つい最近転職したばかりの友人Aに話を聞く機会があった。仕事はどうかと尋ねると「まあ、面白いよ。」という。

 

どのような仕事をしているのかと聞くと、「今の俺のミッションは、とにかく電話に出ることなんだ」と言った。

私は驚いた。

彼は30代前半で、社会人歴10年を超える中堅ビジネスマンだ。現場の第一線で活躍することを期待されて入社した彼のミッションが電話に出ることだと言うのだ。

 

「それがさ、入社して1週目に「とにかく電話に出て欲しい」って上司から言われたんだよ。その時は、中堅といえども新入社員だから当たり前だと思って「はい、頑張ります」って言ったんだよね。

でも、正直内心は「何で俺が?そんなの他の誰かの仕事だろ」って思ったんだ。だけどさ、実はその上司の助言のおかげで、スムーズに仕事が回り始めたんだよ。」

 

 

鳴り続ける電話と、それを当然と受け止める社員

入社して1週間が経ち、Aさんは上司から「とにかく電話に出て欲しい」と言われた。

しかし、誰かが懇切丁寧に電話の取り次ぎ方や内線のかけ方を教えてくれるわけではなかった。Aさんは見よう見まねで電話を取ったが、社員の顔と名前が一致しないので、スムーズに取り次ぐことができない。

 

また、サービスの内容を説明して欲しいと、お客様から問い合わせの電話に出ることもしばしばあった。当然だが、入社1週目では上手く説明することができない。

自分が電話を取っても、結局は周りの先輩に助けてもらうことになる。電話に出るたび、先輩と自分の業務が止まってしまう。これではお客さんにも先輩にも迷惑がかかると思い、だんだんと電話に出なくなってしまった。

 

それでも、Aさんが怒られることはなかった。なぜなら、他の人も積極的に電話を取る様子がなかったからだ。その会社では、2〜3コール電話が鳴り続けるのは当たり前だった。Aさんも、そんなものか、と思うことにした。

 

 

電話を取るのは誰の仕事か

次の週、Aさんの上司は緊急でチームミーティングを開いた。

 

「電話応対についてなんですけど。Aさんにきちんと出てもらいます。」

上司が言った。

Aさんはなぜ上司がここまで電話応対に固執するのか理解できなかった

 

 

「なぜAさんなんですか?新人だからというのは理由にならないと思うのですが。」別の先輩が質問した。

「なるほど。ではマネージャーの私が取った方がいいですか?」

「いや、それも違うと思います。でも、新人だからというのも違うと思います。Aさんは中堅のベテラン選手として入ってもらっています。彼には他にやるべきことがあると思います。

「では〇〇さんが代わりに取りますか?」

「いや、私は私で色々な仕事を兼務して忙しいので、それも違うと思います。電話は、電話当番というか・・・そのような方が取るべきだと思います。」

「なるほど、わかりました。でもうちの会社は大企業ではないので、電話を取るだけの人はいません。明日から急に雇うこともできません。どうすればいいと思いますか。」

「……。」

 

 

「社会人歴10年目だろうが、新入社員の仕事は電話を取ること」のメリット

このやりとりを見ていたたまれなくなったAさんは「わ、私、大丈夫です!私が電話を取ります!」とつい叫んでしまったという。

 

そんなAさんをニッコリ見つめて、上司は言った。

「私は、Aさんの社内での評価を早く上げたいんです。電話に出ることには、2つのメリットがあります。

一つは仕事が早く覚えられること。最初は大変かもしれないけれど、社内にどんな部署があるのか、どんな人が働いているのかがわかるようになります。また、お客さんからもどんどん問い合わせがきます。問い合わせに対応することで、自社のサービスを深く理解することができます。

 

もう一つは、Aさんが誰よりも率先して電話を取ることで、社内で一目置かれるようになると思っています。

「あの新人さん頑張ってるな」と周りに印象付けることができるし、いつも電話を取ってくれてありがとう、と感謝もされるでしょう。電話を取るという小さな行為でも、愚直にやり続ければ、必ず見ててくれる人がいます。それはAさんの信頼へとつながるでしょう。

もちろん、最初はわからないことが多くて迷惑をかけるかもしれません。でも大丈夫です。むしろ失敗できるのは入社して最初のうちだけです。Aさんがどうしても電話を取れないときは、チームがサポートします。だから、ぜひ率先して電話を取ってください。」

 

Aさんは納得した。

 

翌日、Aさんは心置きなく電話を取ることに集中した。なんだか社会人1年生に戻ったような気がして、楽しみさえ覚えていた。

しかしあまりに電話が多いので、応対数を記録することにした。何気なく出ていた電話だったが、数えてみると1日平均50件対応していたことがわかった。1件あたり平均3分ほど時間がかかったとして、全部で150分。1日のうち、なんと2時間半も電話応対に時間が取られていることが明らかになった。

 

 

社長からの「ありがとう」

そして事態は思わぬ方向に発展した。

Aさんが何気なく記録した電話応対時間が、社長の目に留まったのである。どれほど電話応対に時間が取られているか可視化されることで、電話応対の仕方が経営会議で議題に上がった。

 

電話応対はその会社の文化や風土を示す。

私が以前勤めていた会社では、2コール以内に電話に出るよう徹底されていた。また、電話はリーンと鳴っているのではなく「◯◯さん」と呼びかけられているものだと思え、と習った。

子供だましのような話だが、社長が口を酸っぱくして言っていた「お客さんの方を向け」という信念をよく表していたと思う。また、その信念が浸透していたおかげで、皆が電話を取る風土が出来上がっていた。

 

「忙しいから電話に出ないのは、社員がお客さんではなく社内を見てしまっている証拠。その風土を作り出したのは自分の責任だ」と、Aさんの会社の社長は反省した。そして「ありがとう」と感謝されたという。

 

「おかげで最近じゃ会社の全体像が見えてきたし、人の名前と顔もわかるようになってきた。それに、隣の部署の人から話しかけてもらえるようになったんだよ。

電話を取るなんて新卒の仕事だってバカにしてたけど、実は奥が深いんだな。」

 

 

もしあなたが転職をして最初の仕事が「電話を取ること」だったら、Aさんのように素直に実行するだろうか。はたまた「30歳になってまで、電話を取るためにこの会社に転職したわけではない」とプライドが邪魔するだろうか。

 

私はこの話を聞いて、電話を取ることを素直に実行したAさんが素晴らしいと思った。しかし、それ以上にこの指示を出した上司は、相当やり手だと思う。

 

 

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−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。

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