ちょっと前に訪問診療の現場にて悲劇的な事件が起きた。覚えている人も多いだろう。

<参考 「寝たきりの親にパラサイト」訪問診療医射殺事件にちらつく”8050問題”家庭の末路 親の年金目当てに延命リクエスト | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)>

1月27日、渡辺宏容疑者(66歳)は埼玉県ふじみ野市の自宅で、前日に死亡した母親(92歳)の担当医だった鈴木純一さん(44歳)を人質に立てこもり、散弾銃で撃って殺害した疑いで逮捕された。

 

訪問診療は来院困難な患者さんに向けられたサービスで、僕も経験がある。

医療は患者さんが病院を訪れて医者が診察をするというように通常であれば医療機関にて行われるものだ。

 

だが、世の中には様々な理由で持ってそれが困難な方がいる。

そうした人達にも医療を提供する窓口として訪問診療という制度はある。

 

在宅医療は患者さんにだけメリットがありそうにもみえるが、実は医療従業者にも多数のメリットがある。

その1つに日常診療の場では決して得られない患者さんの生活環境をみる事ができるというのがある。

 

これには本当に学ぶことが多かった。今日は環境と人の性質について色々と書いていこうかと思う。

 

箱庭療法で精神なんてわからないと思っていた

みなさんは箱庭療法というものをご存知だろうか?

これは臨床心理学で時に使われるもので、セラピストが見守る中、クライアントが砂の入った箱の中にミニチュア玩具を置き、自由に何かを表現させるというものだ。

 

この治療法を導入された第一人者でもある河合隼雄さんいわく、箱庭療法は治療前と治療後で大きく内容が変わり時にその変貌っぷりにある種の感動すら覚える事がある程に大きな変化を示す事があるのだという。

 

僕はこの箱庭療法の話を聞いた時、正直かなり眉唾ものだと思った。

モノの置き方で人の精神性がわかるとか、ムチャクチャにもほどがあるだろとしか思えなかったからだ。

 

しかし在宅医療でもって物凄く沢山の数の他人の家に入らせていただく経験を通して、僕は箱庭療法のポテンシャルを大きく見誤っていた事を痛感した。

 

在宅の現場はリアル箱庭療法だった

病院で患者さんと接していると、世の中には本当に色々な人がいるなと思わされる事が多い。

はっきり言って90%以上の患者さんは至極礼儀正しい方ばかりで対応困難なケースはそこまで多いわけではないのだが、時に本当に全くもって話が通じないタイプの人というのがいる。

 

かつての僕は、それこそ人間なんだから信頼関係をキッチリ作り上げて話し合えば、いつかはきっとわかりあえるはずだと思っていた。

だが、そういう青臭い理想論をいつまでも語り続けられない程には僕も色々な経験をした。

 

そのような経験を何度もする度に「なんで同じ人間なのにここまで話せないのだろう?」と随分と思い悩んだのだが、訪問診療にて本当にたくさんの数の患者さんのお宅を拝見させていただき、僕はその疑問解決の糸口を得た。

 

本当に沢山の他人の家をみて、そこに暮らす人達の生活をみた。

勿論というか、ほとんどの患者さんの住宅は全然普通で、小・中学校の頃に友達の家に遊びに行って見たことがあるぐらいのパターンに収まるケースが圧倒的大多数だ。

 

だが…中には本当に衝撃的だとしかいいようがないような家も中にはあった。

 

togetterというサイトにて訪問診療の衝撃を伝えたまとめがあるのだが、世の中には確かに”みたことがない”ような世界がごく少数ではあるが…そこには広がっていた。

<参考 訪問診療での指導医「捨てていい靴下を二枚重ねで履いてきなさい。あなたが見たことのない世界が広がっている家はたくさんあります」 – Togetter>

 

自宅はリアル箱庭療法そのものであった。

確かに”箱庭”でもって、ある種の性質の人の精神性を理解する鍵のようなものがそこにはあった。

 

ひょっとして、目の前の人は違う惑星出身者なのではないか?

改めて考えてみればだが、散らかった机だとか部屋のキレイ具合など、その人が暮らす空間の中にはその人の精神性がある程度は必然的に反映されてしまう。

それは行為とか習慣の蓄積した結果として示されるものだが、それを突き詰めていけば何をどこにどのように”置く”かにも、確かに精神性のようなものは多少は反映されるだろう。

 

訪問診療の現場を多数経験した後、僕は患者さんに限らず、いま話しているこの人が僕がこれまで”みたことがない”ような世界に住んでいる可能性はないかという事を随分と思慮するようになった。

 

アメリカ人にはアメリカ人の生活様式があり、エジプト人にはエジプト人の生活様式がある。

生活様式が根本から異なる人に、自分が想定する普通の文化を期待するのは野暮というものである。

 

あなたがどうしても話し合えないと思えるような人がいるとしたら、その人が「ひょっとして別の惑星に住んでいるのではないか?」という可能性について思い描いてもよいかもしれない。

違う惑星出身者だと思えれば随分と対策もまた変えられるのではないだろか?

