約2−3年前の出来事である。懇意にしてもらっていた社長から「人事評価制度を作りたいので話を聞きたい」というメールが入った。
その会社は15名ほどの規模だった。社長には色々な悩みを聞かせてもらっていたが、それまで人事についてはほとんど話を聞くことはなかったので、少し驚いた。私はすぐにアポを取り、話を聞きに行った。
「どうしたのですか。」
すると社長は「社内から人事評価について不満の声が上がっている」と話してくれた。
「やりたいことをやっているか」で評価する社長
社長は言った。
「これまで制度らしい制度なんてなかったからね。まあ10年経って、うちもそろそろサークルから『会社』になろうとしているってことかな。ははっ。」
私はもうすこし深掘りしたいと思ったので、聞いてみた。
「ちなみに社長にとって「仕事ができる人」って、どんな人なんですか?」
「仕事が出来る人?そりゃ決まってるよ。自分のやりたい仕事を楽しんでやっている人を高く評価するよ。」
「自分のやりたい仕事を楽しんでいる人、ですか?」
私は不思議に思った。通常、仕事が出来るかどうかは、「成果」を基準にすることが一般的だ。例えば営業なら売上を上げたか、エンジニアなら新しい製品を開発したかなど、その職種特有の結果が評価される。
私は社長に「成果は求めないのですか?」と聞いた。
「成果をだす人」よりも「やりたくてやっている人」がいい
「そりゃもちろん成果は出して欲しいと思うよ。でも、そういう話じゃないんだよな。
僕の周りにいる「仕事が出来る人」っていうのは、その仕事自体を楽しんでいる人が多いんだよね。自らやりたくてやっている人は、放っておいても勝手に工夫するでしょ。だから自然に成果が出ちゃうんだよ。」
「まあ、おっしゃる通りですね。」
と言いながら、実はあまり納得がいかず、更に質問を続けた。
「でも私の知り合いには、仕事はすごく出来るけど、やりたいことが分からないって言う人も多いです。会社が求める成果を出すことは得意だけど、決して起業は選ばないタイプの人です。
彼らは能力もあるし責任感もある。周りからの信頼も厚く、たいてい部長や右腕のポジションにいます。そういう人は「仕事が出来る人」には入らないですか?」
「うーん。まあ一般的に言ったら「仕事が出来る人」だよね。でも、なんていうのかな。彼らは会社から言われた目標を達成するのがゴールだから、そこから逆算をするよね。きっちり目標は達成してくれるんだけど・・・目標達成以上のものは生まれないんだよ。」
「それではダメだということでしょうか。」
「そうだね、やりたい事が明確で、それを仕事にしている人にはゴールがない。常に上を目指しているから、彼らは立ち止まらない。こっちがお願いしている目標は達成しないこともあるんだけど、「良い仕事」してくるんだよ。だから極端な話、”仕事が出来る”のレベルが全然違うんだよな。」
確かにアーティストや職人の世界では、この社長の考え方は親和性が高いかもしれない。
だが、この制度を作ったところで社員の不満は解決されないだろうと思った。私はもうすこし話を聞いた。
「やりたい事を仕事にすることの素晴らしさは何となくわかりました。でも、それで会社はうまく回るものなんでしょうか。よく、やりたい事と得意なことが一致しない、という話を聞きます。
例えば”バックオフィスを守らせたら完璧”というタイプの人が、”人が好きだから営業がやりたい”と言って営業に転職する。でもお客さんとうまく会話ができず、成果が上がらない。売上を上げるどころか、その人自身が会社のコストになってしまう。
それでもその人がやりたい事をやっている限り、「仕事が出来る」と評価するんですか?」
「うーん、それは難しい質問だね。でもまぁ、その人が本当に営業の仕事をやりたいのなら、営業をやるのが一番成長するんじゃないのかな。仕事の出来/不出来の評価は別にして、僕はその人自身を高く評価するよ。だって、きっと頑張ってると思うから。」
「仕事」じゃなくて、「その人」を評価している
この話を聞いて、「評価軸」というのは全くもって十人十色、100人の社長がいれば100通りの評価軸が存在するものなのだと思った。
前職のコンサルティング会社は、従業員30名以下の会社であれば、人事評価制度は必要ないという方針だった。下手にガチガチの制度を作るよりも、社長が自由に評価をする方が、よほど社長の思いを反映した評価ができるとの判断からだ。
ただ実際この会社で起きたように、社長の評価軸があまりに独特な場合は社員から不満が出るかもしれない。特に会社が次のステージに移行する時、様々なバックグラウンドを持つ社員が入社してくる。おそらくそう言った人々に、この評価基準は受け入れられにくいだろう。
だが後日、その会社は私の心配を他所に、社長の思い描いた人事評価制度を導入した。同時に「成果を中心に考える人」たちは去り、「やりたい仕事をしている人」たちが残った。
まとめ
久しぶりに社長に再会した時、「こんなビジネスがやりたい、あんなサービスを作りたい」と無邪気な子どものように語ってくれた。思うに、この社長が評価する人物像は社長そのものなのだろう。そういう中小企業の社長は少なくない。
もしあなたが中小企業に勤めており、人事評価に不満を抱いているなら、社長をじっくり観察すると良い。社長の思考や行動を真似すれば、きっと高く評価されるだろう。
中小企業で働くとはそういうことだ。
今いる会社で高く評価されることを目指し、適応するのか、それとも別の軸で自分を評価してくれる会社に転職するのか。
決断するには、私たち自身も仕事に対して何らかの評価軸を持たなければいけないのではないだろうか。
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−筆者−
大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。
個人ブログ:U to GO