まだ20代半ばだった頃。

会社の不条理に辟易した私は、様々なものに不満を抱いていた。

 

社内の無意味な序列、

人の話を聞かない上司、

無駄な会議、

非効率な手続き……

そういったものすべてが不満の源泉だった。

 

不満が募れば、人は、その原因を何処かに求めたくなる。

私は様々な本を読み漁り、「組織の欠点」について、ひいては「社会の欠点」について、知識をつけた。

例えば、話を聞かないプロジェクトマネジャーは、プロジェクトを失敗させる確率が高いし、ピーター・ドラッカーは「人事の間違いは、異動させた側の責任」とハッキリと言っていた。

 

頭でっかちになった私は、ほとんどありとあらゆる事象に、ケチを付けることができた。

そして「なぜ世の中は、一向に良くならないのか」と嘆いたのだった。

 

*****

 

ある時、比較的仲の良かった先輩が、

「飲みに行きましょう」と、誘ってくれた。忙しいと断ったが、「まあいいからさ」と強引に誘ってくる。

 

オフィスの近くに良いバーがある、と普段から先輩は言っていたが、そこに連れて行ってあげる、というのだ。

20代半ばの私は、大人たちが行くバーなんぞ行ったことがなく、「それなら」と、外に出た。

 

バーに入り、飲み物を注文すると、先輩は単刀直入に切り出した。

「安達さん、会社に不満ですか。」

 

図星だが、平静を装った。

「そうでもないです。」

「そうですか、それなら良いんですが。」

我々は沈黙した。飲み物が運ばれてくる。

強い酒なので、私はちびちび舐めるように飲む。

「……不満があるって、わかりますか。」

 

先輩はこちらを見ずに言う。

「そりゃまあ、わかりやすいから。」

 

私は、酒の勢い、とはこういうものなのだな、と思いながら先輩に言った。

「……先輩は、よく我慢できますね。不満はないんですか。」

「そりゃあ、不満のない社会人なんて、いないでしょう。」

「例えばどんなことですか?」

「統制が強すぎること、会議が長いこと、若い人が辞めていくこと。」

 

先輩が自分と同じように考えていることがわかり、私は仲間をえたような気持ちになったので、ちょっと口が軽くなった。

「ほんと、そのとおりですよね。世の中、こんな会社ばかりなんですかね。」

「そうだと思いますよ。」

先輩は同意してくれた。

 

私は調子に乗って、言葉を継いだ。

「あー、なんで会社はこんなにクソなんですかね。」

「……」

「……」

 

先輩は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと言った。

「安達さん、どうすれば、会社や世の中がクソではなくなりますかね?」

「えー……と。」

「私もクソな会社は嫌なんですよ。どうしたら変わりますかね。知恵を貸してほしいんですが。」

「まず、上司に変わってもらわなきゃダメです。あと、その取り巻きにも。」

「そうですね。」

「あと、もう少し会議を効率よくするために、議事を変える必要があります。」

「確かに。」

 

しばらく話した後、先輩は「分かりました。」と言った。

「では、このクソな状況をなんとかしましょう。」

 

私は感謝した。

「ありがとうございます。」

すると先輩は言った。

「ありがとうございます、っていうのは違いますよ。安達さんがやるんです。」

「……?」

「どうすれば、上司が変わるか。安達さんがやらなきゃダメですよ。他に誰もやってくれません。」

「と言われても……。」

「やりたくないですか?」

「そういうことではないんですが……。」

「ではやりましょう。やり方は私がお伝えします。簡単ですよ。」

「……。」

「いいですか、20代の半ば、そろそろ子供はやめましょう。世の中は誰もあなたのために世話を焼いてくれません。欲しいものは、自分で掴みに行くんです。でなきゃ、一生負け続けますよ。それで良いんですか。」

「それは嫌です。」

「いいですか、世界が一向に良くならないのは、あなたが何もしてないからです。」

「……」

「まず、目の前のことからなんとかしましょう。上司の態度を変えるなんて、そんな難しいことではありません。」

「そうなんですか?」

「そうです。」

 

先輩は、その場で私に以下のことを約束させた。

・不満を顔に出さないこと。

・上司の悩みを聞くこと

・上司を褒めること

 

「この3つを、とにかく半年間、やり続けてください。」

 

私は半信半疑であったが、とにかくアドバイスを実行した。

もう、キャリアに後がなかったからだ。

 

私は上司のクズな部分に目を向けず、上司の良い部分を見て褒めるようにした。

私は嫌な上司の話を積極的に聞きに行くように努め、彼の悩みを感じるようにした。

感情が表に出ないように、いつも笑顔でいるように勤めた。

 

 

実際、それら先輩のアドバイスは的確で、すぐにその効果を実感するところとなった。

 

上司は困ったことがあると、私に相談するようになり、ついに「若い人の離職率が高い」ことについて、打開策を提案するように求められた。

会議でできるだけ積極的に発言したので、会議は短くなった。

 

つまり、私は先輩の提言どおり「世界は、変えられる」との確信に至ったのだった。

 

年末が来ると、いつもあのバーを思い出す。

「世界が一向に良くならないのは、あなたが何もしてないから。」なのだ。

 

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