SFというジャンルの一つのキモは、「いかにスケールのでかい嘘を作るか」ということだと思うんです。
ちょっと、しんざきの趣味に走ったお話をさせていただければと思います。
皆さん、SF小説って読みますか?「月は無慈悲な夜の女王」とか「幼年期の終わり」とか「太陽の簒奪者」とか「敵は海賊」とか「エンダーのゲーム」とか「火星の人」とか「何かが道をやってくる」とか、読んだことありますか?
世の中には「SF小説」というちょっと偏ったジャンルがありまして、およそ一般的な読書傾向の方々は、あまりこのジャンルに触れない傾向があるような気がしています。
「そのジャンルを別段偏愛していない人でも手にとる本」
と
「そのジャンルを偏愛している人でないと手にとらない本」
というのがありまして、SFというジャンルには後者の割合が著しく多いような肌感があります。
面白いんですけどね、SF小説。
しんざきは昔からのSF小説好きでして、国内SFも読めば海外SFも読みます。
どちらかというと海外の、ちょっと古めのタイトルが好きな傾向があるかも知れません。ブラッドベリとか、カードとか、ティプトリーとかが特に好きです。国内だと神林長平先生を偏愛しています。
が。これは恐らく、SF好きの人なら結構多くの方が同意してくださると思うんですが。どれか一作、ありとあらゆるSF小説の中での最高傑作を選べと言われれば、私はあんまり迷わずにこう答えます。
それは「星を継ぐもの」だ、と。
「星を継ぐもの」。1977年、ジェイムズ・P・ホーガン著。
その恐るべき完成度、細部まで手の込んだディテールがありながら、この一作が彼のデビュー作だった、というのが本当に信じられない事実です。
以下、作品についてのお話。一応大きめなネタバレは避けるようにします。まだ読んでない方は読んでみてください。超面白いので。
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「星を継ぐもの」は、「月で見つかった、赤い宇宙服の遺体。それは5万年前のものだった」という豪快な導入から始まります。
「チャーリー」と名付けられた遺体は、どう調べても人類そのままとしか思えません。が、当たり前のことですが、人類が月にいけるようになったのはほんのここ数十年程の話です。
それ以前に月に行ける程の高度な文明があったとしたら、何故、その痕跡が地球上に全く残っていないのでしょう?全く別の星からやってきたいわゆる宇宙人だとしたら、何故チャーリーの姿は人類そのままなんでしょう?
お話の展開は、物理学者であるヴィクター・ハントと彼の相棒のロブ・グレイ、そして生物学者のダンチェッカーといった、様々な魅力的な人物たちが、「チャーリーは一体何者なのか?」というたったひとつの疑問に挑む、ということを中核として進みます。
このテーマは、最初から最後までお話の中心に居座り続けます。つまり、この作品は基本的に「謎解き」の物語です。ミステリーや推理小説に近いといってもいいでしょう。
この「星を継ぐもの」の何より物凄いところは、「嘘の作り方」です。
SFは、人によっては「スペースファンタジー」だったり「すこしふしぎ」だったりしますが、一般的には「サイエンス・フィクション」と読みます。科学的な空想に基づいた、フィクション。フィクションということはつまり、どう取り繕ったところで、どこかに必ず「嘘」は混じってしまうんですね。
タイムマシンは、今実際には存在しない。けれど、存在するとしたら、それはどんな科学にもとづいて作られたんだろう?
超光速宇宙船は、今実際には存在しない。けれど、存在するとしたら、それはどんな設計思想にもとづいて作られたんだろう?
一つの大きな嘘を、色々なディテールで細かくコーティングして、まるで本当にそこにあるかのように演出する。そして、その舞台装置の上で、様々なドラマを組み上げる。それがSF小説の面白さであり、SF作家の腕の見せどころです。
そして、この「星を継ぐもの」の「嘘」は、本当に卓絶しているんです。まさかそこに「嘘」を持ってくるのか、と。そして、その「嘘」にそんなディテールを被せるのか、と。
細部が固まっていれば、嘘は大きい程ばれにくい、という言葉があります。ホーガンのディテール描写の巧みさは、読者に「嘘」を感じさせません。
この作品は、勿論中核にはフィクションがあるんですが、その中に「実際に存在する(あるいはその当時存在していた)謎」を本当に巧みに混ぜてくるんですよね。
一つの大きな謎があって、その周辺に大小様々な謎が新たに発生して、しかもその謎の幾つかは実際にある謎だったりして。読者は本当に、ハントやダンチェッカーと一緒に、そこに存在する謎を解いているような気分にさせられます。
そして、それらの謎が組み合わさって段々と描かれていく「作品上の真実」は、謎解きを経てきた読者たちにとっては、「もしかすると本当にこういうことが起きていたのかも知れない」という、圧倒的なリアリティをもって振りかかってくるのです。
嘘を、嘘でなくしてしまう。これがSFの味であって、「星を継ぐもの」が最高傑作である、数ある理由の内大きな一つです。
それはそうと、その「謎解き」の周辺で、「星を継ぐもの」は色々な人間模様、キャラクター同士のドラマも展開してくれます。
ときには衝突し、時には協力し、所によっては組織論にまで踏み込みかねないその人間模様は、それだけでも一級のドラマといって差し支えないものです。
例えば、生物学者であるクリス・ダンチェッカー。
当初は「チャーリーは地球人である」という結論ありきの議論にこだわり、頑迷な学者のように描写されていた彼ですが、あるきっかけを境にハントの良き友人となり、物語をリードする人物の一人になります。彼の終盤の演説は圧巻という他ありません。
例えば、国連宇宙軍の本部長であり、ハントやグレイを呼び寄せた張本人であるグレッグ・コールドウェル。
彼が「全く外部の人間」を組織に呼び寄せて、だれにも文句を言わさずにだんだんと中核に据えていく方法は、実際の組織にも応用できそうなくらい微に入り細に入っています。
彼、グループLという組織を作って、その責任者をハントとして情報共有と情報展開の仕組みを作り上げるんですが
「ただ情報を共有するだけでなく、ちゃんとそこから情報を得ることもできる」
という双方向の組織になっていることが様々に描写されるんですね。これ、現在でいうところのグループwikiみたいなものの走りの描写でもあると思います。
その他、言語学者のドン・マドソンやら月理学の権威スタインフィールドやら、様々なキャラクターたちが様々な立ち位置で「チャーリーの秘密」を解き明かそうとするその展開は、筋としては「謎解き物」でありながら、冒険小説であるかのように起伏に富んでいます。
もしお読みになっていない方がいらっしゃったら、ぜひ一度、月の遺体の謎を解き明かす旅に出られてみてはいかがでしょうか。旅のたどり着く場所、最後の一文で、あなたはきっと雷に打たれたような感動を感じる筈です。
今日書きたいことはそれくらいです。
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【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:Ray Ordinario)