「ウチの社長、データを使って説明すると怒るんですよ。」と、彼は教えてくれた。

次のような状況だという。

 

例えば、次年度の目標を決定する会議がある。

彼は部門長なので、部下の報告や顧客の直接訪問を通じてマーケットの状況を把握しており

「今年はたまたまうまく行って、売上を20%伸ばすことができたが、来年はマーケットの飽和もあり、伸ばせる売上は10%程度だと思います。」と経営者と役員に申告した。

 

ところが経営者と役員は渋い顔をする。

経営者は言った。

「昨年は売上を20%伸ばせたのに、なぜ今年は20%伸ばすことを目指さないのかね」

「ですから、マーケットの状況が……」

役員は彼が話そうとするのを制止し、

「ヤル気が足りないのではないかね。もしくは社員を甘やかしているのでは?」

という。

 

そこで彼は顧客から集めたアンケートの結果を取り出し、

「社長、専務、顧客から集めたアンケートは、弊社のサービス品質に問題あり、という声が多数です。営業に力を入れるよりもサービス品質を上げたほうが良いと思います。」

と言った。

すると経営者は

「勝手にアンケートをやったのか。そんなことをだれが許可した。」

という。そして脇の専務は

「そんな低い目標で満足するなど、君のヤル気に疑問を持ったよ。」と言い捨てた。

彼は「ヤル気の問題ではありまえん、マーケット分析の結果です。来期はサービスの改善に力を尽くすべきです。」

と言ったが、経営者と専務は取り合わなかった。

 

彼は話し終わってから言った。

「ウチの経営陣は、数字やロジックを持ち出す社員を敵視しているんですよ。客観性を重視すると彼らはすぐに「ヤル気が無いのか」といって圧力をかけてくるんです。もううんざりですよ。」

 

—————————–

 

統計的に考えれば、このような状況では平均への回帰が起きる。したがって、

「好調だった部門」がそのまま引き続き好調である可能性は低い。逆に「調子の悪かった部門」が盛り返す可能性は高い

これは、ゴルフトーナメントで初日にいい結果を出した選手が、二日目には大抵スコアを崩す傾向がデータ上認められるのと同じだ。要するに「ラッキーだった」と言うだけの話である。*1

我々が想像する以上に「実力」は結果に対して僅かな影響しかなく、「運」は結果に対して大きな影響がある。

 

おそらく、上の事例の会社の部門長の彼は、来期売上20%アップを約束させられ、そして失敗するだろう。そしてさらに次の年は「目標をやや低めに設定」したおかげで目標達成するかもしれない。

このような「1年おきに目標達成する会社」はめずらしくない。

 

それは自らの直観への過信が生み出した態度であり、「そんなデータやあてにならない推論よりも、オレの直観のほうがあたっている」という思いが見え隠れする。

その結果、従業員は毎年「全力疾走」せざるを得ず、徐々に疲弊していく。

 

こういった一種の「知性への敵視」とも言える状況は、今に始まったことではない。

古くは古代ギリシャにおいて、随一の智者であるソクラテスが「人々の無知を指摘した」ために、処刑された。また、観察と論理によって地動説を支持したガリレオ・ガリレイは異端審問にかけられ、迫害された。

人の無知を知性を持って指摘をすることが危険な行為であるのは今も昔も変わらないのだ。

 

例えば「リスク」についてもそうだ。リスクを正確に把握できる人間はほとんどいない。

例えば「ひろく使われている食品添加物に発がん性がある」という扇情的なニュースがパニックを引き起こすことがしばしばある。他にも

“◯◯◯という施設では放射線が利用されているらしい”

“◯◯という技術は戦争に使われるリスクがある”

こう言った文言に、人は過剰に反応してしまう。それは、大衆社会、民主主義社会が支払わなければならない代償である。

 

しかし、企業はそうではない。経営者やマネジャーがこれでは困る。彼らは多くの人の生活を預かる身であり、かつ成果を出す責任がある。あてにならない直観に頼られた結果、迷惑を被るのは現場である。

 

—————————–

 

「これからどうするの?」と私は彼に聞いた。

「いやー、残念だけど人は自分の頭の程度について知ることができないからね。彼らは皆「自分は人並み以上の知性を持っている」と思ってる。上の人間がそっくり変わらないかぎりウチの会社はこんなだろうね。」

「そうか。」

「ま、そろそろ転職を考える時だったから。ちょうどいいかもだよ。」

 

こうして、会社はまた一人、有能なマネジャーを失った。

 

*1

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Dave Miller