ここ数年、「ベーシック・インカム」という言葉を、随所で見かけるようになった。

ベーシック・インカムとは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想(引用:Wikipedia)である。

 

報道に寄れば、すでに北欧で社会実験も始まっているとのこと。

2017年1月1日、フィンランドが国家レベルでは欧州ではじめて試験的なベーシックインカムの導入を開始した。

このプロジェクトでは、1月から2018年12月まで、無作為に選出された2000人の失業者に対して月に560€(日本円にして約6万8000円)を支払うというもの。2年間の実験で、ベーシックインカムの導入が失業率の低下に影響をもたらすのかを調べるのだという。

近年、ヨーロッパを中心にベーシックインカムの導入の是非がたびたび議論されてきた。

ヨーロッパ諸国の社会保障においては、その制度があまりに複雑で多層的であるため、社会保障を受けている失業者がその恩恵を受けられなくなってしまうという不安から、低収入あるいは短期の仕事に就きたがらなくなってしまうという問題が起こっていた。

ベーシックインカムとは「政府による、無条件の最低限生活保障の定期的な支給」であるため、就業による支給打ち切りの心配がない。よって、たとえ低収入の仕事であっても失業者は気軽に次の仕事に就くことができるため、失業率が低減する、というのが大枠の論理だ。

(出典:Newsweek Japan)

このベーシック・インカムという制度そのものの是非について、私は特に意見を持たないし、社会実験の結果を見てから判断するのでも遅くはないだろう。

 

しかし、ベーシック・インカムという制度に対して肯定的か否定的かに関わらず、いずれにしろ、「働かなくても、誰でも最低限の生活は保証される」というのは一見、極めて魅力的な提案にも見えるが、深刻な問題を引き起こす可能性がある。

 

それは「身分制度」の復活である。

現在、憲法では14条で「法の下の平等」が謳われている

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

この憲法の下でも「身分制度」が運用できてしまう施策、それが「ベーシック・インカム」だ。

 

なぜそうなるのか。

つまり、こういうことだ。

 

ベーシック・インカムが実行されると、まず世の中は2つに分かれる。

 

・ベーシック・インカムの有無にかかわらず、働く人

・ベーシック・インカムが支給されると、働かなくなる人

 

「働かなくても、死なない」というのは、強烈な誘惑であり、そして、経験的に私たちは「働くことが合っていない人」の存在を知っている。

仕事ができず、いつも周りに迷惑をかけて、冷笑される人。

どこの会社でも雇ってくれない、コミュニケーションの下手な人。

命令されることが耐えられず、いつも職場でトラブルを起こして辞めてしまう人。

 

そんな人達は世の中にたくさんいる。

そして「ベーシック・インカム」は、そんな人たちに対して、とても優しい。

「働けなくても大丈夫だよ」

「無理してまで働く必要はないよ」

と言ってくれるのだ。

 

さらに、法律も解雇に対して甘くなるだろうから、職場に「できない人」がいなくなり、企業の生産性も上がるだろう。

お互いにとって、「満足の行く社会」の出来上がりである。

 

しかし、その30年後、社会は直面する。

「30年間、ずっと働いてこなかった人」たちと、「30年間、真面目に働いてきた人たち」の

大きな能力差に。

ともすれば、それは親から子へ、子から孫へと「世襲」されてしまうかもしれない。

 

言うまでもないが、働かなければ能力はあがらない。そして、現代は「知識」「能力」が社会の階級を決める社会である。

当然、仕事を通じて手に入れられる知識も、能力も、人脈も、何も持たない人々は、すでに、「配給」に依存して生きる他はなくなっている。

 

そして、「ベーシック・インカム」制度は、あるとき曲がり角を迎える。

とある政治家がこう主張する。

「ベーシック・インカムの支給金額を少し上げるかわりに、学校や教育関係の予算を削りましょう。いまは、誰も学校を使っていませんから。」

そのとおり、身分の高い人たちは、既に「私立」の学校に行かせたり、留学させるなどして、自分の身の防衛をしている。

 

だが、身分の低い人達は、学校など行かない。勉強もしない。金をもらって生きているだけである。

 

だから、皆大賛成である。その政治家は狙い通り選挙に勝ち、首相になるかもしれない。

そして、少しずつ「小さな政府」から配られるお金で身分の低い人達が「飼われる」ようになる。

 

さらに「小さな政府」のスポンサーとなっている「身分の高い人達」ばかりがいる企業は、今や有名無実となった政治家を手のひらで転がす。

彼らは皆、能力も意欲も高く、人脈も豊富で、人柄も良い。

 

そして、真面目に、切実に彼らは思っている。

「我々が、身分の低い人達を導いてやらなければ、日本はなくなってしまう。何とかして今のベーシック・インカムを制度として続けなければならない。能力があり、貴族たる我々が、彼らの生活に対して責任を負っているのだ。」

 

全てこれらの状況は、国民が望んだ状態なのだ。

それが望ましい状態かどうかは、当事者が判断するだろう。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

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