【読書感想】みかづき ☆☆☆☆☆
昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。山あり谷あり涙あり。昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編!
これは素晴らしい小説です。
作者の森絵都さんは、大人の作家だな、とあらためて思います。そして、その「大人であること」が、ところどころで僕を不快にさせるのです。
主人公の「色欲」みたいなものや、仕事を極めようとすればするほど、身近な人との溝が深まっていくこと、人には「そのくらい許してあげればいいのに」と言われても許せないこともあれば、「よくそれを許せたね」と言われるようなことも、案外許せてしまうこともある。
太平洋戦争後の「民主化」された学校での公教育で子どもたちが置き去りにされている、という状況に、自分なりのやりかたで小さな抵抗をしていた大島吾郎と、強い反発を抱き、社会を変えようとしていた赤坂千明は、パートナーとして「学習塾」を立ち上げます。
のちにふたりは人生のパートナーにもなるのですが、この小説を読んでいると、「学校」と「学習塾」が、ここまで反目しあっていたのか、と、あらためて思い知らされるんですよね。
僕は大島家のふたりの3人の娘たちと同じ世代なのですが、確かに、昭和50年代くらいの日本では、まだ「塾通い」には、「そこまでして子どもに勉強させたいのか」という周囲の反発がありましたし、学校の先生たちのなかには、あからさまに「塾」への反感を嗅ぎ取っていたのです。
そもそも、教育を与える人間というのは、教育を受ける人間に対して、どこかしら支配的なところがあるような気がする。
教育熱心で有名な秋田にいたころ、学校教員たちの目に支配者のそれを見てとるたびに、一部の中には秘めたる反発心が育っていった。中二で千葉に移って以降、不運にも大の塾嫌いだった担任から目の敵にされ、「おまえの身内の塾ではどう教えているのか知らないが」と何かにつけて引きあいに出された後遺症も大きい。
家へ帰れば帰ったで、今度は祖母の口から際限のない学校批判を聞かされる。学校も、塾も、教育という縄で子どもを自分たちの陣地に都合よく縛りつけようしている。そんな懐疑心が今も根深く埋まっている。
同級生として、学校の先生の子どもや、塾の先生の子どもって、大変だなあ、と思っていたのです。
みんな「親が先生だから、勉強ができてあたりまえ」って思っていた、どころか、大人までそんなふうに口に出していたものなあ。
僕も「お父さんがお医者さんだから、そりゃ、勉強できるよねえ」とか言われるのが、ものすごくイヤだった。そんなの、僕が勉強したり、本を読んだりしているからで、親は関係ないだろ、と。
まあ、この年齢になってみると、「知識欲」とか「勉強しやすい環境」なんていうのは、先天的・後天的に親から受け継ぐところがあるのかな、と考えざるをえないのだけれど。
勉強っていうのは、習慣でもあるから。
学校の先生には「勉強さえ教えていればいい」塾の先生たちへの反感もあったのかな、という気もします。
その一方で、塾の先生たちには「経営のことなど気にしなくていいし、よほどの問題がなければ定年まで悪くない給料で勤めつづけられる」という学校の先生たちへの嫉妬もあったはずです。
この本のなかにもあるのですが、塾講師にはアルバイトや若者が多く、待遇もあまり良いとは言えなくて、一生塾で教えて食べていけた人というのは、少なかったのです。
いまは子どもが減り、人気講師がネットで講義をする、という時代です。
そのことによって、不要だと言われた塾の先生は、大勢いるはず。
これを読みながら、僕は自分が小学校・中学校の頃に通っていた塾のことを思い出しました。
当時、勉強ができないことはなかったのだけれど、先生からは、「この子はもうちょっとできそうな気がするのですが……」と言われ続け、成績も伸び悩んでいた僕は、学習塾に通うことによって、少なくともテストの点数にはブレイクスルーがみられたのです。
「わかる」「テストの点数が上がる」というのはやはり嬉しかったし、塾では他の学校の子どもたちや、学校の先生よりも、もう少し若くて気さくな大人たちと話をすることができたのも、良い思い出です。
僕が30年前に通っていた少し大きめの個人学習塾は、その後手を広げ、教室数を増やしたのちに、大手学習塾の前に退潮を余儀無くされていきました。
僕に難しい漢字の読みを出題し、当てたら「お前すごいな」と笑いながらお菓子をくれた塾長は、いま、どうしているだろうか。
こんなことを、思い出さずにはいられなくなるんですよ、読んでいると。
この小説は、「ある塾の栄枯盛衰」について、そして、その塾をつくった家族の物語でもあります。
「目の前の子どもを教えることの達人」と「公教育に反発し、子どもを教えるための自らの組織を大きくしたいという野心家」は、塾の経営という点では、お互いの足りないところを補いあう、最高の結びつきだったのです。
しかしながら、私的なパートナーとしては、あまりにも接点が少なすぎた。
なんというか、これを読んでいると、「広く社会に貢献する」ということと「身近な人たちとささやかな幸せを共有する」ということを両立するのは不可能なのではないか、と考え込まずにはいられなくなるのです。
だから彼らは不幸だったんだ、というのではなくて、結局のところ、人にはそれぞれ「役割」みたいなものがあって、人間のなかには、身内によりも、自分の野心を実現したり、赤の他人に尽くしたりすることに生きがいを感じる人が少なからずいて、それはもう、その人の「宿命」なのかな、と僕は思ったのです。
僕は、千明のような人はすぐ何人か思い浮かべることができるんですよね。
医者には、こういう人がけっこういます。
この小説に出てくる「教育者」たちは、みんな「子どもを教える」ということに情熱を注いでいる一方で、ひとりの人間、家庭人としては穴だらけです。
ああ、でもこれが「人間」なんだよなあ。
千明のひたすらヒリヒリし続けている生き方には、圧倒されつつも反発するのだけれど、こういう「イビツな人」が、僕が通ってきた塾や先生たちをつくってきたのです。
「大島さん。私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月。今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、かならず、満ちていきますわ」
太陽と月。はたして教育という宇宙に二つの光源が必要なのだろうか。
僕自身「学校のあと、塾や習い事漬けの子ども」の親でもあるのです。
もっと自由に遊ばせてやりたい、とも思うのだけれど、自分が子どもだった頃のことをよく思い出してみると、塾や習い事も、(一部の性に合わなかったものを除けば)自分なりに楽しんでいたし、問題が解けるようになることは喜びでもあったんですよね。
もちろん、それが「正解」なのかはわからないし、「正解」が存在するのかどうかも、わからないのだけれど。
公教育と私教育のせめぎ合い、だけではなくて、教育に携わっている人たちの「公人としての立場と私人としての生きざまの葛藤の物語」でもある、大人の小説。
けっこう分厚い(450ページ以上ある)本なのですが、わかりやすい言葉で、「人間がよりよく生きようとすることの輝きと痛み」が誠実に描かれています。
本当にオススメですよ。
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【著者プロフィール】
著者;fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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