「チャレンジしよう」というスローガンを掲げる会社は少なくないが、実際にチャレンジができる会社はそれほど多くない。なぜチャレンジが止まってしまうのだろうか。

 

 

システム開発のG社では、今期のスローガンはその「チャレンジ」だ。成長に陰りの見えた既存事業に不安を感じた社長、経営陣は新規事業の立ち上げを行うことにした。

役員たちはまず、新規事業として何がふさわしいのかを議論した。数回の会議を重ね、彼らは現在のBtoBビジネスではなく、BtoC、すなわち一般の個人を対象とする商材を開発することにした。

法人相手に築いたブランドは個人にも有効で、マーケットを大きく拡大できる睨んだからだ。

 

彼らの強みは企業の基幹システムにある。そのノウハウを「スマホアプリ」で個人向けの家計簿ソフト、資産管理ソフトに向けようと彼らは考えた。

そしてスマホアプリの立ち上げ責任者として一人のマネジャーが指名された。

彼はちょうど大きなプロジェクトを終えたところであり、特に担当している顧客もいない。「ちょうど空いているなら、やってみないか」と社長に言われ、その部長は「社長が言うなら……」と、引き受けた。

 

会社には、大きく4つの部門があり、営業、開発、カスタマーサービス、そして総務である。

10人いるマネジャーのうち、7名は開発に属し、現在の主力事業である大手物流企業へのシステム導入は、そのうち4名が担当する事業だ。

だが、新規事業を担当するマネジャーは主力事業ではなく、傍流の金融事業の担当者だった。「大手物流からの引き合いが多く、今は新規事業のために人が出せない」との、役員判断だ。

 

そして、スマホアプリ開発のために、そのマネジャーには下に1名の部下が割り当てられた。

「とりあえず2名でやってくれ、反応が良かったら増員して部をつくるから」と社長が言う。

 

マネジャーは「わかりました」といったものの、「とりあえず引き受けたけど、デザインやスマホアプリのマーケティングのノウハウがないな」と思い、社長へ「デザインとマーケティングのノウハウを得るために、外部を使ってもいいですか」と聞くと、

「とりあえず、アプリを作って出してみてからだ」という。マネジャーはそれならしょうがない、と開発を始めた。

 

開発にあたってはリソースが少ないので、多くの部分を既存の商品から流用することにした。半年で2名で実装するにはやむを得ない。

経営陣にそれを説明すると、「問題ない」とGoサインが出た。

 

 

半年後、なんとか形になったアプリを経営陣にお披露目する日だ。彼はアプリの機能や使い方を説明し、アプリストアやwebでのプロモーションについて解説する。

すると「稼ぎ頭」の部署を担当する役員から手が上がった。

「このアプリだけど、ウチのお客さんには売らないで欲しいんだよね。」

「なぜですか?」

「いまウチがお客さんから依頼されているスマホ向けの機能が結構重なるんだよね。」

「しかし…」

「これが売れても、一つ数百円とかでしょう?売上目標も低いし、会社のためにどちらが良いか明らかじゃないですか。」

「……」

そのマネジャーが「アプリストアに出すなということですか?」と聞くとその役員からは

「そんなことは言わない。でもウチの顧客には積極的には紹介しないで欲しい」と言った。

「広告宣伝はどうでしょう?」と聞くと社長は

「webで少しずつウチのお客さんの反応を見ながらやってくれ」という。

 

マネジャーは「プロモーションにある程度お金をかけないと、売れないですよ」と言ったが、経営陣は「ウチのブランドなら大丈夫」と自信ありの様子だ。

 

 

そして、アプリをリリースした1ヶ月後、ダウンロード数は伸びていなかった。マネジャーは「まあそうだよな」と思っていたが、なんとかテコ入れをしたい、リソースをわけて欲しいと経営陣に報告をした。

 

すると後日、マネジャーのところへ依頼が来た。「今、大手さんからの引合が多くて、基幹システムの方で手が足りないんだよね。ちょっと手伝ってくれないかな。」

マネジャーは困ったが、結局社内の「売上目標達成のためには」と、兼任で新規事業の立ち上げを継続することにした。

 

その後、G社の新規事業は1年半で撤退することになった。何もなかったかごとく、会社はいつもの様子を取り戻し、スマホアプリに言及する人は誰も居ない。

 

 

——————

会社が新しいことにチャレンジするにあたっては、譲れない条件がある。

 

1.エースが行うこと

稼ぎ頭で、社内で信用のある人が音頭を取って行う。

 

2.担当者の発案で行うこと。

自分で考えたものでなければ、だれもリスクを負わない。

 

3.リソースを与える

リソースをケチる、ということは社内に対する「重要ではない」というメッセージになる。

 

4.既存事業に邪魔をさせない。

既存顧客を優先する論理が働きがちだが、真に優れたサービスは、自社サービスを陳腐化させる。

 

5.専任でやらせる。

兼任は、どちらも中途半端になる上、「言い訳」を生みやすい環境となる。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

 

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(Richard Parmiter)