ある製造業の会社に訪問した時の話だ。思い出深い話があったので、それを書いてみたい。
私は、社長の依頼で会社を見まわり、「何か皆が問題を抱えていないか」ということについてレポートを書く予定だった。しかし、会社の各部署で話を聞くにつけ、私は社長の心配が杞憂であることに気づいた。
なぜなら、その会社の社員は皆、とても「安心して」働いていたからだ。気が抜けているわけでもない。むしろ皆は「どのように顧客に貢献するか」を人一倍考えているようだ。にも関わらず、業績の上がっている会社特有の「ガツガツ」した感じはなく、適度な力の入れ具合であり、理想的な状態と言っても良かった。
それに加えて、「助け合いの精神」が社内の随所に見られた。困っている人をすぐ助け、互いの良い所を認め合う文化、そういった「いい雰囲気」がその会社にはあった。
私は、社長に「ご心配は、おそらく杞憂です」と伝えに社長のデスクに向かった。社長は頷いて、「良かったです。」とだけ言った。
私は不思議に思っていたことを聞いた。
「なんで皆が安心して働けるのでしょう?」
社長は質問の意図を理解していないようだった。私の質問が良くなかったのであろう。改めて質問をしなおした。
「すいません、質問が悪かったです。なぜ皆、顧客に、そして社員同士でここまで細かい配慮ができるのでしょう?」
社長はそれを聞き、事も無げに答えた。
「多分、「大人」を雇っているからです。」
「大人?どういうことでしょう。」
社長は私に突如質問した。
「大人と、子どもの違いを知っていますか?」
私は、このような当たり前すぎる質問に、当たり前の回答をしたのでは社長に無礼にあたると思い、考えこんでしまった。
「年齢とか、外形的な話ではなく、ということですか?」
「もちろんです。大人と子どもを分けるのはそのようなことではありません。大人になりきれていない大人が、たくさんいるでしょう。」
「……そのとおりです。」
私は、ギブアップし、社長に解答を求めた。社長は快く教えてくれた。
「想像力ですよ。といっても、よくある意味での想像力ではありません。「他者の気持ちを想像できるかどうか」という意味での、想像力です」
「想像力…?」
「そうです。想像力がある人は、他者の身に起きたことを、自分の身に起きたことのように感じることができる。」
「……」
「例えば、うちのお客さんの気持ちになれるかどうかです。うちに問い合わせをしたとしても、中々電話に出ない。その人の気持ちがわかりますか?」
「…イライラしますかね。」
「そうです。イライラしますよね。他にはどう思いますか?」
「……結構難しいですね。」
「そうでしょうか?では別の例を出しましょう。例えば、部署内で1人、成果の出ない人がいたとしましょう。その人の気持ちがわかりますか?」
「惨めな気持ちか、もしかしたら、悔しいと思うかもしれませんね。」
「では、このような例はどうでしょう。成果が出ない新人がいる。上司の気持ちがわかりますか?」
「…どうしてこんなこともできないのか、という焦燥感でしょうか。」
「まあ、いろいろな方がいますから、正解はありません。でも、先ほどの電話に出ない、という状況の時、お客さんの気持ちを単に、「困ったなあ」とか、「イライラする」とだけしか答えられない人もいれば、「どうしよう、今この機械が動かなければ、納期に致命的な遅れが出るかもしれない。早く出てくれたらなあ…もし出なかったら、直接行こうかなあ」といった答えをする人もいる。これが、想像力の差です。
想像力の差は、そのまま他者への配慮につながる。想像力を最大限に働かせること、これが、うちの社員に求める能力です。」
「なるほど…。」
「ですから、うちの面接では、「ビジネスにおける様々なシーン」を想定し、その時に「相手がどんな気持ちでいるか?」を想定してもらい、それを答えてもらっています。想像力のある人を採用するために。」
「面白いですね…。御社のような採用を行っている会社は初めて見ました。」
「そうしょうか。ですが、当たり前ではないでしょうか。成果を出していても、利己的な人間はうちの会社には要りません。同じく、上司の気持ちがわからない人間、顧客の気持ちを理解しない人間、部下の成果に配慮できない人間も同様です。スキル云々よりも、よっぽどそのほうが大事ですよ。」
「なるほど。」
「大人は成果が出ない人には辛抱強く指導し、自分の成果が出ていても奢らない。そうでしょう?本質的には、あるとき弱く、あるとき強いのが人間。皆が人に手を差し伸べ、そして同時に皆が人に助けられる。世の中はそうやって回っているんです。それが認識できてるかどうかが、大人か子供かの境界線です。」
あの時社長が言っていた言葉、当時はよくわかっていなかった。今、自分で会社をやっていてそれが初めて理解できた気がする。
「もちつ、もたれつ」、それが世の理なのだ。
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