ここ数年、「人生のコストパフォーマンス」「無駄のない人生」といった言葉を耳にする機会が増えました。
まるでオンラインゲームのレベル上げみたいですね、「人生のコスパ」とか「無駄のない人生」って。もし、人生がオンラインゲームのレベル上げと同じだったなら、こういった言葉は真実そのものとなるでしょう。
でも、人生はオンラインゲームとイコールではありませんし、こういった言葉をありがたがっていた人がメンタルヘルスを損ねてしまった顛末を目にする者としては、人生にコストパフォーマンスを求めすぎるのは危ないなぁと思います。
そもそも、「コスパの良い人生」「無駄のない人生」とは何でしょうか。
一流大学に進学し、一流企業に就職するということ?
自分自身の快楽ができるだけ多いこと?
それとも金銭的な収入が支出よりも大きいこと?
どれも、すごくテンプレートっぽい人生観ですね。これらだけで人生に彩りが生まれるようには私には思えません。
なるほど、これらのひとつひとつは人生を構成する“骨格”として、意識しておくに越したことはないでしょう。ですが、これら「だけ」を追及し、これらが自己目的化した人生とは、“骨格”ばかりが立派で肉付きや彩りの少ない、骨太の骸骨のような人生ではないでしょうか。
これがオンラインゲームのレベル上げなら構わないのです。オンラインゲームの場合は、「キャラクターのレベルを上げる」という、数値化されたシンプルな目標が存在しますから、そのために最適効率な方法を選ぶのはわかるし、たとえば『ポケモンGO』でレベル上げを急ぐプレイヤーが挙ってポッポマラソン(→https://pokemongo.gamewith.jp/article/show/35068 )をやるのも不思議ではありません。
ですが、人生には数値化されたシンプルな目標なんて存在しないので、「経験値を稼ぐ→レベルが上がる→きっと効率の良い人生に違いない!」って考え方は、現実世界には通用しません。
人生の目標は移ろいやすく、人生の目標だと思えることが、思春期と中年期と老年期では全然違う……なんてことも稀ではありません。今日、「人生のコスパが良い」と思っていたはずの人生が、数年後には「あんなものを人生のコスパが良いと言っていた俺は馬鹿だった……!」と思ってしまいかねないのが人生ですから、何をもってコストパフォーマンスが良い人生かを論じるのは、本来とても難しいことのはずです。
テンプレートのような出世街道を歩み、それなりの財をもうけ、ラグジュアリーな生活をしているけれども、ちっとも幸せではないおじさんやおばさんが巷にはゴロゴロしています。
彼らは、ある面では「非常にコスパの良い人生」を歩んでいると言えるでしょう。しかし、「コスパの良い人生」に適応特化しすぎていて、それ以外の要素に気を回せずに生き続けているからこそ、華々しい暮らしぶりでも内面の空虚な、人生の牢獄に捕らわれてしまっていて、お気の毒としか言いようがありません。
私の知る限り、本当に豊かな人生を歩んでいる人は皆「コスパの良い人生」の条件ばかりに目を奪われているようにはみえません。もっと、人生の細やかな要素にも目配りをしていて、もっと幅のある生き甲斐を持って生きているようにみえます。だから、「人生のコスパ」なるものを徹底的に追いかけ、それで成功らしきものを手にしたとしても、ただそれだけでは幸福になんてなれないのではないでしょうか。
「人生のコスパ」を追いかけ過ぎることの弊害
もうひとつ、「人生のコスパ」を追及しまくっている人達をみていて危うく思うのは、「人生のコスパ」を追求しているつもりの人が、しばしばそれ以外の生き筋を否定し、捨ててしまっている点です。
私がtwitterやブログで「人生コスパ論」について書くと、必ずと言って良いほど反論が来ます。反論が来ること自体は良いのですが、
・「若いうちに生涯年収を稼ぐべき。そうでない人生などあり得ない」
・「サラリーマンなんて人生のコスパ最悪。起業しよう!」
・「無駄のない人生を送るために冠婚葬祭や年賀状は切り捨てよう」
といった風な、極端な設定をしている文面をしばしば見かけます。
でも、こういうのって「自分がコスパが良いと思っているライフスタイル以外は許容していない」ってことですよね。
たとえば「若いうちに生涯年収を稼ぐべき」と思い込んでいる人は、若いうちに生涯年収を稼げなかったら一体どうなってしまうのでしょうか。自分自身を「コスパの悪い人生」「失敗した人生」と思い込んで、ただちに人生に絶望してしまうのではないでしょうか。
「若いうちに生涯年収を稼ぐべき」と思い込んでいない、世の中のほとんどの人は、そこまでお金を稼がなくてもとりあえずは生きていけます。しかし、この手の思い込みが強過ぎると、若いうちに生涯年収を稼げないことが絶望や葛藤に直結してしまいます。
同じことが「起業するしかない」「高学歴高収入しかない」と思っている人達にも当てはまります。そういう、単一の生き筋を「コスパが良い」と日頃から吹聴している人達は、そのとおりに生きられなくなったら一体どうするつもりなんでしょうね。
思い描く「コスパの良い人生」から逸れてしまったら、もう不幸せになるしかないですよね。あるいは、自分自身はどうにか成功できたとしても、たとえば、自分の子どもがそのとおりになれなかったら、親子共々不幸せになるしかありません。
そんな、葛藤しやすい思い込みを抱えておきながら、「俺の人生はコスパが良い」とか、ちゃんちゃらおかしいと言わざるを得ません。
「冠婚葬祭や年賀状は無駄」みたいな考え方も、これってどこまでコストパフォーマンスが良いんでしょうか?
もちろん、諸般の理由でそれらをやらないこと自体は悪いことではありません。でも、初手から冠婚葬祭や年賀状を無駄だと決めつけてしまえば、冠婚葬祭や年賀状とは縁のない人生を確定させてしまうことになります。
冠婚葬祭や年賀状が、本当にただの浪費に過ぎないならそれでも良いのかもしれませんが、これらは社会的な儀礼やコミュニケーションの意味合いを持っているわけですから、これらを初手から捨ててしまえば、そのぶん人間関係やコミュニケーションが制約されるでしょう。
孤独になってしまった老人ならともかく、若いうちから「俺は一生冠婚葬祭や年賀状はやらない!」などと決めつけてしまうのは、人生の可能性を狭める悪手です。「今はやらないけれども、必要になったらやろう」ぐらいの柔軟性は残しておくべきではないでしょうか。
人間の人生はオンラインゲームのレベル上げよりずっと複雑なので、やたら単純化して「コスパ」を考えてもだいたいうまくいきません。「人生のコスパ」を追及していたつもりが、いつの間にか細いロープの上を綱渡りするような人生になってしまっては本末転倒もいいところです。
万事が万事「コスパ」で考えたがる人は、このあたりにご注意を。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』