ある会社にて。

上司に「お前の説明はわかりにくい。イライラする。」と、怒られていた人がいた。

それを見て、少し思い出したことがある。

 

——————-

 

大学を卒業し、働き始めて、最もカルチャーショックを受けたことの1つが、

「俺が理解できないのは、お前の説明が悪いからだ」

と言う論理だ。

 

具体的に言おう。

 

ある時、私の同僚が上司から「皆の前でグループの施策を説明せよ」と、言われた。

同僚は残念ながら、あまり説明がうまくない。話が前後したり、話題の大小関係も整っていない。

 

私は正直、よく理解できなかったので、その同僚にもう少し詳細の説明を求めるべく、質問をしようとした。

 

その時、上司は言った。

「全然わかんねー。おい、何を言ってるのかわかったか?みんな。」

皆、沈黙をもってそれに答える。

おそらく皆もわかってないのだろう。

 

上司は言った。

「最低の説明だな。もっとわかりやすく話せ。」

同僚はさらに説明行った。

今度は少しわかりやすい。

 

だが、上司は許さなかった。

「そんな説明でわかるわけないだろ。やり直し!」

 

結局、わかりやすく説明できるまで、何回も同僚はやり直しをさせられた。

 

 

しかし私は当時、正直いえば「なんたる時間の無駄」と、思っていた。

最初の説明がわかりにくかったとしても、質問をいくつかし、やりとりすればおそらく理解できたはずだろうからだ。

 

しかし、なぜ上司がここまでわかりやすさにこだわったのか、働くうちにすぐに理解した。

つまり、お客さんのところで、わかりにくい説明をすることが許されないからだ。商売上わかりにくいものは、振り向いてももらえない。

お客さんにはわかりやすく、明快で、簡潔で、難しい話をしてはならない。

そこに上司はこだわっていた。

 

「わかりやすい話をしなさい」ということ、

そんなの当たり前じゃない、と言う方は、サラリーマンには多いだろう。

しかし、そうではない文化は、そこかしこにある。

 

 

例えば大学の研究室である。

大学の先生の話は凄まじくわかりにくいものが多かった。

なぜなら、彼らはわかりやすさよりも「正確であること」を重視していたからだ。

だから、理解のためには必死になる必要があるし、質問を一生懸命しなければならない。そして何より、「話が理解できないのは、聞き手の頭が悪いからだ」と言うカルチャーがそこにはあった。

 

お前が勉強不足たからわかんないんだよ。

お前の頭が悪いからわかんないんだよ。

 

そう言われているような気がした。

少なくとも私は、そう思われたくない一心で、勉強していたのである。

 

 

もちろん、どちらのカルチャーが良いだろうか、と言う問いにはあまり意味はない。

 

企業は客あってのものだし、世の中の人は企業のサービスを必死に勉強したりはしない。メディアも新聞も商売だから、わかりやすい表現が好まれ、難解なな単語は姿を消しつつある。

要するに商売は、客に負担をかけないことが、正義なのである。

「中学生でもわかる表現しか使うな」

と、その上司は常々言っていた。

彼は骨の髄まで商売人であったのだ。

 

 

しかし、客は中学生、と言うのは商売では正しくとも、教育の場や研究、美や芸術、倫理的な話題などには相応しくないし、そうあるべきでもない。

なぜなら、そのような世界では、わかりやすさと中身の価値とは、全く関係がないからだ。

 

相対性理論は凄まじくわかりにくく、発表された当時は「世界でも理解できる人は数名しかいない」と言われたが、中身の価値はいささかも損なわれることはない。

マルクスの「資本論」を読破することは大変ではあるが、その中身は革命を起こし、国をも作った。

 

真の価値は、必死に勉強しなければわからないことのほうが、遥かに多いのだ。

そこでは「受け手に負担を与えない」という論理は通用しない。

 

そう言う意味で、私は「とにかく、わかりやすく」という考え方にはいささか懐疑的である。

必要以上にわかりやすさを追求すれば、本質は失われ、また探求の楽しみもなくなってしまう。

 

 

上司、顧客を含めた権力者は忙しい人が多いし、基本的にはものぐさだ。

だから「俺が理解できないのは、お前の説明が悪いからだ」

という人が沢山いるのは十分理解できる。

しかし、それは一種の権力の誇示であり、「はいはい、わかりましたよ。わかりやすくすりゃいいんでしょ。」と、対応するような性質のものであることは、商売においても変わらないと、知っておくべきだ。

 

実際、この記事でも以下のように言及されている。

頭がいい人は「分かりやすい説明」をする時、何を考えているのか

えらい人達もみなさん目は厳しいので、通り一遍の説明では納得してくれません。Tさんの説明は技術的な部分にもきちんと踏み込みつつ、メリットとコストを分かりやすく説明する内容で、大変分かりやすいと私は思いました。なので、終わった後に「分かりやすかったです」とTさんにも言いました。


それに対して、いやちょっと待って、とTさんは言いました。


あれは「分かった気になってもらう」為の説明。君には分かった気じゃなくてちゃんと分かってもらわないといけないから、あれ聞いて「分かりやすかった」とか言われちゃうと困ります」

 

相手に「わかりやすさ」ばかりを求めると、結局相手から「あの人には、とりあえずわかった気になってもらうぞ」と言われてしまうようになるのだ。

それは、私にとってはあまり望ましいこととは思えない。

 

 

 

【お知らせ】

安達裕哉Facebookアカウント (安達の最新記事をフォローできます)

・編集部がつぶやくBooks&AppsTwitterアカウント

・すべての最新記事をチェックできるBooks&Appsフェイスブックページ

・ブログが本になりました。

・「「仕事ができるやつ」になる最短の道」のオーディオブックもできました

(Photo:Rachel Young