昔の統合失調症(Hatena Anonymous Diary)

ちょっと前、「昔の統合失調症はどんな症状だったの?」という書き込みをインターネット上で発見した。短いので全文引用しておく。

“統合失調症の人は、盗撮・盗聴されているだとか、電磁波攻撃されていると認識する場合がある。昔、電磁波なんて概念がなかった時には、どういうリアクションしていたんだろうか。江戸時代とかに統合失調症になったらどういう自覚症状を持つんだろうか。当時の史料とか残ってないのかね?”

私は精神科医だが、統合失調症の症候学を専攻しているわけではない。とはいえ、手元に参考になりそうな資料が幾つかあるので、これをもとに「統合失調症の症状は今と昔でどう違うのか」について、なるべくわかりやすく説明してみる。

 

一精神科医から見た統合失調症の「軽症化」

症状の話に入る前に、「統合失調症の軽症化」について触れておこう。

最近、精神医学の世界では「統合失調症は軽症化している」とよく言われる。私は精神科医になって十数年しか経っていない若輩者だが、そんな私ですら、この言葉を実感することは多い。

 

私が研修医だった頃、統合失調症の初診の患者さんには「重症」と言って差し支えのない人が結構混じっていた。

・とめどもない妄想や幻覚に、激しい興奮を伴った妄想型統合失調症の一例。

・天を指さすようなポーズを取ったまま微動だにしない、緊張型統合失調症の一例。

・何年も自宅に引きこもり、人格荒廃が進んだ状態で来院した破瓜型統合失調症の一例。

こういった症例が在野にはありふれていて、駆け出しだった私に忘れがたいインパクトを残した。

 

それから十余年が経った2016年現在、そういった症例に出会うことはほとんど無い。絶無ではないけれども、年間に1例あるかどうか。初診*1の統合失調症の患者さんはもっと軽症で、いきなり医療保護入院や措置入院を必要とする重症例は少ない。

激しい幻覚や興奮を伴って入院した症例も、そういった症状が一か月以上続くのは珍しい。症状が長引くのは、何年も前から既に治療を受けていて、にもかかわらず十分な効果が得られなかった、いわゆる“治療抵抗性”の“難治例”がほとんどだ。

 

こうした感想は私だけのものではない。あちこちの精神科医に訊いても、似たような感想が返ってくる。「初診の重症例に出会う頻度が減った」という意味では、統合失調症は軽症化している、と言って良いのだろう。

ちなみに、須賀英道『統合失調症は軽症化しているか』(臨床精神医学45(1):5-12,2016)によると、精神科医が言うところの「軽症化」とは、精神病症状の重症度レベルが低いだけでなく、生活状況・コミュニケーション・医療者と患者さんの信頼関係のできやすさ等も含めての「軽症化」であり、家庭環境や地域環境によっても「重症か、軽症か」の印象が左右される、という。

病状そのものの軽重だけでなく、いろいろな要素が加味されていることを忘れてはならない。そのうえで「統合失調症は軽症化している」という言葉を解釈するのが適当なのだろう。

 

軽症化の背景

同論文には、こうした軽症化の背景についても書かれている。

1.統合失調症への病名変更

病名が変わって抵抗が薄らいだことで、医療介入のハードルが大きく下がった。病名告知もしやすくなり、早期治療や外来治療の継続などもやりやすくなった。

2.薬物療法の向上

薬物療法が進歩したことで、厄介な副作用が出現しにくくなった。また、単なる幻覚や妄想の治療から、認知機能の保持に治療の主点が移った。

3.精神科病院やクリニックの環境改善

病院環境が劇的に改善し、メンタルクリニックもたくさんできた。これも早期治療を促した面がある。またメンタルクリニックに来院される患者さんはうつ病・不安障害・発達障害などがメインなので、相対的に、初診で重症な統合失調症の患者さんに出くわす割合は少なくなっている。

