”物乞う仏陀”という本がある。ルポライターの石井光太さんが実際にアジア各国を自分の脚で周り、各国の路上生活者や障害者についての実像をまとめた名著だ。

この本を読み解くと今の日本で感じる生きにくさについての正体が非常によくわかる。

 

今回は何が人から希望を奪い去るかについてを発展途上国と日本の現状と対比させながら明瞭に描いていこう。

 

国が発達すると人の幸福にグラデーションがかかる

”物乞う仏陀”では基本的に最底辺からスタートして、徐々に徐々に経済レベルの発達順に発展途上国の路上生活者ならびに障害者の実像が描かれている。

 

この本を読んで初めに面を食らうのは、一番初めにでてくる経済発達レベルでは最底辺にあるカンボジアの路上生活者が、思いの外明るく幸せそうであるという事だ

この当時のカンボジアは、ポル・ポト政権による大虐殺により国内が荒廃しており、文明レベルが極めて低下していた。文字通り最貧国のうちの1つだったのである。

 

一般的な印象だと、最貧国の路上生活者なんてそれこそ想像を絶するレベルで不幸そうだと感じるかもしれないが、実際は意外とそうでもなく、そこに生きる人達は意外と明るい。何故か?それは生活の中に希望があるからだ。

 

皆が同じく貧しい社会では、人の序列もほとんど横並びだ。この状態では、少しの頑張りが、そのまま努力の形として評価されやすい。

社会が発達していないという事は、すなわち頑張りさえすれば、すぐにそれが結果として実現しやすいという事なのだ。

この本に出てくる路上生活者の一人であるリンさんは、はたから見ればただの物乞いである。日本の物乞いを想像すると、そこに夢も希望もあったもんじゃないけども、この本で書かれているリンさんの目はキラキラ輝いてみえる。

 

リンさんは、いつか仲間と一緒に自動車修理工場を開くことを生きがいに物乞いをやっているようだけど、実際のところ、この当時のカンボジアでは物乞い→事業主へのルートは比較的容易に移行できたという。

国内があまりに荒廃しすぎていたので、競合者があまりにも少なく、また事業を始める敷居も低くかった。こんな状況だと、いったん事業をスタートさえできれば、ほとんど成功に等しかったのだ。

 

皆が一律に貧しいという環境は、ある意味で非常に平等だ。

もちろん内情は悲惨なのだけど、そこには希望がある。故に、物乞いの目にも光がある。

こうして最貧国であるカンボジアで、平等と希望という人が心穏やかに生きれる素晴らし条件が偶然にも出来上がってしまっているのである。

 

繰り返すが、これはかなり驚くべきことだ。

このようにして明るいスタートを切った本書だが、続くカンボジアよりも発達した他国の路上生活者の生活は、一転して厳しくなる。

国が豊かになり、経済が発展していけばしていくほど路上生活者から平等も希望も消え失せていく。

 

何故だろうか?それは人々の間に格差が一旦生まれると、平等が否定され、地位が固定されてしまうからだ。

 

具体的に説明しよう。

さきほどカンボジアでは自動車修理工場を仲間と起こすのはそう難しくないと書いた。

では逆に日本で路上生活者がそれと同等の事ができるかどうかを考えてみて欲しい。たぶん、まず不可能である。例えできたとしても、競争に勝ち残れる人はほとんどいないだろう。

 

社会の発達とは、ある種の毒なのだ。

私達がエデンの園から一歩踏み出し、科学技術を用いて発達する事を選んだその日から、私達の中で格差が必然的に生まれる事になる。そしてその格差は強固に人々の間に身分差を作り出し、結果下層の民から希望の芽が摘まれていく。

 

そうしてそこには、光と闇の濃淡がより強固になった社会が生み出される。社会が発達という毒を内包する事を選択したその時から、人々の間に格差が生じる事を許容せざるをえず、そして人の幸福にグラデーションがかかるようになるのである。

 

ちなみにこの世でもっとも不幸な存在はニューヨークに生きる路上生活者だという。

この世で最も発達した豊かな国・アメリカに、この世で最も不幸な存在がいるというのは、実に皮肉な話である。

 

 

日本の幸福格差はいかにして生じているか?

