私がコンサルティングで学んだことの一つに
「客に頑張らせるな」という話がある。
一つの法則というか、知見に近いものだ。
一方で、インターネットではスピリチュアル系の人々が、「がんばらなくってもいいんだよ」という甘い囁きをしているのをよく見る。
言い方だけを見れば、これと似ているかもしれないが、「なぜ頑張らなくても良いのか」をきちんと説明しないと、不安になる人もたくさんいるだろう。
ちゃんと解説するので、まあ聞いて欲しい。
昔訪れた、商社の話
少し前の話だが、私は「商社」を支援したことがある。課題は「社員の定着率」だった。
「なぜ外部に支援を依頼しようと思ったのか?」と聞くと、
「中期経営計画が未達のため、「営業メンバーの行動管理」と「営業メンバーの力量向上」など、営業強化の施策を行った。
その結果、業績はやや向上したが、離職者や休職者が増えた。」という。
調べてみると、社員の労働時間がかなり長い。
辞めた理由にも「労働時間」が、けっこう挙がっている。
だが、経営者や管理職へのインタビューをすると、
「営業の労働時間が長いのは仕方がない。目標達成は絶対なのだから。」
と言う。逆に、
「なんとか、面談やインセンティブを通じて社員のモチベーションを上げて、定着率をあげることはできないですかね?」と聞かれた。
我々は「無理です」と答えた。
◆
このような会社の真の問題は「生産性の低さを、社員の労働時間でカバーしている」ということだ。
「生産性」はビジネスモデルに依存する。
ビジネスモデルがいまいちな場合には、営業メンバーがいくら効率よく仕事をしようと、それによって短縮できる労働時間はたかが知れており、業績を伸ばすには、単に「より長く働く」より他にはない。
だが、営業に頑張らせれば頑張らせるほど、当然、営業は疲弊し、サービスレベルは低下し、長期的には会社の経営は悪化することは容易に想像がつく。
この会社はそういう状態だった。
MITの経営大学院で教鞭をとる、ピーター・M・センゲ氏はこの現象を「相殺フィードバック」と呼ぶ。
ジョージ・オーウェルの『動物農場』の中で、ボクサーという馬はどんな困難にぶつかっても、必ずこう答える。
「わしがもっと働くさ」。
最初は、ボクサーの善意の勤勉さが皆を奮い立たせるが、次第にその努力が微妙に逆効果を及ぼし始める。
ボクサーが一生懸命に働けば働くほど、やるべき仕事が増えていくのだ。農場を支配する豚たちが実は、自己利益のために皆を操っていたことにボクサーは気づいていなかった。
実のところ、ボクサーの勤勉さが、豚たちの企みをほかの動物たちに気づかせない役割を果たしたのである。
システム思考では、こうした現象を「相殺フィードバック」と呼ぶ。よかれと思って行った介入が、その介入の利点を相殺するような反応をシステムから引き出す現象である。
私たちは誰もが、相殺フィードバックに直面するのはどんな感じかを知っている。押せば押すほど、システムが強く押し返してくる──つまり、物事を改善しようと努力すればするほど、さらに多くの努力が必要に思えてくるのだ。
頑張っても成果が出ない場合、「わしがもっと働くさ」は、最悪の言葉だ。
「頑張る」ことで、より問題が大きくなってしまうからだ。
上の商社は「中期経営計画」が間違っていたという事実を無視し、「頑張り」を現場に要求したため、歪みが「離職率」や「休職」といった形となって顕在化したのである。
つまり、経営者は「もっと頑張って中期経営計画を達成しよう」という考えを捨て、「頑張らずに、中期経営計画を達成する方法はないか」と言わなくてはならなかった。
そのため、我々は最終的には「営業の労働時間を減らしながら、業績をあげる方法」を提案した。
具体的には、営業のターゲットを変更したのである。これは幸い、上手くいった。
実際、「どうやってこれ以上頑張らせるか」よりも、「これ以上頑張らせないようにする」という意思決定が、現状を打破する有効な解決策になることは、結構多いのである。
◆
現代の価値の高い仕事のほとんどはすでに「量をこなせば成果があがる」という性質ではない。
盲目的な頑張りが意味を持っていた時代は、すでに終わっている。
例えば研究所では「量をこなすこと」は重要ではない。
一〇年間市場を支配する年間売上五億ドルの新薬一つのほうが、年間売上二千万ドルの物真似薬二〇種よりも価値がある。
漫画を書いたり、小説を書いたり。
音楽を作ったり、絵を書いたり。
そういったクリエイティブな活動の殆ども、「仕事量」と「作品への評価」は関係がない。
どんなに労働時間を増やしても、夜を徹して働いても、報われるかどうかはわからない。そういった「不条理」を孕んで居るのが現在の「仕事の量と成果がつながらない世界」だ。
そして、そういう時代だからこそ、「長時間労働」は余計、労働者から忌避されるのだろう。
作れば売れた時代だった、二〇世紀はすでに終わっているのだ。
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