結論から先に書くと出来ます。(少なくともある段階までは)

 

先日、こんなTwitterまとめを読みました。

「ラノベを読んでも読解力は身につかない」について持論展開する人たち

 

Twitterでの議論というものは、発言者の意図の内ごく一部を切り取るような構造になってしまっている為、このまとめを起点にして議論をするのはちょっと色々と難しいのですが。

 

ただ、「文章の読解力は電〇文庫を読んでいても全く向上しません。」「表現とか話の内容、展開とかがどう考えても頭よくなりそうにないんですよね。」というあたりについては、いやいやそれはちょっと乱暴なんじゃねえですかね、と思ったので若干のカウンターを試みてみます。

 

まず、「読解力」とか「読解力の向上」というのは、言ってみれば一種のマジックワードでして、ちゃんと定義を確認しないとまともな議論展開が出来ない類の言葉です。

「そもそも読解力って何よ?」という話をしないとそこから先に進めないんですね。

じゃあ読解力って何よ?という話をしますと、これはちゃんと定義が存在します。下記は文部科学省のページです。

 

読解力向上プログラム

PISA型「読解力」は、次のように定義されている。

自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力

すなわち、「読解力」とは、文章や資料から「情報を取り出す」ことに加えて、「解釈」「熟考・評価」「論述」することを含むものであり、以下のような特徴を有していると言える。
1 テキストに書かれた「情報の取り出し」だけはなく、「理解・評価」(解釈・熟考)も含んでいること。
2 テキストを単に「読む」だけではなく、テキストを利用したり、テキストに基づいて自分の意見を論じたりするなどの「活用」も含んでいること。
3 テキストの「内容」だけではなく、構造・形式や表現法も、評価すべき対象となること。
4 テキストには、文学的文章や説明的文章などの「連続型テキスト」だけでなく、図、グラフ、表などの「非連続型テキスト」を含んでいること。

PISAってのは生徒の学習到達度調査のことです。早い話、「文章を理解し、利用し、熟考する力」というのが読解力だ、ってことを言ってるんですね。

 

で、当然のことながら、この読解力を「向上」させる為には、幾つかのステップが存在します。細かく言うと色々書いてあるんですが、まあざっくりと下記の3ステップとまとめてしまっていいでしょう。

1.文章の構造を理解し、適切に意味を読み取ることが出来るようになる。
2.文章を理解した上で、テキストの内容や筆者の意図などを評価・解釈することが出来るようになる。
3.テキストの内容を要約・紹介したり、再構成したり自分の意見を論じたりすることが出来るようになる。

 

ここまでよろしいでしょうか。

で、この練習にラノベが使えるかどうか、という話をしますと、勿論作品によって若干の違いもあるとは思うんですが、少なくとも「1」の段階ではほぼなんの問題もなく使えてしまうんですね。

 

何故かというと、「文章の構造を理解し、適切に意味を読み取る」練習の為の条件とは、早い話「指示語と接続詞が適切に使われており、ある程度以上の頻度で文章中に出現すること」だから。

この条件が満たされていれば、「話の筋を追っていく内に、自然と文章の構造を読み解くことになっている」読書体験になるのです。

 

この条件を満たした文章であれば、絵本だろうが児童書だろうが、ブログだろうがラノベだろうが、場合によっては漫画ですら「読解の力を身に着ける」練習をすることは出来ます。

 

そして、「指示語と接続詞が適切に使われていない」ラノベを探すことは、実はかなり困難です。

 電撃文庫くらいのレーベルであれば、ちゃんとした編集者さんが校正をしていないことはまずないでしょう。そして、編集者さんたちは「文の構造をきちんと整理する」プロ中のプロです。

 

人称視点とかで若干条件が変わってはきますが、元まとめに出てくるタイトルでいうと、少なくともスレイヤーズとかオーフェンとかブギーポップとか、あるいはイリヤの空とかキノの旅とか禁書目録とか、この辺の著名ラインナップについてはなんの問題もなく「読解の練習になります」と言い切ってしまっていいと思います。

勉強になると思いますよ、ラノベ。

 

たまに勘違いされることがあるんですが、「擬音語や擬声語が多用されていること」とか「台詞の割合が多いこと」というのは、少なくとも「文の構造を読み解く」上ではなんの問題にもならないんですね。

というか、この条件がダメなんだったら、近松とか西鶴の浄瑠璃とかどうなるんですか、って話です。一時期のケータイ小説なんかでは、「そもそも接続詞の使い方が怪しい」みたいな作品がたまにありましたけれど、最近の有名レーベルでそんなレベルの作品はまあ滅多にないでしょう。

 

なので、「少なくとも文章の意味的な読解についてまでであれば、大抵のラノベで練習が出来ます」というところまでは言ってしまっていいと思います。

 

あと2点、

2.文章を理解した上で、テキストの内容や筆者の意図などを評価・解釈することが出来るようになる。
3.テキストの内容を要約・紹介したり、再構成したり自分の意見を論じたりすることが出来るようになる。

 

についてですけれど、こっちについて言えば「意識してやらなければ、ラノベだろうが学術書だろうが純文学だろうが関係なく出来ません」という話になります。

こちらの意味での「読解力」をどう身につけるのか、という話はちょっと長くなるので機会を改めますけれど、「読んだうえで、その内容を熟考して自分の考えを構成する」という練習は、ただ「あるジャンルの本を読めば自然と身につく」というものではありません。そこにはある種の「読書の際のスタンス」が必要になります。

 

で、そのスタンスがあるかどうかは本のジャンルというよりは読み手の問題になりますので、結局「ラノベかどうかは読解力の向上にはあんまり関係ないんじゃね?」という話になるわけです。

 

敢えて「いわゆるラノベと、いわゆる純文学」を比較した際、何かしら問題になってくる可能性があるとすれば、どちらかというと語彙力の話ではないでしょうか?

語彙力と読解力は全く別の概念でして、「構造を読み解く」際に必ずしも語彙力が必要なわけではないんですが、「語彙の複雑さ」という点では、第一感での分かりやすさが重視されるであろうラノベが、既存ジャンルに一歩を譲る可能性は、まあ確かにあります。これ、感覚的な話で書いてますんで、作品によってはそうでもない可能性も勿論ありますが。

 

とはいえ。ここまで書いてきてちゃぶ台をひっくり返すようですが、読解力にせよ語彙力にせよ、「その本を読んでいてトレーニングになるかどうか」というのは、大した問題じゃないと思うんですよ。

 以前から何度か書いていますが、個人的には「なにより大事なのは、本を好きになり、主体的に本を読めるようになること」だと思っています。そういう意味で、子どもが読む本のジャンルについて、大人があーだこーだいうことについては私は否定的です。

 

勿論年齢制限がつくような本ならまた話は別ですが、そうでなければ「子どもの「読みたい」を邪魔しない」ことが、結局は一番だと思うんですよ。「読みたいと思った本」「面白いと思った本」を読むこと程素晴らしい読書体験は他にありません。「大人が読めといったから」イヤイヤ読んだ本を面白く読めたこと、人生で何回ありますか?

 「読みたいと思って」本を読んでいる限り、読書体験は次から次へと無限に繋がっていくものだから。あのジャンルからこのジャンルへと、自然といろんな本を読んでいくものだから。だから、入り口は絵本でもラノベでも児童小説でも、なんなら漫画だっていいと思うんです。

 

子どもたち自身の為にも、今後の出版業界の為にも、大人があーだこーだ口だしせず、子どもたちには好きな本を読んでいってもらいたいものだなあと思うわけです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

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(2019/6/20更新)

 

【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城