4.外来治療の充実

継続的な外来治療に同意してくれる家族が増えて、病院側も外来治療を重視するようになった。「患者を医師が治療する」から「患者に医療チームが加わる」にスタンスが変化した。

5.早期の治療介入

病院の早期受診だけでなく、公的機関窓口・民間相談窓口・教育機関窓口などが整備されるようになった。夜間・休日にも対応の余地が生まれた。

6.減弱症候群(Attenuated Psychosis Syndrome)という用語

最近は、統合失調症を本格的に発症する前の状態に注目する精神科医も現れている(減弱症候群)。こうした、発症前に着眼する視点も軽症化に寄与しているかもしれない。

7.文化基盤の変化

たとえばブータンでは、都市部の(統合失調症の)緊張病状態が減少しているという。フロイト時代の神経症性ヒステリーが21世紀になって減ったのと同じように、文化状況が変化すると精神症状の表現型は変化し得る。統合失調症とて、その例外ではない。

 

以上は私なりの要約なので、きちんと確認したい人は本文をご参照いただきたい。いずれにせよ、「社会環境が変化すれば統合失調症の症状は変化する」ということ自体は間違いないのだろう。

 

なお、私個人は、「社交不安性障害、うつ病、パーソナリティ障害、発達障害など、ほかの精神疾患を精神科医がたくさん診るようになったから」も「初診の統合失調症が軽症化しているようにみえる」理由のひとつではないか……と疑っている。

こういった精神疾患のために通院する患者さんのなかには、経過の途中で統合失調症の症状が現れて、病名と治療方針が変更になるケースがある程度混じっている。そのような患者さんは、昭和時代だったら統合失調症症状が悪化するまで未治療だった可能性が高い。

だが、とにかくも外来通院さえしていれば、精神科医が病状の変化に気付いて統合失調症を見抜く可能性が生まれる。この場合、精神科医は「軽症の統合失調症を発見したぞ!」という印象を受けるだろう。精神医学が疾患概念を増やしていったことには功罪両面があるだろうが、こと、統合失調症の早期発見という点ではプラスに働いているのではないだろうか。

 

今と昔の統合失調症の妄想

重症か軽症かの違いだけでなく、妄想の内容にも変化が認められる。
冒頭の引用文にもあったように、電磁気学や電子工学が存在しなかった時代に「電磁波攻撃」などという妄想が出現するわけがない。過去の時代の妄想は、違ったかたちで表現されていたはずである。では、昔はどうだったのか?

 

精神分裂病と妄想―精神科臨床と病床日誌から

江戸時代の妄想については、私は資料を持っていない。しかし明治期以降の妄想については、藤森英之『精神分裂病と妄想』*2が参考になる。同書所収の調査は明治34年~昭和40年の都立松沢病院(とその前身の巣鴨病院)のカルテを調べまくったもので、統合失調症の妄想内容を集計したものだ。これもダイジェスト的に紹介すると、

・憑依妄想

キツネ・犬神・蛇・猫などが憑依するタイプの妄想は、昭和以降にはっきりと減少した。

・誇大妄想

「自分は神である」「自分は天皇である」といった妄想も減っている。明治期には誇大妄想の対象として「官軍大将」「大侯爵」「陸軍大佐」などが選ばれやすかったが、戦後には「代議士」「中小企業の社長」など、一般的で不特定多数な意味の「偉い人」が選ばれやすくなっている。

・物理的被害妄想

ここでいう物理的被害妄想とは、さきほどの「電磁波攻撃」といったたぐいの被害妄想である。これは数の上で増大しているだけでなく、バリエーションの面でも拡大している。明治時代には「電気」「エレキ」がほとんどだったが、昭和以降は、電波・隠しマイク・録音テープ・電子頭脳・超音波・X線・テレビ・放射能などが加わっている。

