「そんなに給料安いの?」と、彼女は友人に驚かれた。
今もらっている給料を正直に話しただけなのだが、どうやらそれは友人にとって衝撃だったらしい。
「ぜったい、A子だったら、もっと良い給料のところ見つかるよ。」
と友人は言う。
A子は都内の有名国立大出身で、友人たちは軒並み公務員や大手企業、外資系企業に入社し、それなりの給料をもらっている。
20代で若くして年収1000万円を超えた友人も決して珍しくない。
ただ、A子はそう言った「お金」や「企業のブランド」には全く興味がなかった。
むしろ、お金、お金と騒ぐ人たちのことを軽蔑すらしていた。
「人生で大切なことは、お金の多寡で決まるわけではない」
と、彼女は信じていた。
その彼女は、自分の信じる通り、外食産業の企業に入社した。
要するに「作って食べてもらう」のがとても好きだったからだ。
実は、それは友人たちや両親にも反対されていた。中には親切心からわざわざ、「餃子の王将」が行っていたスパルタ新人研修の動画を見せてくる人もいた。
「趣味として好きだからって、仕事にしたら嫌いになるよ」
とも言われた。
両親は「学歴があるのに、わざわざ低賃金で、きつい仕事に就かなくても……」とA子に言ったそうだ。
だが、A子の決心は揺らぐことはなかった。
而して、A子はある外食のチェーン展開をする企業に入社した。
予想通り、というか予想以上にキツイ職場だった。労働時間が長く、給料は安い。
だが、幸いにも上司や同僚に恵まれ「非常に面白い仕事である」と、確信を持つに至り、成績優秀な彼女は、それなりに昇進も果たした。
そこで友人からの「そんなに給料安いの?」という一言である。
「かわりもの」と言われることにはなれている。外食産業が不人気の業界であることも、働いてみて実感した。
それでも両親や友人は「給料が安い」と、言ってくる。
A子はこんな状況を振り返って、
ジブリの「千と千尋の神隠し」の1シーンを思い出したという。
妖怪カオナシが、暴飲暴食によって肥大化、物語の舞台である「油屋」を荒らしている中、油屋の主人である湯婆婆は、主人公の千尋を呼びつけ、カオナシと対決させる。
カオナシは千尋に砂金を出し、「金を出そうか?」と誘惑してくる。千尋がそれを「私に欲しいものはあなたには絶対に出せない」と断ると、カオナシは砂金を「欲しがれ」と突きつけてきた。
世の中にはこのカオナシのように「カネを欲しがれ」と言ってくる人が大勢いる。
A子の周りも例外ではなかった。彼女の周りの人たちも皆、お金を「欲しがれ」と言ってくる。
でもそれは彼女にとっては大きなお世話だ。
「なぜ「お金は重要ではない」ということがそんなに批判されるのか、私にはさっぱりわからない」と彼女は言う。
「お金が欲しい人が、「私はお金がほしいです」と言って、それを求めるのは勝手だと思います。私だって、お金をもらって嬉しくないわけじゃない。でも、「給料が低いから」といって、人の好きでやっていることを批判したり、バカにしたりするのはやめてほしい」
————–
彼女は最後に、こう言った。
「なんでわざわざ人に「お金を欲しがれ」って言ってくるんですかね。」
私は
「A子さんの生活を心配しているんじゃないの?」と返した。
「そうですか……でも、心配してくれるのなら、お店に来てくれればいいのに。」
何も言えなかった。
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