さて。では私達の住む日本ではどうなっているかをみていく事にしよう。

この国で豊かな資源を手にするには、良い職業に就く必要がある。

そのどれもが社会的ポストに限りがあり、日本で生まれた子供はそれを熾烈な受験戦争ならびに就活という試練を乗り越えなくてはいけない。

 

これらの試練を乗り越えて、偶然お金の稼ぎやすい職につくことが出来た人は、その後幸福のグラデーションを濃い部分に身を置くことができ、発達した社会の恩恵をうける事ができる。

その側に立てた人は、基本的には幸せになれる下地が整ったといえるだろう。

まあ幸せになるためには他にもいろいろやらなくちゃいけない事はあるのだが。

 

こう書くと「年収があるから幸せだなんて短絡的だ」と思う人もいるかもしれないけど、年収はあるならそこそこあった方がいいに決まってるし、これはデータ的にもある程度立証されている。

 

なぜなら、およそ700万程度で頭打ちになるとはいわれているが、基本的には年収が上がれば上がるほど人の幸福度は向上するからだ。

ちなみに日本における年収700万以上の人の割合は10%程度でしかない。つまり日本の社会で存分に幸福を味わうためには、幸運に恵まれ続けて上位10%に入らないといけない。

 

なんて厳しい世の中だろう。

 

こうして、この10%の席を争って毎年若者が骨肉の争いを繰り広げている。おまけに、日本は新卒一括採用制度を採用しているので、どこかで道を一回踏み外してしまうと、まずこの10%の中には入ることができない。

これがこの国に漂う絶望の正体だ。

薄氷の上を、薄氷を踏みぬかずに22年間歩き続けて、よいキャリアをスタートさせる事ができた人のみが、発達した日本という国の一番美味しい部分を食べることができる真の意味での特権階級になれるのである。

 

こんなグロテスクな事は当然誰も教えてくれない。けどこれと似たような事はみんななんとなくは理解している。

だから教育ママはお受験に狂い、我が子を「あんたの為」といいながら鞭打って勉強させるのである。

我が子の幸せを願い、幸福の10%の中に何としてでも入れようとするその行為を誰が馬鹿にする事ができるだろうか?

 

 

希望は戦争

かつて、フリーライターの赤木智弘氏が”「・・・31歳フリーター。希望は、戦争。」”という文章を書いた。そこには中年フリーターの苦しさが実直に書かれていた。

戦争は悲惨だ。

しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる。

もちろん、戦時においては前線や銃後を問わず、死と隣り合わせではあるものの、それは国民のほぼすべてが同様である。国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態と、一部の弱者だけが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者にとって望ましいかなど、考えるまでもない。

日本には年収300万以下の人が、およそ40%程度いるといわれている。

この40%人達の中にも当然幸福な人も沢山いるとは思うのだけど、社会の暗黒サイドにいる人も少なくないだろう。

 

受験戦争だとか、就活だとか、なんだかよくわからないゲームがいつの間にか始まっいて、気がついたら社会の幸福なサイドに入るキッカケを逃していた人からすれば、このまま座して死を待つよりかはゲームが戦争のような強力な外部要因によりリセットされる事を望む気持ちを持つのは極めて普通の考えだろう。

私たちは発達の味を知ってしまった。それ故に、カンボジアのような平等で希望のある生活にはもう戻れない。

 

だからこそ、この発達してしまった社会の、光と闇のあたる部分についての認識をしっかりと持ち、強きものが弱きものを虐げるような社会の存在を許してはならない。

 

頑張ったのだから報われて当然だ、という価値観は否定しない。けどその逆の、頑張らなかったのだから、虐げられるのは自己責任だという認識は、あまりにもエグくはないだろうか?

 

 

かつてレイモンド・チャンドラーは「 強くなくては生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という言葉を書き残した。実に含蓄深い言葉である。

 

強くあり、優しくもある立派な大人を目指していこうではありませんか。

 

 

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高須賀

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