昔、ある経営者に「手持ちで勝負せよ」と教えられた。どういうことか。
その方は言った。
「手持ちというのはもちろん比喩表現だよ。要するに「足りない」ということに目を向けず「今あるもの」でなんとかしようという考え方。」
「あるものとは?」
「君はまだ若いから、あまり意識しないかもしれないが、世の中には「足りない」ということだけしか見えない人がたくさんいるんだよ。」
「例えば、どんなことでしょう?」
「そうだね、友達と集まって遊ぶとする。」
「はい」
「なにかして遊ぼう、という話になるけど、皆お金がない。」
「ありがちですね。」
「そこでの反応は二通り、「ま、お金がなくても楽しめるさ、考えよう!」という人と、「お金がないと、遊べないじゃないか。あー、落ち込む。」という人。」
「前者の人のほうが幸せそうですね。」
「そう!そこが肝心なとこだ。「足りない」ことに目を向けても、大抵はいいことがない。」
「うーん……」
「他にもあるよ。仕事なんて特にそうだ。」
「例えば?」
「あるプロジェクトを任されたとする。予算も期間も、人もいない。君はどう反応するか?」
「そりゃ「無茶です」って言うかもしれません。」
「まあ、普通はそうだな。私もそうだった。」
「でも私の同僚にすごいやつがいてね。「私がやります」って言って、引き受けちゃったんだよ。」
「プロジェクトはどうなったんですか?」
「そこが彼の凄いところでね「予算も、期間も人もいないなら、やれることは限られている」って言って、知り合いをあたってインターン希望の大学生を集めてね、後は他のプロジェクトの成果品を流用したりして、なんとか期間内に形にしちゃったんだよね。」
「……」
「凄いよね、僕もほんとうに驚いた。「こんなやり方があったんだ」ってね。でも、言われてみれば僕にもやりようはあった。でも「足りない」ということに気を取られて、頭を使わなかったんだ。」
「確かに。」
「まだある。世の中には「時間があればいろいろできるのに」って言う人がたくさんいる。」
「何をですか?」
「休暇とか、英語とか資格の勉強もそうだし、副業やイベント、それこそありとあらゆることだよ。」
「時間があれば休めるのに、っていうのは、私も同感です。」
「そういう人は、「足りない」ことに文句をいうことしかできない人だよ。」
「……。」
「時間が無くてもできることはたくさんある。というより、何かをやり遂げようとしている人に時間の余っている人なんていないよ。何もかもが足りないという前提でやり方を考えるのが、「手持ちのカードで勝負せよ」ということだよ。」
「理想的にはそうですけど……。」
「「足りない」ことは、言い訳にならない。交渉したり、協力を仰いだり、人に聞いたりして、頭を使えばたいていの事は解決するものだよ。」
「あのー。」
「何?」
「「才能が足りない」って言う人もいるじゃないですか。その場合はどうすればいいんですか?」
「「才能が足りないのでできない」って言う人?」
「そうです。」
「ほっとけば?「才能がないから」って言う人は、結局なにもしないよ。本当にやりたい人は「才能がないから」なんて考えない。「才能がなくても、やれることからやろう」って考える。」
「本当ですか?」
「本当だよ。僕の知り合いに小説家志望の人がいる。もういい年だ。あれだけ長くやっても芽が出ないのだから、才能はないのかもしれないけど、彼に会うといつもこう言うんだよ。「才能がないのはわかってるけど、だからって小説をやめる理由にはならない。」」
「……なるほど。」
「彼は良い人生を送ってるよ。小説はまだまだ売れそうにないけどね。でも、何がきっかけで認められるかわからないし、彼はこのままでも幸せなんだろう。「足りない」ことを気にしないやつだから。」
「もう若くないから、とかお金がないから、とか、人脈がないから、機会がないから、そういったことも全部「ないもの」から考えていますね。」
「そう!そうなんだ。「ないもの」から生み出されることはなにもない。何かを生み出せるのは「自分の持っているもの」だけだよ。」
「……。」
「最近、若い人が起業したいって来たんだ。「やればいいじゃない」って言うと、「お金がないから……」っていうんだ。なんで起業をお金前提で考えるのかね。お金が無くてもできる起業をすればいいのにって、思うんだよね。実際、お金がなくても起業している人は周りに沢山いるから、紹介してあげたよ。後は彼次第だね。」
「……。」
「必要なのはお金でもなく、時間でもない。ましてや才能なんてとんでもない。必要なのは「手持ちのカードでやりくりする」ためにきちんと考える事と……」
「ことと?」
「あとは勇気だよね。」
「……。」
「だってみんな「足りない」んだから、そんな不安の中でも動く人が、成果を手にするんだよ。」
「足りない」ことを言い訳にしない。彼はそれを強調した。
もちろんそれは厳しい選択でもあるのだが。
(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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