少なくとも僕は仕事に限らず、プライベートでもこの考えでかなり大人になれたようには思う。

 

環境は人の行動様式を確かに変えてしまう

このように人が生活した形跡には、その人の精神性がある程度は反映されてしまう。

特定の場所はいつも同じような結果に収束する。

例えばエコとかロハスのようなうたった環境に優しい自然派をうたった自営業っぽいお店なんかをみると、どこもかしこも本当に似たような環境が生み出されている。

 

僕は前からこれが本当に不思議でしかたがなかった。

けど、それを作る元となる人間の精神性にある種の共通原理のようなものが作用し、その結果が同じ場所へと収束するからだと考えると、ある程度は納得ができる。

 

整理整頓でヒトは変われるのか?

そしてこの現象は逆方向からも考えられる。

それは「整理整頓で人間のマインドセットも変わるのか?」というものだ。

 

最近はめっきり見なくなったが、一時期インターネットではミニマリストという人達が随分といた。

知らない人の為に簡単に説明すると、ミニマリストとは断捨離を徹底してモノに振り回されずに自由に生きる事を目指す人達の事である。

極端なこんまりメソッドでも思い浮かべてもらえれば、そう間違いではない。

 

確かに、ときどき成功者のお宅拝見のようなものをテレビなどでみると、だいたいどこの家庭も整理整頓がキチッとなされており、あまりグチャクチャな様子はみられない。

逆にゴミ屋敷のような家に住んでいる人達の事を考えると、どうも家の散らかり具合の間には成功者と落語者の相関関係が一定数ありそうにもみえてくる。

 

そういう部分から着想を得れば、身ぎれいな生活環境ができる人はそれ≒成功しやすいという考えは一見すると正しそうにもみえてくる。

 

では、ミニマリストのように整理整頓をする事によってヒトの性質を変えられるのだろうか?

その成否を判断するのによい材料が1つある。新宿歌舞伎町だ。

 

ある意味では少年少女にも開かれた場所となった歌舞伎町

環境を変える事で時にヒトの行動様式は大きく変わる。

例えば僕が住む東京なんかだと、新宿歌舞伎町の変化にはちょっとビックリするものがある。

 

20年以上前の新宿歌舞伎町は、それこそ歩いているだけで命の危険があるのではないかというぐらいに怖い場所であった。

そこは悪い大人の街で、少なくとも子供が歩いていい場所ではなかった。

 

しかしそれが最近はそうではないらしい。

”「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認”によると、最近の新宿歌舞伎町は悪い大人だけではなく家庭に問題を抱えた未成年者が集う場所としても機能しているのだという。

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本書に出てくる若者ムーブメントはいろいろと衝撃的だが、そのキッカケとなったのは昨日亡くなられた石原都知事による歌舞伎町浄化作戦だ。

この大騒動の結果、この街からは暴力団が締め出され、表面上は本当にクリーンな街に近づいた。

 

メイン通りは歩いていて全然怖い場所ではなくなったし、コマ劇場が壊されてTOHOシネマズ 新宿ができるなど、この街は確かに一見すると”浄化”され”クリーン”になったかのようにも思えた。

しかしそれが全然本質的な働きではないという事を、僕はこの本を読んで知った。

 

形をキレイにしても、場所の持つ性質は変わらなかった

筆者である佐々木チワワさんによると、現在の歌舞伎町は色々な意味で問題を抱えた”未成年者”も集う場所になったという。

推しに貢ぐ為に身体を売る少女 ぴえん系女子

家庭に居場所がない少年少女が救いを求めた結果できた トー横キッズ

詳細に関しては是非とも本を読んで頂きたいのだが、歌舞伎町という”場所”が少年・少女らを寄せ集めたのだろうと思わずにはいられないほどに、歌舞伎町に集う人の性質は以前と相似している。

この本を読むと、浄化作戦によって歌舞伎町のそもそもの性質は変えられなかったのだという事が実によく分かる。

 

確かに街の見た目はキレイになった。

しかし、そこに集う人が求めているモノの性質は今も昔も何も変わっていない。

あいも変わらず歌舞伎町は歌舞伎町のままである。

 

環境は確かに大きなゲームチェンジャーだ。ヒトの行動様式を大きく変える。

しかしそれはヒトの性質までもを変えるようなものではない。

どんなに綺麗にしようが汚くしようが、その人の性質は良くも悪くもそのままなのである。

 

歌舞伎町浄化作戦は見た目をキレイに取り繕ったからといって場所の性質は簡単には変えられないという事を証明したという点において、石原元都知事は生前にとても大きな仕事を成したといえるかもしれない。

 

大切なのは身の丈をしり、他文化の存在を意識する事

環境は人間の性質を反映する。

しかし環境そのものを変えた所で、人の性質までは変える事はできない。これがたぶん、世の中の真実である。

 

結局のところ、場所から学べるいちばん大切な事は人間という存在に対するより深い理解であろう。

私達は異文化を知る事で、世の中の常識が思った以上に広いという事を理解する事ができる。

逆に己の生活の残り香をより深く知る事で、思ってもみなかった己の一面を知る事だってできよう。

 

何かに思い悩んだ時はウンウンと思い悩むのではなく、場所に着目してみてもいいかもしれない。

そこに面白い解決の糸口があるかもしれないから。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

 

Photo by Dick Thomas Johnson