・心気妄想

癌・結核・梅毒などといった特定の疾患に罹っている妄想は増減していないが、異常体感を伴う奇異で頑固な妄想――身体幻覚やセネストパチー等を含む――は増大している。

・血統妄想

意外と減っていない。しかし過去の血統妄想は皇室だけでなく華族や大名の血筋を確信することもあったが、昭和時代からは専ら皇室が対象となっている。また、戦後には「自分はアメリカ人である」「外国籍である」といった国籍否認の症例もみられ、これも血統妄想と関連しているかもしれない。

 

……といった具合に、減っている妄想もあれば増えている妄想もある。いずれも社会状況を反映している側面が否めず、特に、物理的被害妄想にはテクノロジーの普及が大きな影響を与えていることがみてとれる。

 

だとすれば、おそらく江戸期以前の妄想もまた、当時の社会状況やが反映されていたはずで、おそらく、名門武家に関連した誇大妄想や血統妄想はたくさんあったのだろう、と想像される。もちろん憑依妄想も盛んだったはずで、妄想を「病気の症状」として取り扱う現在のあり方とは違ったかたちで、社会のなかに顕れ、取り扱われていたのだろう。

また、さきに引用した須賀先生の論文には「妄想が単純化している」という指摘もある。壮大な妄想体系を構築した妄想はみられなくなって、当事者の置かれた状況から了解可能な被害妄想や関係妄想が増大した、というものだ。

 

私自身、壮大で緻密な妄想体系を持った患者さんに出くわす頻度は下がったと感じる。多く遭遇するのは、体系的な要素を含まない、「監視されている」「盗聴されている」「集団ストーカー被害に遭っている」といった単純な妄想だ。そうした妄想のうちに、インターネットやSNSやスマホといった語彙がしばしば含まれるあたりはいかにも21世紀風だが、だからといって妄想が複雑・壮大になるわけでもなく、全体としては、断片的でシンプルな妄想が増えていると感じる。

そうした妄想の断片化・非-体系化について論じている時には、私はいつも『UFOとポストモダン』という本のことを思い出してしまう。

UFOとポストモダン (平凡社新書)

この小さな本は、UFOが時代とともにどんな風に変化していったのかを解説したものだ。UFOというオカルトにおいても断片化・非-体系化は認められていて、オカルトと妄想という違いはあるにしても、共通点が見出せる気がして興味をそそる。

それでも苦しみの中核は変わっていないのだろう。

統合失調症の症状の過去と現在の違いについてまとめたが、最後に、忘れてはならないことを付け加えておきたい。

症状のかたち、あるいは症状の語られかたは変化し、「軽症化」が指摘される統合失調症だが、患者さんの体験や苦しみの根っこの部分は、たぶんそれほど変化していない。なぜなら、統合失調症は生物学的基盤に根差した精神疾患だからだ。

分裂病の少女の手記―心理療法による分裂病の回復過程

例えば、この『分裂病の少女の手記』は非常に古いものだが、統合失調症の苦しみを理解する参考資料としての価値は衰えていない。旧い時代の精神医学の教科書も同様だ。

有効な薬物療法が存在しなかった頃の統合失調症は悲劇的な疾患だったが、現在でも、治療抵抗性の患者さんを中心に、同じような苦しみに苛まれている患者さんは存在する。治療技術も妄想の表現もだいぶ変化したのは事実だが、依然としてこの病気は克服されたとは言えないのも事実である。

 

 

いつか、統合失調症の治療が飛躍的に進歩する日が来るのかもしれないが、今はまだその時ではない。文中、「統合失調症の軽症化」に触れたけれども、けして楽観しないでいただきたい。この病気は、まだまだ手ごわい。

 

 

*1注:ここでいう初診とは、その病院・その医者にとっての初診という意味ではなく、初めて精神科を受診するという意味の初診

*2注:精神分裂病とは、統合失調症の昔の呼び名。分裂病とも。

 

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精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。
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ブログ:『シロクマの屑籠』

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