近所のマクドナルドに何気なく立ち寄った時、近くに住んでいると思しき子供が、母親にこんな質問をしていた。

「ねえ、パパはなんでお仕事に行くの?」

母親は答える。

「働いてお金をもらうのよ。」

「何でお金をもらうの?」

「お金がないと食べるものも着るものも買えないから。」

「ふーん。何でお金がないと買えないの?」

「売ってるものはお金がないと買えないのは当たり前じゃない。」

「なぁんでー?」

「……」

母親、ギブアップである。

 

買えば手に入る、という生活スタイルが当たり前となったのは、実はごく最近だ。

これは「市場経済」の恩恵であり、市場ができる前は自給自足の経済、すなわち「必要なものは自分で作る」のが基本であった。

 

市場経済はヨーロッパで誕生した。

 

西暦486年、西ローマ帝国が滅亡し「中世」と呼ばれる時代が始まると、その主役は各地に散らばった封建領主となる。

封建領主が支配する時代にはおよそ現代でイメージするような「市場」は無く、せいぜい僅かな余剰生産物が地元の「市(いち)」で取引される程度であった。

 

経済の中心は農民が精算し領主に税として収める農産物であり、交易網も発達していなかった当時、いわゆる「商業」は無きに等しかった。

このような封建時代の状態は約700年間、安定して続いた。

今の変化のスピードからすると、700年間あまり変化がない、というのは恐るべき安定性だ。

 

ところが11世紀から14世紀にかけて、革新的な農業テクノロジーが次々に発明される。例えば重量有輪鋤、あるいは三圃式農業といったものである。これらのテクノロジーにより、農業の生産性は飛躍的に増大した。

 

さらにエネルギー革命と呼ぶべき事態も同時に起きた。「水車」「風車」の発明である。

当時のスーパーテクノロジーである水車や風車は領主や市民に無料のエネルギーを授けた。穀物の加工、革の加工、選択、ふいごの動力、さらに羊毛を加工する縮絨機の動力など、様々な経済活動に使われた。

11世紀後半には、フランスだけでも水車で生み出される水力エネルギーは、国内の成人人口の4分の1が生み出す動力に匹敵したと言う。

これらは当時、まさに「夢のエネルギー源」であり、更に生産性は向上、ヨーロッパは非常に豊かになった。

 

 

だが豊かになると結果として、他国にちょっかいをだすことが可能になる。最も豊かだった封建領主の1つ「教会」は侵略戦争を開始した。

それが11世紀から13世紀にかけての「十字軍」の遠征である。十字軍の遠征は結果的に当初の目的であったエルサレムの奪還は叶わなかったが、経済的な影響は非常に大きかった。

 

まず他国との交易路が開かれた。また、文化圏の異なる相手との取引には「貨幣」が必要となり、貨幣経済が発達した。

また、イスラムを介してユークリッド幾何学、プトレマイオスの天動説、ヒポクラテスやガレノスの医学、アリストテレスの哲学などのギリシャ哲学が流れ込み、12世紀、および14世紀から15世紀にかけてのルネサンスの基礎となる。

 

だが繰り返す遠征は自費であり、また多くの人材が戦死したため領主と教会は徐々に体力を失い、没落する。

ヨーロッパでの内乱が勃発する中で、変わって権力を握ったのは領主の一人に過ぎなかった「王」であった。以後、王にすべての権力が集中する16世紀以降の絶対王政、そしてそれに付随する保護貿易のシステムである「重商主義」へ至る。

 

さらに、経済においても劇的な変化が起きた。16世紀のイングランドから、領主が農地から農民を追い出して土地を私有財産とする囲い込み運動が勃発する。

農地で農作物を作るよりも、羊を育て、羊毛を繊維産業に売ったほうが儲かると見た地主が、土地の用途転換を図ったのだった。

近代的な市場経済への変遷に重要な役割を果たす「法的に執行可能な私有財産制」と「羊毛市場」がこの動きにより、徐々に整備されたのだった。

また、多くの農民が土地を失い、やがて賃金労働者となっていく。この労働力が、後の18世紀の産業革命における工場労働者、乱暴に言えばいわゆる「サラリーマン」となり、都市が生まれるきっかけとなる。

 

さらに15世紀半ば、1453年に1000年に一度のスーパーイノベーションが起きた。

グーテンベルクによる「活版印刷」の発明だ。「活版印刷」はその時代に発明されたどんなものよりも世の中を大きく変えた。

それまでは一人ひとりが手書きで文字を写す「筆写」が主流だったが、それはとても高価であり、文字で書かれた知識にアクセスできる人物はほんの僅かの特権階級に限られていた。

 

活版印刷はそれに代え、膨大な知識への安価なアクセスを、あらゆる人に約束した。

また、記憶に依存したあやふやなコミュニケーションを文字にし、人が語彙を深め、拡大し、遥かに豊富な語彙を人々に獲得させた。

印刷術は図表、リスト、グラフをもたらし、主観的な評価ではなく客観的で正確な説明を提供した。地図を標準化し、旅を安全にし、商取引を行いやすくした。

 

 

こうしてみると、市場経済は様々な複合的な要因が重なり、生み出されたことがわかる。

「農業の生産性向上」、「エネルギー源の獲得」、「貨幣経済の発達」、「交易路の発達」、「私有財産制の確立」、「羊毛市場」、「賃金労働者の発生」、「活版印刷の発明」のどれが欠けても、市場経済は生まれなかった。

 

 

そして、18世紀の産業革命を経て、我々の知る「市場経済」は成熟期を迎えることになる。

我々は先人たちの偉大な発明と努力に感謝しなければならない。

「買えば手に入る」は、人類の努力の結晶なのだ。

 

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・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
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(2025/6/2更新)

 

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