の周辺につどい、仕事を辞めたり、就職をやめたり、地方移住したり、限界集落に住んでみたり、ネットに実名顔出しで私生活を公開したり、クリエイターやアーティストを気取ったり。バカと笑われていた人たちほど、ただただ不器用だったのだ。

 

捨て身だった彼らは、もともと捨てられないほど価値あるものを持っていなかった。

学歴、仕事、収入、家庭、人間関係。それまでの人生を通じて、自分が価値を感じるものや、他者から価値を認められるものを構築できない不器用さに追い詰められていたからこそ、彼らは思い切った行動に出たのである。

 

かつて苛烈な言葉でバカをしでかす若者たちを非難した私だが、あれから10年経ってまだ生き迷っている男の不器用さには言葉を失うだけで、笑う気にはとてもなれない。

しかし、もはや40歳を過ぎた男を叱咤する気にもなれないし、手を差し伸べる気にもなれないのだった。

今はただ、彼がパートナーに見捨てられないことを遠くから祈るばかりである。

 

「日本一有名なニート」として活動してきたphaさんは、著書のなかで自身の需要(講演依頼や執筆依頼)が無くなってきたことを明かし、

「今は、格差社会や高齢化が進んだせいで、役に立たないものを面白がる余裕がなくなってしまった。自分の存在が、少しずつ時代遅れになってきているのを感じる」

と嘆いていた。

 

そうなのだろうか。社会から役に立たないものを面白がる余裕が無くなったのだとしたら、「レンタルなんもしない人」や「プロ奢ラレヤー」にも需要がなくなってきていないとおかしいが、そうは見えない。

phaさんは単に、「役に立たなくて面白い人」のポジションを、若さをなくしたことで次世代に奪われただけなのではないだろうか。

 

かつてバカなことをしていても面白がってもらえたのは若かったからで、「何バカなことをやっているんだ」と非難されたのも若かったからだ。他人に構ってもらえるのは若さの特権なのだから。

若さの輝きと同時に世間の注目を失った人間が今さら何をしようと、していたことをやめようと、もはや賛否の嵐は巻き起こらない。

 

それが、評価が高いにも関わらず、この本がバズったり、発売早々からベストセラーにならない理由なのかもしれない。

心に沁み入る内容だったにも関わらず、私は「パーティが終わって中年が始まる」を購入して、本棚に置こうとまでは思わなかった。

 

 

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(2024/12/6更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Towfiqu barbhuiya