就職活動の時期になると、多くの学生が悩みを抱えるようになる。特に多いのが、「希望の会社に入れなかったので、意欲がわかない」というものだ。
実際、これまで順調に志望校に入ってきた学生でさえ、なお就職も希望したところに、となると、可能性はほぼゼロに近い。
就職活動は「努力をすれば成果が出る」と言う性質のものではないし、日本で活動している会社200万社のうち学生が知っている会社はせいぜい数百社といったところだろう。
したがって、殆どの学生は「知らない場所」、「希望していなかった場所」で長い時間働くわけである。むしろ不安にならないほうがどうかしている。
「意欲がわかない」という方も、少なからずいる。特に、今まで努力をして「志望校」を勝ち取ってきた学生は不条理を感じてさえいる。
彼も、そんな学生の一人であった。かなりの有名校にかよっていた彼は、「就職もきっと自分の行きたい会社に行ける」と信じて疑わなかった。
彼は、そのために必死に勉強してきた、と言っていた。
だが、彼の希望は残念ながら叶うことはなかった。
学力とは異なるモノサシでの競争、基準のない競争は、彼を混乱に陥れ、ついに希望は叶うことはなかった。
私は彼から、「希望していない会社で働くことになった。意欲がわかない。どうしたら良いかわからない」という悩みを聞き、一人の経営者を紹介した。
その経営者は普段から、「新卒採用をするにあたり、学生が何を考えて就職するのか、非常に興味がある」と言っていたからだ。
我々はある喫茶店に集まり、話をした。
「こんにちは。」
「こんにちは。今日はわざわざ来てくれてありがとう。就職決まって、良かったね。」
「いや…。聞いていらっしゃるかもしれませんが、全然良くないです。私がやりたかったことと全く違う業界なので…。やる気がでません。」
「そうなんだ。」
「はい。就職留年も考えています。」
「もう一年、就職活動をやり直すってこと?」
「そうです。」
「そうか…。まあ私はそれを止めようとは思わないけど…。」
「……はい。」
「いや、実は僕もね、就職活動失敗したんだよ。本当は出版社に就職したかったんだけど、どこも門前払でね。結局、最初は中小の下請けのIT企業に就職したんだ。」
「そうなんですか。」
「ちなみに、どんなことがやりたかったの?」
「企業の研究所に入りたかったんです。でも、研究所って本当に採用が少なくて、ゼミの先生の紹介でもうまくいかず…。」
「そうなんだ。いい夢を持っていたんだね。」
「…。」
「就職先は、どういう所?」
「ソフトウェアの技術者です。システムエンジニアってやつです。」
「おー、同じじゃないか。そうかそうか。それは、嬉しいな。前途明るい若者がソフトの世界に入ってくるのは、歓迎だよ」
「出版社諦めて、エンジニアになって、どうでしたか?」
「はっきり言って、ものすごく良かったと思う。出版社に行かなくて良かった。」
「そうなんですか?」
「そう、心底そう思う。結局、就職って、単なる「あみだくじ」なんだよね。」
「あみだくじ?」
「結果は向こうに見えていて、そこを目指すけど、いろいろな会社に行ってみて、最後にたどり着くのは、意外な場所っていうたとえ。あんまりうまい例えじゃないかも。でもまあ、思いとしてはそんな感じ。」
「でも、当初やりたかったこととは違いますよね?くじ引きで職業が決まるのなんて、不条理ですよ!」
「そうかもね。私も当時はかなり落ち込んだよ。でも、仕事まで自分の思った通りになってしまったら、人生の転機なんて、一生来ないじゃない。予想できないことがあるから、面白いんだよ。仕事って。」
「…。」
「だから、君は予想外の出会いをして良かったんじゃないかな、と思ったけど」
「予想外の出会いですか…。」
「だって、新しい自分の中の才能に出会えるかもよ?やってみて、ダメだったら別のことすればいいし。」
「…。」
しばらく沈黙が場を占めた。学生は、下を向いて考えこんでいる。
私とその経営者の方はコーヒーのおかわりを注文し、それを飲んだ。
「そうですね。たしかにそうかもしれません。就職留年はやめたほうがいいでしょうか?」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんで、気にしないでよ。」
「考えてみます。」
その後、彼は大学に残らず、エンジニアになったという連絡をもらった。
「今の仕事は楽しい?」と聞くと、彼は、 「とても。」と言った。
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